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4 思い出の空間で

 谷さんはテキパキ、それに対して私はモタモタ、ダメダメだった。

 すぐ思い出に浸ってしまう。だって、この家、林家の歴史がいっぱいだから。


「いいんですよ、ハコベさんのペースで。お辛いと思いますから、ゆっくり名残惜しみながら、片付けましょう。僕はいつまででもお付き合いしますよ」


 と、谷さんは優しい言葉をかけてくれたけど、それに甘えていつまでも時間をかける訳にはいかない。


 それなのに。


 おばあちゃんのスチールの本棚。おばあちゃんが教鞭をとっていたのがキリスト教の私立高校だったので、聖書や讃美歌の類も揃っていて、普通の小説、音楽に関する本、植物図鑑、同窓会名簿まで。上段はバラエティ豊か。下半分はすべてアルバムだった。量が半端ないくらいある。

 伯父や叔母の家族が年末に、ここに集結したときの写真や学校関係の写真、国内海外旅行の写真、古いアルバムはとにかく重い。

 あの時、あの瞬間の一枚、覚えていたりいなかったり、まだだいぶ若いおばあちゃんとおじいちゃん、母、叔母、伯父、従兄弟たち。

 一冊のアルバムに目がいく。

 ニューヨーク、ワシントンDC、カナダナイヤガラの旅。

 それは、私が小学生六年生の時。

 何を思ったか、おばあちゃんから一緒に海外旅行に行こうと誘われた。その時のものだ。

 当時、私が気まぐれで英語教室に通っていたので、海外を経験しておくのもいいからとかなんとか、夏休みを利用してツアーに一緒に連れていかれた。

 初めての海外旅行、長時間の飛行機、不安だらけだったのを覚えている。観るものすべてが初めてだった。

 とにかく道路が広い、人間も建物も大きい。お肉やソーセージやピザ、果物も美味しかった。初めて見るような厚さのステーキを食べた。柔らかくてすごく美味しかった。果物は特にアメリカンチェリーが、大きくて濃い赤というよりは、ほぼ黒めの紫のような色で柔らかくて甘くて最高に美味しかった。

 ワールドトレードセンターの中でおばあちゃんとふたりで撮った写真もあった。

 あの頃はニューヨークにまだワールドトレードセンターも存在していた。あまり記憶にないけれど、高すぎて、地上が雲に隠れてほとんど見えなかったことは覚えている。


「ハコベさん、小学生くらいですか? 可愛いですね」

「……っ!?」


 すぐ上から声が聞こえて、我に返る。

 ま、まあ、小学生の頃だから、可愛いとの表現は小さいという意味では間違いではないけれど、心臓に悪い。


「すみません、驚かせて。誘惑に負けて覗いてしまいました」

「い、いえ、私の方こそ」


 谷さんを放置したまま思い出に耽ってしまった。


 当時、英語教室に通ってはいたけれど、本当に英語は難しいと思った。ある言語をネイティブのように話すには、五、六歳までに学ぶのが有効らしい。言語習得能力はその年齢を越えると下降し、それ以降はかなりの努力が必要だと英語の先生が言っていた。

 とすれば、バイリンガルの谷さんが日本に連れて来られたのは、おそらく幼稚園前かもしれない。

 仕事をしているマッコイ先生が、日本とアメリカを何度も谷さんを連れて行き来していたかどうか……。

 ましてや日本人と結婚したとなれば。

 

「見ます? ニューヨークやワシントンDC、カナダのナイヤガラの滝の写真です」

「いいんですか? 実は東海岸やカナダは行ったことないんです。僕は西海岸のほうだったので。嬉しいです」


 アメリカは広い。西と東では3時間も時差があるんだから。


 結局、その日はお昼も一緒に買ってきたコンビニのおにぎりを食べて、また本棚に戻って、二時間ほどをふたりでおばあちゃんのアルバムを見て、楽しく?過ごしてしまった。

 だって、谷さんがものすごく聞き上手で、私もつい余計なことまで喋ってしまって。谷さんが笑うと、眉と目尻が下がって妙に人懐っこくて。柔らかな金色の光に包まれているような安心感があるんだもの。


 やばい。初日からこれでは。

 ペースをあげていかないと。


 次々部屋の物入れや引き出しを開けて、これはと思うものを報告し合った。面白いものも発見した。

 昔の東京オリンピックのワッペン。

 古い形のアイロン、石膏でできた女神?の胸像。お店の名前入のマッチ箱ひと山、古銭、外国通貨、古い切手シート、

 昔の8ミリテープみたいなものもたくさん出てきた。古すぎておそらく観ることはできないと思う。

 物置部屋の隅に布が被せてある物体があったので、それを外してみると、巨大顕微鏡?かと思うものが出てきた。谷さんが英語を読んでネットで調べてくれて、実は写真の引き伸ばし機だとわかった。不思議な形をしている。

 そういえば、おじいちゃん、写真も趣味だった。それこそアンティークショップの人が好きそうな代物かも。

 私があちこちチェックしている間に、谷さんは、アンティークの買い取り専門の業者さんや古本屋さんなどを検索して探し出してくれていた。

 その中からピックアップした業者に連絡を入れるため、谷さんと日程を詰める。谷さんが都合が悪ければ、私ひとりで対応すると言ったら、


「うら若き乙女が見ず知らずの人間と密室でふたりきりなんて危険です。業者は男の可能性が高いですし。できれば、僕が伺える日にしてくださいね」


 と、丁寧に返された。


 う、うら若き乙女、、、って、現代日本人が使わなそうな時代錯誤な言葉が欧米人の谷さんの口から出たよ〜。

 まず、私は三十歳目前だし、うら若き乙女じゃないし。

 こんなすきま風が多い吹けば飛ぶようなボロボロの家は密室に入るんですか、っていうか、自分のことは棚に上げてるけど、谷さんも見ず知らず……ではないにしてもそんなに知ってるわけではないし、男ですよね?


 思わず色々とツッコミそうになったが、谷さんがいたって真面目に心配そうな顔をしていたので、控えた。


「はい。じゃあ、そうします」


 笑顔を貼り付ける。

 アンティークショップの人が来るのは再来週になった。


 

 あっという間に四時を過ぎたので、ひとまず今日の作業はここまで。あとは、谷さんが車で連れて行ってくれるというので、見つけてしまった短刀を持っておばあちゃんの家の所轄の北警察署に向かった。

 生活安全課で刀剣類発見届出済証を貰って、県庁で月一回行われているという登録審査会に行くように言われた。月一回も行われているんだ、という驚きは、当日行ってみてさらに驚くのだけれど。


 谷さんと一緒にいてわかったけど、外ではこんなに他者からの視線にさらされるんだと改めて気付く。谷さんを見て、それから次に私も見られる。谷さんがナチュラルな日本語を喋ると、皆さんがえっ!? となるのがわかる。

 私も言動に気をつけなければと思わされる。

 谷さん、小さい頃から、きっと日本の社会で気苦労が多かったよね。今も多いかもだけど。ここは、欧米人の少ない東北だし、学校では容赦無い好奇心や興味を向けられていたと思う。

 それなのに、谷さんは人を安心させる笑顔を持っている。すごいと思う。


 帰りは私が買い物をして帰ると言ったら、アパートの近くのスーパーまで送ってくれた。


「谷さん、今日は本当に何から何までありがとうございました。ここまで送っていただいて、すみません」

「いいえ。ハコベさんの思い出深い空間を片付けるお手伝いができて、僕はとても嬉しかったです。また来週、楽しみにしています」


 また来週、そう言いながら、谷さんは今夜もメッセージを寄越すに違いない。

 

 


 

 


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