3 遺品整理スタート
星形の花弁を持つ、ハコベ。
道端に咲いている小さい花、七草粥に使われるけれど雑草の部類。
少し小さめで産まれた私、小さくても可愛く逞しく育って欲しいとの願いはわかるけど、【星花】こんな当て字ではフリガナが無いと誰も読めない、漢字はキラキラしてるのに、名前はキラキラしてない、むしろ地味なキラキラネーム。
普通にそのままの【セイカ】って読みでよかったよね。
必ず聞き返されるし、説明が面倒。
そういえば、谷さんもキラキラネームに入る? 英語の名前を無理やり漢字にしなくて良かったのに。
【織音】とか。
可哀想、でもないか。そのままなんとか読めるからいいのか。
話は戻って、基本毎週末、用事が無ければ私はおばあちゃんの家の片付けに通うことにした。片付けに行く日時は、必ず谷さんにLIN〇をすることになった。
谷さんも、可能な限り行きますとのこと。そんな、お暇なの?
片付け初日、白いシャツにジーンズというラフな服装で現れた谷さん。
今日も眩しっ!
欧米人のリアルジーンズ姿はこうも破壊力があるの!?
しかも白い長袖シャツは腕まくりをしていて、程よい筋肉質の腕見せるとか、反則でしょ!
やはり、カッコイイと思ってしまった。
それはまあ、置いておいて。
うーん、どこから手をつけようか、谷さんには何をしてもらったらいいのか、悩む。
膨大な本や年代物の家具や古道具もある。古本屋さんやアンティークなどの買取り業者さんにとっては宝の山かもしれない。
谷さんと相談して、まずは一通り、部屋を見て回って、大切な物や処分する物を分けておいて、最初に買取り業者さんに見てもらって、売れるものは売る。それが終わってから、遺品整理業者さんと共に一気に片付ける。小さい家とはいえ、丸々一軒分だから見積もりをとって、最終的にどの業者さんにするかを決めることになった。
谷さんは、興味深そうに部屋の中を見回している。
谷さんに片付けのお手伝いの代金の話をしたら速攻で断られたので、お礼にはお金じゃなくて、この家にあるもので好きな物をお持ち帰りして貰う提案をしてみる。
「谷さん、お礼はこの家の中にある谷さんの欲しいものでいかがですか? だいたいのものはさしあげられると思いますし」
「ハコベさん……」
聞き取れないほどの声、聞き間違い? でも谷さんは真顔で確かにそう言い切った?
「えっ?」
わ、私!? じゃないよね。ものじゃないし!! ジョークなの〜?
「……の写真」
「は!?」
いや、いや、いや、私の写真て〜〜〜。
谷さんがいつの間にか手にしていたのは、掘りごたつの上に無造作に積んであったアルバム類の中に埋もれていた私の成人式の振袖写真だった。
何を引っ張り出したのかと思ったらっ!
近所の小さな写真館で撮影した、まるでお見合い写真みたいな台紙付き見開きのヤツ。成人したから、とりあえず記念にって撮影したヤツ。
それは、他人に見せられるような代物ではない。〇年前、叔母から借りた年代物の振袖で、化粧は自分で、髪も自分で整えただけのおかっぱ頭。
「き、却下です! 別の物でお願いします」
谷さんの手から、写真を奪う。
「はい……すみません」
何故か肩を落とす谷さん。
要らんだろ、私の写真なんかっ!!
