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20 思い出は心の中に

こちらでのご挨拶で失礼いたしますが、

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 まさかの展開だった。お付き合いの挨拶に来ただけだったのに、流れでプロポーズもされて……。

 ふたりで階下に降りていくと、リビングのソファで寛いでいた谷先生とマッコイ先生がソファからなぜか身を乗り出した。


「ハコベにプロポーズ受けてもらえた!」


 オリオンが、それに応えるように興奮気味の声を張りあげた。


 え!?

 谷家では、そ、そういう段取りになっていたの!?


「「よかったねーー!!!」」


 両手を大きく広げて喜びを爆発させたマッコイ先生から、ギュッとオリオンとふたり一緒に抱きしめられた。


「オリオン、嬉しいご縁だ」


 谷先生の目にはうっすら涙が見えた。


 見てますか?

 おばあちゃん、お母さん、私、なんと外国人のオリオンと結婚の約束をしました。金髪碧眼ですよ。私が一番驚いています。


 実感はまだないけれど、オリオンとご両親の笑顔に囲まれて、心は温かくて、幸せな気持ちが満ち溢れて来て……。結婚が決まる時って、こんな感じなんだ。


 ⭐︎


 そんなこんなで、私のプライベートは新たなステージへ進み始めた。一方の当初の目的である祖父母の家の処分はというと、とうとう家屋の解体工事の日が決定したところまで来た。

 

 今日は、ご近所への解体工事の日程のお知らせと、解体の際の騒音、重機の出入りなどで、迷惑をおかけすること必須なので、その連絡と挨拶をするため、万里子叔母と共に祖父母の家を訪れていた。

 万里子叔母にとっては、解体前の実家の見納めだった。でも、そんな寂しさを見せず、叔母の最初の私への第一声は、


「ご婚約、よかったね、彼だったら優しいし、なんせ公務員だし、イケメンだし、高身長だし、髪の毛あるし、いうことないよね」


 なんか、……髪、とか言いました?

 なぜ、また、その系の話に?


「もう、今だからいうけど、うちの旦那さまね、結婚して一緒に暮らすようになってから実は、って……」


 叔母がぶつぶつと話した内容を要約すると、叔父さん、結婚してから頭に載せていたモノを外されたそうだ。

 これは初耳だった。


「で、今日はハコベちゃんのレトリーバーくんは来ないの?」


 はい? 私、ワンちゃんは飼っていな……、まさか、


「え? レトリーバーくんって、オリオンのこと?」

「そうそう、ゴールデンくん。ハコベちゃんを見る眼差しが、もうね、大好きなご主人さましか目に入らない大型犬みたいだったから」

「か、彼は来ないよ。今日は叔母さんと一緒にご近所へ挨拶することは話してあるけど、誘ってないし。土曜出勤だって言っていたし」


 毛並み的なものなのか、ゴールデンくんに名前が変わる。


「そう? 大急ぎで仕事を終わらせて、飛んできそう。誘っていないならその辺にこっそり隠れて呼ばれるのを待ち構えてたりして」

「ま、まさか、そこまでしないよ。この辺りは隠れるところないしね」


 ばか正直にそう答えながらも、何かよぎるものはあった。


「ますますラブラブなんでしょ? 外国人が旦那さまになると、いつまでも愛情表現が豊かで情熱的な感じがする〜」

「か、彼は幼い頃から日本にいるから、そんなではないかもよ」


 と言いながらも、先日のオリオンと交わした濃厚な口づけが生々しくよみがえってきて、頬に熱が集まる。


「ふふ、なんでも楽しい時期、いいわね」


 叔母からひやかされながら、隣近所へ解体工事の挨拶をしてまわった。


 今どきはあまり見なくなったコンクリートブロックの低い塀越しに、青いトタン屋根の古い家を目に焼き付ける。目を瞑っても、外も中も隅々まで思い起こすことができた。

 ここを購入した不動産屋さんから、建物の解体中、何か出て来たら中断になるので、その時はご連絡しますと言われていた。滅多にはないそうだけれど、古い建物の解体工事だと稀に古い人骨や希少価値の高い遺物など出てくる場合があるらしい。その他にも大木の処理がかなり困難らしい。見上げるほど大きい八重桜に梅や楓、もったいないけれど、どうにもならない。

