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15 遺品整理終了

 万里子叔母は、家の中に残っていた物の最後の断捨離判断をし、その他の手続きを終わらせると慌ただしく北陸へと帰って行った。

 

 ⭐︎


 その一週間後、とうとう遺品整理業者さんに全て片付けてもらう日になってしまった。

 今日で、この祖父母の家の物はすべてなくなる。

オリオンと一緒にここに通って遺品整理をしたことは、生涯忘れないと思う。この片付けが終わっても、オリオンは私のそばにいてくれることになった。

 いつも気がつくと、私の傍らには彼がいる。見上げると、陽だまりのように温かな微笑みで包みこんでくれて、そしてもれなくおでこにキス……。正直これにはまだ慣れないけれど。

 彼との関わりはこれからも終わらない。

 おばあちゃんが繋いでくれた奇跡のようなオリオンとのご縁。

 大切にするね、おばあちゃん。


 約束通り午前十時に、遺品整理業者さんは業務用の大きなバンでやってきた。

 スタッフは男性三人に女性一人で、四人で作業を行いますと挨拶された。


「大変だと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 私とオリオンも頭を下げる。


「おまかせください!」


 なんとも心強いセリフ。女性から名刺を渡されて、隣に立つオリオンと一緒に確認すると、安達あだちさんとおっしゃる彼女が代表となっていて責任者のようだった。見た感じ四十代くらいの朗らかで明るい雰囲気の方で、お見積りに来てくださった方とは別の方だった。


「お手伝いすることがらありましたら、遠慮なくおっしゃってください」

 

 オリオンは、安達さんに日本語で話しかける。そうすると、相手も安心したように日本語で返してくる。彼に自然と身についた配慮なのだと思う。


「ありがとうございます。助かります。助けていただきたい時は、お声をかけさせていただきますね」

 

 安達さんたちは次々と手際よく、一部屋ずつ残っている物を私たちに確認しては車に運び込んでいく。

やはりプロだなと思う。とにかく手早い。みるみる部屋の物がなくなっていく。


「あの、家に残っている家具とかも全てあの車に積めるんですか?」


 大柄な男性スタッフに、オリオンが驚きながら訊ねている。


「はい、つめますよ」


 積めるのか詰めるのか、頭の中で漢字に置き換えてみても、素人の私には無理という二文字しか浮かばなかった。


「すみませんー、こちらにいらしていただけますか?」


 台所の方から安達さんの声がした。


「はい!」


 台所に行ってみると、食卓テーブルと椅子がずらされ、下に敷いてあったカーペットも丸められ、床下収納が開けられていた。

 そうだ、床下収納の存在を忘れていた。テーブルがあってカーペットも敷いていたので、開かずの扉だったはず。

 安達さんが、そこから取り出したのか、中サイズの瓶が何個か並べられていた。


「すみません。床下収納の中、確認していませんでした。カビとか虫とか、大丈夫でしたか?」

「大丈夫ですよ。梅干しのようなものが少し残っていますが、捨ててよろしいですか?」


 いつ作ったものか、わからない梅干し、さすがに……捨てるしかない。


 おばあちゃんが元気な頃、庭でできた梅で作っていた梅干しに違いない。季節になると、大きな平べったいザルなどに梅を並べて縁側に干していたものだ。

 梅干しにしたり、梅酒や梅ジュースにもしたり。昔はおおらかで、子どもなのに梅酒に漬けてある梅の実をもらってよく食べていた。アルコール分がモワッとくるけれど甘くて梅の香りも好きだった。梅ジュースの実の方は、エキスが全て抜けてしまうらしく、食べられたものではなかった。


「はい、捨ててください」

「では、トイレをお借りしてもよろしいですか?」

「へ? あ、どうぞです」


 えええっ!?

 失礼しますと言って、安達さんは瓶を持ってトイレに入って行った。


 何するの? もしかして、梅干しをトイレに流すとか?