気を取り直して、谷さんと相談してひと部屋ずつ見ていくことにした。
まずは一部屋しかない二階の部屋から。
ふたりでギシギシと音をたてながら階段を上がる。昔お正月に家族で遊びに来たとき、泊まらせてもらう部屋だった。
家具はずっと置きっぱなしの木製のベッドだけ。マットレスではなく畳が敷いてあるベッドだ。そこに普通に布団を敷いて使っていた。
サンルーム的な広縁があって、そこに古いダンボール箱が数箱ある。
開けてみると、その中の一つには、懐かしい雛人形があった。一時期うちにも飾っていたけど、引越しの時におそらくここに置いていったんだ。中サイズの雛壇と三人官女までしか揃っていない。確かおじいちゃんが、毎年娘たち(母と叔母)に一段ずつ買ってやると言っていて、結局上から三人官女までしか揃わなかったと母が言っていた雛人形。私にはおばあちゃんがお内裏様とお雛様のセットだけのものを新しく買ってくれた。このセットはてっきり叔母のところにあると思っていた。
「美しい雛人形ですね」
谷さんが感心している。お内裏様の鼻が欠けているのは、ネズミにかじられた跡だと母から聞いていた。昔からこの家にはネズミがいたんだね。
あとから調べたら、雛人形は子どもの厄災を身代わりに引き受けてくれるものだから、一代限りが望ましいそうだ。
つまり、この雛人形はもう古いし役目を十分果たしてくれたと思うので、供養して処分しよう。
他の箱には、額縁に入った絵画が数枚入っていた。ひとつは棟方志功の木版画っぽいけど。
本物だったら、まあこんなところには置かないだろうから、きっと印刷したものなのだろうと思う。あとは、鉛筆の作家サインがある山の風景画のリトグラフ、ピカソの代表的な線描写の鳩のポスター的なもの。
部屋の押入れには古い布団類。かび臭い布団は処分かな。
さて、この絵画はどうしよう。
価値のある物なのかな?
「ハコベさん、画廊の知り合いがいるので、僕がこれから持っていって見てもらって来ますよ。ガラスがあるから肉眼ではよく見えないけど、拡大鏡があればすぐわかると思います」
「お手間をかけさせてしまいますが、良いんですか?」
「全然手間じゃないです。ここからなら街中の画廊は近いですし。ハコベさんは、他の部屋を見ててください」
「わかりました。ありがとうございます」
「向こうで見てもらったら、結果をLIN〇します」
そう言って、谷さんはさっさとダンボールに入った絵を持って、出かけてしまった。
素早い。車のエンジン音が、あっという間に遠くなり、静かになった。
少し、息を吐いた。
初日だし、谷さんのキラキラにまだ慣れないせいか、気詰まりなのは仕方がない。
私が次にピアノのあった応接間で机の中を調べているうちに、早々に谷さんから連絡が来た。
棟方志功とピカソの鳩は印刷物、山の風景画は美術年鑑に載っている作家の作品だったけれどさほど有名ではなかったようで、もし下取りに出すなら、状態なども考慮するとすべて合わせて買取り価格四千円とのことだった。
それでOK、売りますと即答した。
谷さんは、それからすぐに売り上げ金を持って帰ってきた。
私はというと、応接間の小さな机の引き出しの奥から、大変な遺物を見つけていた。
「戻りました! ハコベさん?」
谷さんは、私が慌てているのを見て、頭を傾げた。
「た、谷さん、これ、折り畳み傘かと思ったら、た、た、短刀です!!」
「おおお」
谷さんは、瞳を輝かせたけど。
それは布袋に入っていた。細い折り畳み傘? にしては反りがあったので、何かと思って出してみたら、白木の鞘に入った短刀だった。鍔の無いいわゆる懐刀。
ギョッとなる。鞘には、住所と名前が墨で書かれていた。昔戦死したと聞いたことのある親戚の名前だった。
こんな机の引き出しの奥に入れっぱなしだったから、おばあちゃんも覚えていなかったかも。
怖いもの見たさで鞘から刃を引き抜いてみようとしたけれど、抜けなかった。谷さんの力でも抜けない。
「古いので、錆びていて抜けないのかもしれません。たまに役場にこういった昔の刀や銃が見つかったって持って来る方がいますが、これらは最初は役所じゃなくて管轄の警察署に届ける必要があります」
「そうですか」
「あとで一緒に行きましょう」
「はい……」
谷さんはテキパキしていて、頼りになった。