 隣で私以上に思い入れのある、自分の生まれ育った家をじっと見つめる叔母。やっぱり寂しいに違いない。


『万里子は勉強は得意だけど、まるでぼっーとしてる子だから。ハコベちゃん、この家の後始末、万里子を手伝ってやってね』


 おばあちゃんから、何度も頼まれた。私からすれば、叔母はそれなりにしっかりしていると思うのに。

 もちろん家の処分は、ひとりでは大変だし遠方だし、私が手伝うつもりではいたけれど。


『万里子、新幹線の切符は忘れてないね』

『大丈夫』

『循環バスに乗り遅れないようにね』

『わかってる』


 万里子叔母は、どんなに年を重ねてもおばあちゃんにとっては末娘のままだった。側から見ていて、微笑ましくもあったし、少し羨ましくもあった。

 私の母が生きていれば……。私がいくつになっても、母から心配されたのかなと思う。

 母がまだ生きていたら、もっと一緒に買い物したりお茶したり、温泉にでも出かけたり、色々できたかもしれなかった。二十代前半ではわからなかったことで、今になってわかったことだ。


「ねえ、ハコベちゃん、私、美味しいパンケーキ屋さんに行ってみたい」

「わかった。行ってみようか」


 叔母の子どもは男の子だけなので、カフェでお茶などのお誘いはないよね。

 そこで、タイミングよく、オリオンから電話が来る。用事が終わって、車で近くまで来ているとのこと。パンケーキを食べに行こうとしていると告げると、迎えに来てくれるという。もちろんパンケーキ店も同伴したいと言われた。

 オリオンのようなスイーツ男子もいるか。


「ゴールデンくん?」

「うん、叔母さんにも挨拶したいって。パンケーキを食べにいくの、オリオンも一緒でもいい?」

「もちろん! 私も彼とご一緒したいわあ、嬉しい!」


 ご機嫌な様子の万里子叔母。実家のこと、気にしていないふりをしていても、目の端に光ったものを私は見てしまっていた。

 その後オリオンの車に拾ってもらい、三人で市内で人気のふわトロなパンケーキの店に向かった。


 運良く、三十分待ったくらいで入店できた。


「来年の結婚披露パーティーには、ぜひ叔母さまもご出席くださいね」

「素敵ね。ありがとう。喜んで出席します! ああ、楽しみ楽しみ」


 盛り上がっているふたり。

 分厚くてふわトロな、口で溶けるようなパンケーキに感動しながら、話も弾む。


 ふたりの笑顔が私もとても嬉しいし、おばあちゃんも母も祝福してくれていると思うけれど、すべてが順調で幸せなことに、素直に喜んで良いのか、幸せ過ぎて怖いって、初めての気持ちだった。


 ⭐︎


 そして、しばらく経ってから、何もかもが無くなって、さら地になった元祖父母の家の敷地の様子を見に来てみた。

 オリオンと顔を見合わせて、ふたりでおそらく同じ表情をしていたと思う。寂しさと切なさと懐かしさが入りまじった諦めの笑み。


 建設会社の立て看板もさっそく設置されていた。それには、ニ棟の建売住宅の外観イラストと予定販売価格が書かれている。こぢんまりした可愛らしい家だったけれど、市内の中心部に近いためか驚きの価格で絶句する。


 ここでの懐かしい思い出は少しの写真と家族の心の中に、ひっそりと大切にしまわれて、次は次に住む人たちが新たな思い出を作り上げていく。

 私の隣りには、夜空に金色に輝く星座オリオンのような彼が、これからもいてくれる。私たちもまた新しい思い出をふたりで、お互いの大切な家族と共に作っていくのだ。


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― 新着の感想 ―
 亡くなった人の痕跡はいつの間にか亡くなっていて、思い出の中にしかいなくなっちゃうんですよね。  覚えている者同士で思い出話をすることが、消えさせないための唯一の方法なのかもしれません。  覚えている…
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