21 ずっと、離さない
おばあちゃんが亡くなって一年間は喪中ということで、オリオンと私の正式な結婚の手続きなどは、年が明けてから行われることになった。けれどもその前にも色々と決めることはたくさんあって……。
祖父母の家のことが終わって、一息ついて、日常に戻って気が抜けたようになった私。
そんな私をオリオンは急かさず、リードしながらも無理をさせずに寄り添ってくれて、私の歩みに合わせてくれた。申し訳なかったけれど、彼の気遣いが嬉しかった。
婚約指輪や結婚指輪を買いに行くとか、結婚式、披露宴、どの程度の規模にするとか、どこでするとか。
ふたりで住むのはどこにするとか。お互いのアパートは、単身者向けなので新たな家探しも必要になった。
慌ただしく季節も巡り始め、クリスマス、おばあちゃんの一周忌、年末年始が過ぎていった。
一月の二週目、オリオンと私は、二枚の婚姻届それぞれに名前を書いた。
一枚は役所への提出用で、もう一枚は、オリオンが大切にしていたおばあちゃんがサインしてくれていたもの。
彼と相談して、役所用には私の父と谷先生にサインしてもらい、おばあちゃんがサインを遺してくれていたほうには、マッコイ先生にサインをしてもらって、これからも私たちふたりの宝物として保管することにした。
⭐︎
「お父さん、ハコベさんと結婚させていただけますか?」
結婚の申し込みに訪れたオリオンに向かって、父は、娘をよろしくお願いしますと丁寧に頭を下げ、私には、
「やっとだな。おめでとう」
やっと、って。それだけ?
父親らしい言葉もなしで、その場でさらさらと証人欄にサインされた正式な婚姻届け。でも、サインしながら、仏壇の母の写真を一瞬見て目を潤ませたことに気がついた。
「お父さん、お母さん、ありがとう」
父と写真の母に、オリオンとふたりで頭をさげる。
「お父さん、お母さん、ありがとうございます! ハコベさんを生涯守って、生涯幸せに過ごしてもらえるように全力で努めます」
オリオンの言葉に、父は込み上げるものがあったようで何度も小刻みに頷きながら泣いていた。
母が亡くなった時も、我慢して泣かなかった父の涙を初めて見た。
胸がいっぱいになり、私もつられて泣いた。
オリオンのその後の行動の素早さと言ったら……。
すぐに谷先生たちからのサインももらいに谷家を訪れる。もちろん待ち構えていた谷先生とマッコイ先生。
「おめでとうー!!」
ふたりからも祝福を受ける。
婚姻届に、それぞれサインをもらうと、その足で市役所に提出し、受理され、私はオリオンの正式な妻になってしまった。
「あとはのんびりやりましょう」
と、オリオンが、穏やかな表情を見せてくれた。安心できる笑顔に、ホッとする。
そう、セレモニー的なものは、後回しで、入籍が先になってしまった。
一月後半に、結婚式はホテルで家族だけで済ませ、二月に親戚やごく親しい友人たちを招いての軽い結婚披露パーティーを行なうことにした。
オリオンと私は、近くの神社で行われるお焚き上げの火祭りに行く用意をしていた。
私の手元に残っていた最後の遺品の中には、おばあちゃんが遺していた手紙があって捨てるには忍びないけれど、ずっと持っているわけにもいかない。
遠く離れた関西で勤めていた伯父や私の母や私が送った手紙が多かった。遺品整理中にチラっと見ただけで、封筒に戻して、まとめておいた。その他に几帳面だったおじいちゃんの数冊もの日記帳。男性らしからぬ整った小さな字でびっしり文字が書いてあった。
おじいちゃんが亡くなってもおばあちゃんはそのまま大切にとっておいたようだけど、もう処分するからね。
それらを紙袋にまとめて入れて、オリオンと火祭りを行っている神社へ向かう。
毎年その神社は、お正月飾りやお札などをお焚き上げにやってくる大勢の人たちで賑わう。寒い中、あったかい甘酒の販売は人気だ。
お焚き上げの火にあたると、一年間無病息災で過ごせるという。手紙と日記帳は、火祭りのお焚き上げには入れられないので、別にお焚き上げ料と共に、神社に納めた。
私たちが飾っていたものと、父から預かっていたお正月飾りとお札を燃えさかる炎の中に焼べる。
それらは、炎と共に天に向かって登っていくみたいだった。
「熱っ、あんまり近くと危ない」
オリオンに抱き止められて、我に返る。
「うん、熱いね」
お互い頬がほてっていて、笑ってしまう。
「ハコベ、甘酒を飲んでいく?」
「もちろん」
「寒い中、外で飲む甘酒は最高に美味しいよね」
「ふふ、オリオンが言うとなんかおかしい」
「なにそれ?」
「じゃあ、お参りしてから甘酒ね」
「うん」
オリオン、ものすごく嬉しそう。
甘党だもんね。
焚き上げのお祭りには、ますます人が集まってきて、一度はぐれたら、もう見つからないくらい混雑している。
この状況なら、しっかりと手を繋いでも目立たないし恥ずかしくないよね。
私はオリオンの温かい手に縋り付く。
「ハコベ……」
「手を離さないでね」
「うん、ずっと離さない」
私たちはお焚き上げの炎に照らされながら、微笑み合う。オリオンとずっと一緒に歩んでいく。
おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん、これからも空の上から見守っていてね。