 アリなの!? アリだった……。


 オリオンと私は、特にすることもないので、何もかもなくなって空っぽになっていく部屋を箒で掃いたり、掃除機をかけたり、最低限の掃除をする。

 いくら最後には取り壊されるとはいっても、長年住んだ家だから、最低限のことはしたかった。


 お昼過ぎて、家の半分ががらんどうになった頃、一度休憩に入ります、と安達さんたちは、みんなで車に乗り込み出て行った。用意していたお茶とお菓子をお渡ししながら、車を見送る。

 車の後ろの窓から荷物がぎゅーぎゅーに詰まっているのが見えた。


 あれ、大丈夫なのかな。


 オリオンと私も角のコンビニまで、お昼を買いに行く。


「ハコベさんとの片付けデートも、今日で終わりかと思うと寂しく思えます」

「片付けデートって……」


 なんの色気もない響きで笑ってしまう。お付き合いすることになって、まあ、オリオンから欧米人の挨拶程度の軽い接触はあるものの、それ以上のこととか、まだ特別どこかにふたりで出かけたりはしていない。

 コンビニで買って来たお弁当をふたりで台所のテーブルに広げる。このテーブルで食事をするのも、きっと最後。


「ハコベさん、記念に写真撮りましょうか」

「背景は、古びた流し台と小型の瞬間湯沸器ですよ」

「レトロな雰囲気で良いですよね」


 オリオンは、慣れた手つきでスマートフォンをかざし、私のそばに来た。


「美枝さんも一緒に写ってくれるかな」

「ええっー!?」


 パシャリとシャッターがきれた音がした


「や、私、絶対変な顔した〜」

「ははは、大丈夫、大丈夫」

「だめです! 見せてください」

「やだ。素のハコベさんの表情が好きだから」

「そ、そんな、見せて、消して〜」


 オリオンが腕を高く伸ばしたら、私が届くはずもなく、彼の胸に抱き止められる形になってしまった。

温もりを感じて、お互い今を生きているんだと実感する。


「幽霊でもいいから、写っててくれるといいのに」


 口から本音がこぼれ出てしまった。


「すみません。おふざけが過ぎましたね」


 オリオンは、私をギュッと抱きしめてくれてから静かに離した。そして、スマートフォンの画像を見せてくれた。


 キラキラの笑顔のオリオンに、バカみたいに目は見開いて口をポカンと開けた私、背後には年代物の瞬間湯沸器。残念ながら、おばあちゃんが写っているようには見えなかった。


 安達さんたちが戻ってきて、午後の片付けがスタートした。午後も作業スピードは、おちることなく、逆にスピードアップしているかのようだった。

 途中、万里子叔母がもらうと言っていた大きな木製の本棚を運送会社が取りに来て、持って行った。


 いつか家の中で対峙するのではと恐れていたあの大きなネズミには、結局会うことはなかった。あちこち齧った痕跡だけが残っていた。特に仏壇の下の小さい押入れの襖が酷かった。この奥が棲家だったのか。今は物音ひとつしないので、何処かへ引っ越したのだと思う。


 少しして、安達さんから、作業完了との報告を受けた。各部屋、一緒にまわって確認する。

 本当に、何も残っていなかった。

 終わったんだ。

 作業完了の書類にサインをして、見積り通りの請求書を受け取ると、万里子叔母から預かっていた代金をその場で支払う。返された領収書を受け取った。


「お世話になりました。すっかり綺麗にしていただいて、ありがとうございました」

「また何かの時は、ご用命お待ちしております。気を遣っていただいて、お茶とお菓子をありがとうございました」


 荷物がすっかりなくなると、普通の部屋の中でも声が響くものなんだと改めて知った。

 安達さんたちは、また荷物いっぱい詰め込んだ車で帰って行った。

 オリオンと私は、抜け殻になった家の前で立ち尽くす。


「オリオン、ありがとうございました。おかげさまで、片付けも無事に終わりました」

「僕はほとんど何もしていません。ハコベさん、大変だったと思います。本当にお疲れさまでした」

「あなたがそばにいてくれて、心強かったです」


 私たちは、ふたりで協力して大きな仕事をやり終えて、すっきりした気持ちで笑みを交わす。


「じゃあ、帰りましょうか。異常が無いか家の外を一周して来ますね」

「ありがとうございます。お願いします」


 いつものオリオンの申し出に頷く。

 私のほうは家の中をチェックしながら持ち帰る荷物をまとめて、戸締りをする。


「ハコベさん、大変です!」


 玄関から、オリオンの慌てた声がした。


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― 新着の感想 ―
おばあちゃんの家の片付けも、これで一区切りですね。おばあちゃんが家の庭で作った梅干し、想い出が主人公の胸をよぎるのが心に残りました。流されてしまったのは驚きますよね…。 キラキラの笑顔のオリオンの、…
 こんなところにおばあちゃんが落ちてます! …なわけないね。なにがあった?
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