14 空の上はひとつ
「澪さん、素敵な女性ですよね。元気をもらえます」
「そうなんです。杉本先輩に彼女だって紹介されて初めてお会いした時からいつも変わらずあんな感じに元気で、周りの雰囲気を明るくしてくれて。安請け合いする先輩の代わりに後輩のレポートで使う参考文献を探したり、的確なアドバイスもしたりと面倒みも良くて、先輩より頼りになるっていわれてました」
「イメージ通りの良い方ですね」
先輩より、って杉本さんがイケメンで優しそうで人好きのするタイプだったこと思い返す。
そうか、結婚までは澪さんのほうが積極的だったんだ。
「ハコベさん、すみません。ハコベさんは美枝さんを亡くしたばかりで、まだ落ち着かない状態なのをよく考えもしないで、僕だけ舞い上がって、焦って、つっぱしってしまいました。結婚を前提とはいえ、お付き合いはハコベさんのペースで構いません。まだこの家の片付け自体終わっていないですしね」
オリオンは、本当に率直で誠実な人だ。
私のことを大切に思ってくれているのもわかる。
「いつもそうやって、私に配慮してくれてありがとうございます。私、自分の思っていることを伝えるのが苦手なんです。そんな私に、オリオンは自分の気持ちを話してくれて、色々話しかけてくれて、自然に接してくれるのでとても嬉しいです。一緒にいて心地良いです」
「ハコベさんは、おそらくご自身が思うより、ずっーと表情豊かで反応が可愛い。美枝さんが気立てが良くて優しいって言っていたのもわかります。それが表に現れている」
「そ、そうですか!?」
私はそんな感じに他人の目には写ってるの?
「そうですよ。だから僕の心配もわかってくださいね。ハコベさんは、とても魅力的な女性なんですから」
オリオンは、青い目を細めて微笑みながら私を見つめて来る。
「ご心配なく。そんなこと、オリオン以外の男の人に言われたことないですから」
胸の鼓動が早くなって、体中の血が沸きあがってくる感じがする。
古い家屋の玄関で、金色の髪のオリオンは、王子さまのようにキラキラ輝いて見えた。
私がポッとなっていると、ごく自然におでこに軽いキスを落とされた。
油断してた〜。
欧米人の挨拶習慣待って〜。
☆
おばあちゃんの家の片付けは、オリオンの手際の良さもあって、着実に進んでいた。彼がいなかったら、きっと思い出に耽りがちになって、先が見えなかったと思う。
数件の遺品整理業者さんにも見積もりを依頼し、検討した。どの業者さんも下見に来てくださって、きちんと見積りも出してくださった。業者さんによって、段ボール箱の数、日時の指定、物によって廃棄ができるできないなどの制限もあり、ある程度融通がきいて、良心的な価格のところに決めた。
比較的新しかった折り畳みベッドや座卓は、その場で買取りしてもらえるとのことで、少しは整理費用のたしになるのは嬉しい。
そして前もって処分や発送にも使える段ボール箱を用意してもらえたので、伯父の家族用、叔母用、うち用に遺品の分類もできた。そのまま宅急便で送ることもできるようにした。
そんな中、ようやく万里子叔母がやってきた。
叔母とはマメに連絡は取っていたけれど、叔母は大人のコーラス教室の講師をしていて、発表会などもあり、しばらくこちらに来られなかったのだ。
そちらが無事終わったとのことで、相続の手続きや売却の相談をするのにしばらくこちらに滞在する。叔母に同行する私もそれに合わせて有給休暇をとっていた。
今日は、到着早々林家のお墓のあるお寺の住職さまに来ていただいて、家のお仏壇から魂ぬきをして、供養していただく予定だった。
「ハコベちゃん、何から何まで本当にありがとう! こんなに早く片付くなんて。私だったら絶対無理だったわ〜。実はうちの主人の実家も空家でこんな状態なのよ。もう、ハコベちゃんに来てもらって片付けて欲しいくらい」
ひさしぶりに会った叔母の第一声がこれだった。無理だけど、切実な話だよね。
「あ〜、私もひとりだけなら、こんな早くは整理できなかったと思う。彼が……オリオンがいてくれたから……」
今日も私の隣にやたらピッタリくっついて立っていたオリオンは、私から少し離れると叔母に向かって礼儀正しくかつスマートに腰を折る。
「美枝さんの葬儀以来ですね。改めまして、谷織音です」
「オリオンさん、色々とお手伝いしてくださって、ハコベちゃんも支えてくださって、なんとお礼を申し上げてよいか、本当にありがとうございます。感謝しています」
叔母は目を潤ませながら、頭を下げた。若い頃から知っている叔母だけど、年齢を重ねると共におばあちゃんと声がそっくりになってきて本当に親子なんだと実感する。
「いいえ、僕はハコベさんとお近づきになりたいという不純な動機でお手伝いを申し出たようなものなので、お礼も感謝も必要ありません」
オリオンはそんなことを言いながら目尻をさげ、私の方に甘い微笑みを向ける。
叔母の前でなんて顔を〜!?
「それでも実際これほど助けていただいたんだし。それに、めでたくふたりはお付き合いもはじめられたそうで、ハコベちゃんから連絡もらったときは、驚いたけど嬉しかったわァ」
叔母はとてもにこやかに私たちを見比べると、ウフフと声を出して笑った。
「ハコベさんには、これからもっと僕のことを好きになってもらうつもりです」
「あらあら、情熱的。若いっていいわね」
オリオンと叔母のやり取りに、私はいたたまれなくなって、体を縮めた。
そんなに若くもないのに。
それからまもなく、お寺の若い住職さまがいらした。
母が子どものころ、よくこの家に先々代の住職さまがお酒を持って訪れて、おじいちゃんと一緒に飲んでいたと母から聞いたことがあった。飲み仲間だったらしく、今どきとは関わり方も違って色々ゆるかったのだと思う。
住職さまは、魂抜きのお経をあげてくださると、形式的なご挨拶だけで、すぐ帰られた。
これで位牌など仏壇にあった物は、すべて関西の長男家族の方へ送ることになる。
位牌もお墓も遠くなって、なかなかあちらにはお参りには行けないと思う。
叔母の話によると、おばあちゃんは、お墓を守るのはやはり長男家族だと思っていたそうで、後継の従兄弟にお墓を頼むと何度も言っていたらしい。でもその結果、おそらく、この地を離れることになるとは考えもしなかったに違いない。
私の母のお墓は祖父母のお墓の近くに建てていたので、それがなくなったら母は少し寂しくなると思う。
と、以前オリオンにこぼしたら、
『お墓は離れても、空の上はひとつですから、きっと呼び合う魂は会えて、もう一緒にいると思います。だから寂しくなんてないですよ』
オリオンの柔軟なその返答が、私の心に沁みて、
そうか、空の上はひとつ、そう思えばいいんだとホッとした。