⭐︎
オリオンと結婚してから、二十数年が過ぎた。
明日はバレンタインデー。二十歳になる娘の英美里とキッチンで手作りチョコを作っている。
バレンタインデーに結婚披露パーティーをしたオリオンと私。サプライズで、手作りの生チョコをオリオンに渡したら、えらく感動されて、毎年作って、とねだられる羽目になった。
今年は、エミリが意中の人に渡して告白すると言うので、力が入る。
「そういえば、またパパとママ、いい年して外で手を繋いで歩いてたでしょう? 近所のスーパーに行くだけなのに。玲奈ちゃんにラブラブだねって、ひやかされたよ」
「いいの、いいの。パパが繋ごうって言ってくれるうちは、ママは繋ぐの」
「ええぇ〜? おじいちゃんおばあちゃんになっても?」
「もちろん」
離さないでね、って言ったの私だから。
オリオンが誓ってくれた私の幸せは、今も変わらず続いている
おわり
ーーーーおまけのエピソード
結婚披露パーティーの翌日、疲れて部屋でボーっとしてたとき、
「ハコベ、僕のいる役場の近くのキャンプ場に小さな湖があるんだけど、そこに毎年白鳥が渡ってきては、越冬して行くんだよ。今年も来てるから、良かったら、次の週末、見に行かない?」
と、オリオンに誘われた。
湖に浮かぶ白鳥。
気持ちが動いてしまった。
「白鳥!? 週末、寒そうだけど……」
「白鳥、今の時期しか見られないよ」
「………優雅な感じ?」
「とっても優雅。綺麗な湖だし穴場だから静かだし、どう?」
「……白鳥の湖。穴場。い、行く」
白鳥の誘惑に負けた。
「やった。じゃあ、ドライブデートだね」
あとでわかったけど、オリオンがいたずらっぽく笑ったのには訳があったようだ。
そして週末になった。
車に乗る時、オリオンはいつも助手席のドアを開けてくれる。結婚しても、毎回してくれるけれど、されるたび胸が高鳴る。
車を運転する私の旦那さまになったオリオンを横目で盗み見る。
金髪碧眼、鼻高い。彫りが深い。私より色白美肌。欧米人なんだと改めて思う。
「ん? どうしたの? 奥さん?」
「な、なんでもない」
奥さん……なんて、やだ、恥ずかしい。
幹線道路から、比較的広めの一本道を入って進む。雑木林内に入る小道の前で、オリオンは車を停めた。その奥は道路からは見えなかった。
路駐して、小道を進んで行く。
それにしてもガーガーとか、ピエピエとか、やたら大きい鳴き声がする。
白鳥の声? 小道が開けて、湖と陸の境が見えた。
白鳥が何羽も湖に浮かんでいて、その他に声の主であろうカモちゃんたちが浮かんだり、陸地でひなたぼっこをしたりしている。カモのほうは白鳥の倍以上いた。
野生の鳥さんたちを見た私のテンションは上がった。私の気配に気がついた手前のカモちゃんたちと目が合って。
可愛い……。おお、フワフワの毛をしてるのは幼鳥かな?
などとほのぼのしていると、なんと、そのカモちゃんたちの集団がこちらへ向かって来る。湖に浮かんでいたカモちゃんたちも、次々と陸に上がって集団の後ろにつく感じで?
可愛いカルガモの親子の行列どころではなくて、微かに暖かい日差しを浴びながら、みんなゾロゾロと私たちを目掛けてやって来る。
え? 私はその場で立ち止まった。
あ! な、に? だれかここで餌をあげてるとか? だから、貰えると思って寄ってきてる?
「オリオン、どうすれば……?」
一歩下がると、すぐ後ろにいたらしいオリオンにトンとぶつかった。頭だけ振り向くと、オリオンはくすくす笑っている。
あなた、こうなること知ってましたね?
「大丈夫だよ。そのままで」
「……!?」
オリオンが背後から、私の両肩に手を置くのがわかった。それから、なにやら頭に軽い感触があったんだけど、まさか、さりげなく、キ、キス!?
キス以上のこともしてはいるけど、なんだか気恥ずかしい。
安心感と戸惑いで心がザワつく。
迫って来るカモちゃんたち、後ろにはオリオン、動けない私。
ある一定の距離でカモちゃんたちが急に止まった。距離を保ちながらの、私とカモちゃんたちとの探り合いが数秒。
………………。
私が餌を持っていないと気がついたようで、カモちゃんたちが次々と戻り始めた。
か、賢い!
ホッと胸を撫で下ろす。たとえ可愛いカモちゃんたちでも集団だとそれなりに迫力がある。本当になにもエサらしきものも持っていなかったし、囲まれたらどうしようかと思った。
少し余裕の出た私は、せっかくなので記念にスマートフォンのカメラでカモちゃんや白鳥さんの写真をパシャパシャ撮影しまくった。
「オリオン、カモちゃんたちが寄ってくるのを知ってたのね?」
「面白かったでしょう? このオナガガモも渡り鳥で、白鳥の渡来の時期に群がってくるんだよ。焦っているハコベ、とても可愛かった」
恥ずかしげもなく、素面で、瞳をキラキラさせながらそういうことを言ってくる〜。
私の旦那さまはずるい。
これで完結です。
最後までお読みくださった皆さま、どうもありがとうございました。心より感謝いたします。
こちらは、香月よう子さんのバレンタイン企画用(昨年)に考えていた作品でした。
一周忌が過ぎてしまいましたが、空の上のよう子さんにも、この作品が届きますように。




