5 登録審査会
県の教育委員会から、銃砲刀剣類登録審査会の日程と会場のお知らせが封書で届いた。県庁三階の第二会議室。平日の午前か午後。
谷さんに、平日だからお休み取るのは難しいと思うので、ひとりで行きますねとメッセージを送ったら、すかさず一緒に行きますとのお返事。
大丈夫なの?
当日、私は短刀を持参なければならないので会社を休み、谷さんは半休を取ってくれた。
街中の県庁一階正面玄関で待ち合わせをした。
平日の県庁はとにかく人の出入りが多い。待ち合わせ場所の選択を間違えたかもしれない。外まで聞こえる大きなザワザワが、混みあっているせいだと思いたい。
県庁の中に、一歩入ってすぐ目に入る目立つ金色。それを囲む頭一つ小さい年配のおばさまたち。
案の定、ザワザワの中心にいたのは谷さんだった。
一体なにがあったの!?
「あ、ハコベさん。ここです!!!」
わ〜〜、そんな大きく手を振りながら、大声で私の名前を呼ばないで〜。見えてるから〜。
無視するわけにもいかないので、小さく手を振り返す。
すると、谷さんの顔がパァっと明るく華やぐ。
谷さんと私を交互に見る回りの皆さんの視線が痛すぎる!!!
「待ち人が来ましたので、私はこれで失礼します」
谷さんが丁寧に挨拶している。
「待ち人……。あら、まあ。では、本当にどうもご親切にありがとう。お世話になりました」
「いえいえ、県庁の案内係が不在でしたので、お手伝いしたまでです。私、県の職員ですし当然です」
「それでも、声をかけてくださって、嬉しかったわ。さすがジェントルマンの国の人ね」
車椅子の女性のそんな言葉に、谷さんは恥ずかしそうな顔で会釈をしてから私の方へやって来る。
何があったかはなんとなく察しがついた。
恐らく、杖を手にしているその女性に車椅子を持って来てあげたのだと思う。車椅子の背に○○県庁と書いてある。県庁の広い玄関ホール。貸し出し用の車椅子は、少し先に置いてあった。案内所の職員さんは、他の人の対応をしているようで、中には誰もいなかった。
直接関わりがあったのは、車椅子にかけている八十代くらいの女性とその娘さんらしきふたり。あとの散らばっていった数人の女性たちは……、興味本位でそこに集まって見物していたようだ。
谷さんは、何事もなかったかのように、私に柔らかな金色の笑みを向けた。
「こんにちは、ハコベさん。では、審査会場に行きましょうか」
「谷さん、こんにちは。今日もわざわざすみません」
「いいえ、私も審査って、興味ありましたし、こんな機会は滅多にありませんからね。それに、危ない目に遭わないとも限りません」
「へっ!?」
まず、無いと思いますけどね。
わざわざ審査会に来て、刀振り回す人とか。
谷さんは、いかにも仕事帰りっぽいグレーのスーツ姿で、ここが県庁内ということもあってか、まだお仕事モードなようで、一人称は「私」。
ラフな服装で「僕」もいいけど、改めてスーツ姿の「私」もいい! と、心の中でときめいてしまった。
玄関ホールのエレベーター近くに、審査会会場の案内看板が出ていた。
私たちは、三階の会議室へ向かった。
ドアは開いていて、中には意外にも人がたくさんいた。
それも、時代劇でしか見たことないような、長さと鍔のある日本刀のたぐい、それに筒が長い火縄銃みたいなのとか、一本、二本ではない、まとめて抱えてきている人が何人も!?
圧倒された。
この現代にまだそんなに残っているんだという驚き。
業者? 骨董屋というか、古物商が買い取った刀や銃を鑑定してもらいに来ているとか?
「すごいですね」
「はい……」
谷さんと私は、顔を見合わせて驚きを共有した。
奥の長机のところで、鑑定士らしき男性が、先端に丸くくるんである白い布のついた棒で日本刀の刀身にポンポンとして白い粉を付けている。時代劇で侍が刀の手入れをしている場面で観る例のシーンそのものだ。
「実際にポンポンしているところ、初めて見ました。本当にするんですね」
谷さんが、私に顔を寄せて真面目にコメントしてくる。
顔、近すぎですよ……。日本人の距離感を考えて欲しい。
「……私もです」
谷さんと私は、その会場で明らかに浮いていた。女性は私だけだし、しかもリアル金髪の欧米人を連れている。
持ってきた遺品の短刀を受付で渡すと、鑑定が終わるまで待つように言われた。
待っている間、好奇心旺盛の谷さんは瞳をキラキラさせながら、キョロキョロ。ホント、そんなところは子どもみたいな人。
会場に来ていた古物商みたいな六十代くらいの業者さんにも自然に話しかけたりして、一瞬驚かれるのにも慣れているのか、持ち前のネイティブな日本語で相手を安心させて、すぐに打ち解けてしまう。普通に日本語を話す欧米人だとわかると、業者さんも刀身ポンポンのことを丁寧に教えてくれた。
あのポンポンは、日本刀の手入れのひとつで【打ち粉】というそうだ。日本刀はそのままでは錆びやすいので、刀身を保護するため表面に錆止め作用のある丁子油というのを塗っておく必要がある。油は次第に酸化するため、丸められた布の中の砥石の粉末を、刀身にポンポンと付着させてそれに古い油を吸わせて奉書紙(厚手の和紙)で拭き取るという手入れを定期的に行う必要があるそうだ。
谷さん、真剣に手帳にメモ取ってるし!!
そんなに興味あるの?
少しして、業者さんが呼ばれて、席を立つ。
「にいちゃん、面白い外人さんだね」
「ありがとうございます!」
谷さん、嬉しそうにしてるけど、褒められたんじゃないと思うよ。
「色々と教えていただいて、ありがとうございました。とても勉強になりました」
谷さんは、どこまでも礼儀正しい。
「めんこい奥さんを、大事にすんだよ」
「「っ!?」」
私たちはふたりで固まって、否定するタイミングを逃してしまった。
業者さんは、大きな爆弾を落として去って行った。
谷さんは、チラッとこちらを向いたようだけど、私は恥ずかしくて彼のほうを見ることができなかった。
業者さんの発言を妙に意識してしまって、よそよそしく待っていた私たちもようやく呼ばれて審査結果を聞かされた。
遺品の刀身は、見せられたけれど錆だらけで、美術品としての価値もなく模造品なので没収とのことだった。
あっけないほど、一瞬で終わった。
私たちは、写真だけ撮らせてもらって、手ぶらで帰ることになった。
めんこい:東北地方や北海道で使われる方言で、おもに【かわいい】という意味で使われます