13 本の買取
「おおお、結構絵画の画集がありますね。すごい、藤田嗣治の画集、シャガール、ルノワールの画集も。音楽関係、モーツァルトに関する本が豊富。あとは年配の方は結構持っていらっしゃるんですよね。百科事典や全集。新〇社の日本文学全集!。河〇書房のグリーン版世界文学全集もある〜レアもの、所々抜けはあるけど素晴らしい。谷崎訳の『源氏物語』シミがあるのが惜しいけど、初版だわー。写真と草花の本もたくさん。 すごい多趣味でいらっしゃったのね……」
澪さんは、ひとりで呟きながら、本を手に取っては表紙や背表紙、中のページをパラパラと見て、丁寧に選り分けている。
「ハコベさん、あのヨウコ・ヒギンズさんのメッセージとサイン付きの本、売り物ではなくても澪さんに見せてみたらどうですか? なにかコメントもらえるかもしれません」
オリオンが私にそっと近づいて、耳元で例の本のことを告げてきた。
あの本は売らないのでコタツの部屋の本棚にまた戻しておいたんだった。それでも確かに、専門家の澪さんの見立てがどうか知りたいかも。澪さんにヨウコさんのエッセイ本を見てもらうことにした。
「澪さん、あの、これ、お売りする本ではないんですが、見ていただいてもいいですか?」
澪さんは、私から本を受け取ると、
「えー!? 嘘、これって、古本屋仲間がお気に入りの本だ。もう絶版で電子書籍しか手に入らないやつ。ヨウコ・ヒギンズさんてピアノもすごいけど、絵の才能もあったのよね。絵本も出しているのよ。この本の挿絵はすべてヨウコさんが描いたものなの。確かに味があるわあ。猫好きだから、特に描かれている猫ちゃんの表情が良いわよね。藤田嗣治の猫もいいけど、ヨウコさんの絵も猫ちゃんへの愛が溢れてる。パリのアパルトマンで猫ちゃんと暮してた頃出版されたエッセイね」
「そうなんですね」
まだよく読んでいなかったけれど、そんな素敵な本をおばあちゃんにプレゼントしてくれたんだ。
嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「大切にしてね」
「はい」
叔母に伝えよう。この本は私ではなく叔母が持っているべきだと思う。
澪さんはテキパキと選んで、選び終わるとすぐに査定額を出してくれた。思いのほか売れなかったけれど、二千八百円にはなった。
「素晴らしい本がたくさんあったんだけど、買い取れるかどうかはまた別なのよね。うちの売れ筋もあるしね」
そのようなものかと思う。
「買取り、ありがとうございました。ぜひ、お茶でもご一緒にいかがですか?」
「わー、ありがとう! その前に買い取らせていただいた本を車に積んでおくので、待ってて」
「僕、積むのを手伝います」
「ありがとう、オリオンくん。助かる」
「私も……」
「ハコベちゃんは、お茶の準備をお願い」
「わかりました」
澪さんの言葉に頷いて、本を運んだり積んだりするのはオリオンに任せることにした。
お茶の準備が終わる頃、オリオンと澪さんが楽しそうに話しながら戻ってきた。
その日は、オリオンがマッコイ先生手作りのくるみ入りのチョコブラウニーを持って来てくれていて……。
「わあ、マッコイ先生のチョコブラウニー!! オリジナル!」
嬉しさに思わず感嘆の声を出してしまったら、オリオンににっこりされた。
「ハコベさんのその顔が見たくて、母に作ってもらいました」
「………」
み、澪さんの前で恥ずかしいからやめてぇ〜。
「もう、あなたたち、ラブラブなんだから」
澪さんからは、すかさず冷やかしが入る。
「はい、僕の方はかなりラブです」
お、オリオンの真っ直ぐな言葉、ものすごく恥ずかしい。嬉しさと戸惑いもある。
初めての感覚。
「応援してる〜。杉本と私、高校の同級生だったんだ。杉本は最初、私のことを気の合うクラスメイトとしか見てなかった。でも私は優しい雰囲気の彼のこと、とても好きになっていて、なりふり構わず好き好きって伝えてたら、うふ、絆されてくれた。気持ちを伝えることは大切よ〜。でもオリオンくん、男子と女子は違う。女子はデリケートだから、ハコベちゃんの声もしっかり聞いて、反応もきちんと見てね。引かれないように……」
「……はい……」
オリオンが私の方を恐る恐る見て、心配そうな顔してる。
確かに今のところ慣れなくていっぱいいっぱいだけど、引いたりはしていない、つもり。大丈夫。
「はは、オリオンくん、ハコベちゃんは大丈夫って顔してるよ〜」
わわ、え? 見抜かれた〜!?
「女子にはラブアピール大事、必須、愛の言葉で確実におとすのよ」
おとすとか……生で聞いたの初めてなんですが。ふたりは、私の前で堂々とやり取り。
「まあ、オリオンくんの抜群のルックスと優しい性格なら、本気でいけば、どんなカタブツでもおとせそう」
「はい!」
オリオン、力強いお返事。
カタブツって、私のことだったり!?
「あ、失礼。ハコベちゃんのことじゃないからね。一般的な話だからね。ん〜! このブラウニー美味しい! オリオンのお母さんの手作りなのよね? ナッツ入りのブラウニーもいいわよね。お店のスイーツメニューに加えようかしら」
澪さんはさらっと話題をすり替え、本当に美味しそうにマッコイ先生のくるみのブラウニーを食べている。澪さんにも好評みたい。
私には懐かしい味で……、やはりおばあちゃんのよりは少し甘めな、気がする……。
涙が一粒零れた。
ふたりの温かな視線を感じて、我に返る。
「あ、懐かしさと美味しさで、感動の涙です。気にしないでくださいね」
「王子、出番。じゃあ、ワタシはこれで失礼するね。良い本を売ってくださって、ありがとうございました。お茶とブラウニー、ごちそうさま。またうちにもいらしてね」
そう言って、澪さんは明るい存在感を残して帰って行き、玄関で見送った私たちの周りは静けさに包まれた。