18 お付き合いの挨拶
それから、オリオンとは平日は電話やメッセージのやり取り、週末は街の散策をしたりカフェ巡りをしたりお付き合いは順調だった。
ふたりで外を歩く時は、オリオンが必ずと言っていいほど手を繋ぎたがるので、最初のうちは他人の視線が、気になってしかたがなかった。
特に女性からの、オリオンと私を見比べるような視線。それで、今までよりは身なりに気をつかうようになった。
これまでは基本的に片付けメインだったので、動きやすさ重視でラフなジーンズにセーターやトレーナー、綿のブラウス姿だった。よく考えれば、色気も何もなかった。いざお付き合いするとなって、オリオンの隣りを意識すると、スカートは必須のような気がしたし、トップスも私にしては明るめの色合いのものを選んだ。
オリオンが、会うたびに私の装いを必ず褒めてくれるので、気合いも入る。恥ずかしながら、下着も少し華やかなデザインのものに新調した。
えーと、オリオンからは良いのか悪いのか、恋人同士のような接触も今のところ軽いキス止まりで、まだそれ以上のことは求められてはいないけれど、もしもの時のための準備。未経験とはいえ、大人だし。
彼が日本では目立つ存在なのは、どうにもならない。それでも性格がのんびり穏やかで優しいので、私は一緒にいてもあまり疲れずに過ごすことができていた。しだいに周りの視線にも慣れて、気にならなくなっていった。
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そして、しばらくすると、オリオンから私の父に挨拶がしたいし、自分の日本人のお父さまも紹介したいといわれた。
私の父は私が独立して同居してないし、母が亡くなったので、もちろんひとり住まい。でも母が入退院を繰り返していたので、自然と仕事をしながら食事の用意や洗濯、家事全般をひとりでこなせるようになっていた。たまに私はおかずを作って届けるくらい。その点では、手のかからない見事な父だった。趣味は家事、というようなくらい家の中は綺麗にしていた。
父にオリオンのことを話すと、おばあちゃんの葬儀に参列してくれた外国人ということに驚いていたけれど特に反対はされなかった。
実際オリオンが来た時は、両手をあげて喜んでくれた。適齢期を逃しつつある娘をそれなりに心配していたようで、
「娘を貰ってくれてありがとうございます!」
と、挨拶もそこそこに、先走って深々と頭をさげる姿に私は焦った。
「お、お父さん、け、結婚はまだだから。結婚前提のお付き合いの挨拶ではあるけど……」
「そうか、そうか!」
と、言いながらも、目尻に皺を深く寄せ、もう決まったかのようなすごく嬉しそうな顔をしている。
「結婚の申し込みは、近いうちに改めて」
オリオンも父に合わせるように深々と頭をさげたので、私だけ、はぁ!? となった。
「どうもどうも、本当にありがとうございます。娘をどうぞよろしくお願いいたします」
「はい、お父さん。ハコベさんを幸せにします」
父は若干涙ぐみ、オリオンは満面の笑み。
お、お父さん〜、オリオンも……てか、もうこれ、結婚の挨拶だよね。
父の背後にある仏壇の写真の母が、クスッと笑ったように見えた。
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それから一週間後、私たちは、今度はオリオンの実家を訪れていた。市内の北寄りの静かな住宅地にあって、ごく一般的な二階建ての洋風の家だった。
通されたリビングで、私の緊張をほぐそうとしたのか、
「パパ、ハゲチャビン、コワクナイデショ?」
え? 今ナントオッシャイマシタカ? ハ……。
ソファにお父さまと仲良く並んで座るマッコイ先生は、お茶目にウィンクしながらとんでもない強烈ワードを発っせられた。
だ、誰からそんな日本語教わったの〜!?
オリオンのお父さまの谷さんは、マッコイ先生とおばあちゃんが教鞭を取っていたエスカレーター式の私立校の大学の方の英語学教授だそうだ。
「どうもハコベさん、ふたりから聞いていた通り、小花のような可愛らしい方だ。初めまして、谷です。家内と息子オリオンがお世話になっておりました。林先生のお孫さんでいらっしゃるとは、素敵なご縁、とても嬉しいです」
谷先生は大学教授という肩書きをお持ちなのに、こちらが恐縮してしまうほどとても丁寧な方だった。
コアラのようなのんびりおっとりした印象の方で、オリオンと同じホッと安心する空気感を漂わせていた。
「初めまして。村山星花です」
自分ではそんなに硬くなってはいなかったと思うけれど、そう見えたらしく、
「あー、ハコベさん、リラックスしてくださいね。理事長とも親しかった林先生がご逝去されたのは、とても残念でした。家内が来日した当初から、とても親しくしてくださったそうで本当に感謝しておりました」
「祖母もマッコイ先生から、お菓子作りを教わったりして、楽しく過ごせたと思います」
私がそう返すと、谷先生とマッコイ先生が顔を見合わせて、朗らかな笑顔で頷きあっている。そんなとても素敵なご夫婦の姿を見て育ったから、オリオンも穏やかで優しい性格なのかも。
「ははは、僕ね二十代後半からこんなハゲチャビンで、結婚も諦めていたんですよ。でも、神様からの奇跡のギフトで、こんなチャーミングな女性と結婚できて、イケメンな息子も持てて、今度はこんなに可愛らしい女性が息子と結婚してくれるかもしれないと思うと、本当に幸せ者です」
え!? 突然の種明かし。
強烈ワードの出どころは、まさかのご本人〜!!
そしてついでに退路を絶たれたような……。
「お父さん、ハコベさんが困ってる。その定番ネタはもういいから」
ネタ……。定番。
「父は初対面の人には緊張をほぐしてもらいたいって、いつもこの自虐ネタを披露するんですよ。逆に相手に気をつかわせてるって僕は言ってるんだけどね」
「……」
んー、返答に困る。
いつの間にやら、マッコイ先生が定番のくるみのブラウニーをお茶菓子に出してくださって、心は躍る。
「わあ、私の好きなお菓子をありがとうございます!」
「メシアガレ」とマッコイ先生。
そして、オリオンは別の話題へ話を向けるんだけど、それはそれで……。
「ハコベは、スイーツを食べている時の顔がとても幸せそうで可愛らしいんだよ。それから意外と力持ちで、林先生のたくさんのアルバムを一度に運んだり、僕がいないと思って家具をひとりで移動させたり。片付けの手際も良くて、業者さんへの指示も的確だし……あれやこれや」
息をする間もないくらいにペラペラと私について話し出すし、もう、ブラウニーを味わうどころか、むせてしまった。
始終和やかな雰囲気の中で、みんなで歓談していると、
「ただいま。遅くなりました」
突然、ガチャリとリビングのドアが開く。
え? タダイマ?
入ってきたのは、オリオンよりずっと若い青年。
薄茶色の髪と瞳のハーフっぽいエキゾチックな雰囲気。
まさか、だけど……。
「オカエリ、ケント」
マッコイ先生が、抱きついて頬を寄せる。
ケント……。
「はじめまして。次男の賢人です」
ケ、ケ、ケントって、オリオンに弟くん、いたの? 聞いてないよ〜!!
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