11 お付き合いスタート
オリオンは、私の方を向くと話し始めた。
「母と日本にやって来て、母が【谷】という日本人教師と結婚したので一緒に帰化した時、日本に永住してここで生涯生きていく覚悟はしたんですけど……なんだか半分は諦めの気持ちが大きくて。今まで生きてきて、自分の譲れないもの、自分が心から渇望するものや求めるものは無かったかもしれません。流れに任せて、目の前に来たものをピックアップして生きてきました。公務員になったのもたまたまタイミングが合ったからです。父親になった谷も僕の周りの日本人も、みんな親切で優しかったので、何の不安も不満も無かったけれど、どうしても自分が異邦人という異質な存在だという思いが拭えなかった」
「わかる気がします。私がもしアメリカに永住するとなったら、と考えるとオリオンと同じ気持ちになると思います」
流れに任せる人生、地元にいる私でも結局はそんな感じ。
「数年前、母が美枝さんのこの家にお邪魔していて、僕が母を迎えに来たとき、たまたま母があなたのあの振袖写真を見ていたんです。母が僕にも見せてくれて……」
え、馬子にも衣装なあの写真を?
「あの写真に心を撃ち抜かれました」
なんですと〜!? 撃ち抜かれたって、どういう意味だっけ?
「綺麗な振袖姿に飾らない控えめな笑顔のハコベさんが僕にはとても素敵に見えました」
オリオンの華やかな笑顔のほうが、数倍素敵なのに。
嘘でしょう? あれの、全部借り物の、記念に撮っておこうか的な写真のどこに綺麗とか素敵要素が……? 欧米人の美的センスを疑う。そういえば、あの写真が欲しいって言ってたよね。
「美枝さんが、おっしゃっていたんです。ハコベさんがとても気立てが良くて優しいのに、しかも適齢期なのに結婚の気配がまるで無くて、行き遅れたら心配だと」
うわ、おばあちゃんからもよそではそんなことを言われてた〜。
「母が、美枝さんのお孫さんなら素敵なお嬢さんに間違いないから、きっと良い人に巡り会えますよって言ったのを聞いて、僕は何か胸に突き刺さるものがあって、ハコベさんが行き遅れたら、僕がハコベさんと結婚します、と美枝さんに約束しました」
ま、待ってよ。
「えっ、いつの間に勝手にそんな約束を!? ま、まだ、行き遅れてないですからねっ!!」
ギリ二十代、思わずトゲのある返しをしてしまった。
だって、今どき写真だけで、結婚するだなんていくらなんでも。
「わかっています。あの時は僕が先走りました。美枝さんも、本気にはしていなかったと思います。ただ、ご縁があったら、ぜひお願いしますねとだけ言われました」
まあ、そうだよね。安心した。
「僕は本気でご縁を願っていたんです。でも、なかなかご縁は巡って来なくて、ようやくあなたに会えたのは、美枝さんの葬儀の時でした。不謹慎でしたが、ずっとあなたを見ていました。受付けで丁寧な応対をして、皆さんに挨拶をして、気を配っている姿が印象に残りました。僕は母のことをダシに使って、あなたの連絡先をなんとか手に入れました」
ダシに? そうだったの。
「ハコベさんとのこのご縁は、僕が心から望んだものです。切られたくない。さっき平田やさんで、はっきり自覚しました。ハコベさんのただの知り合いで終わるのは嫌だし、ハコベさんが他の男と結婚するなんてもっと嫌だと、絶対嫌だと思いました。あなたのことは誰にも渡したくないです。美枝さんにも聞いていて欲しくて、ここで僕の真剣な気持ちをハッキリ伝えようと思います。ハコベさん、僕はあなたに惹かれています。僕との将来を考えてみてはくれませんか? そのためにもお付き合いをお願いします」
本当に真剣な眼差し。
オリオンは、私に真っ直ぐな心を向けてくれている。
誰にも渡したくないなんて、人生でそんなこと言われるのは最初で最後かも。好き嫌いは別にしても、応えないわけにはいかない。
そうだよね、おばあちゃん。
オリオンとの将来をきちんと考えるね。
「はい。わかりました。お付き合いします。どうぞよろしくお願いします」
「あ、ありがとうございます、ものすごく嬉しいです。ハコベさん!!」
感極まったようなオリオンの声。
え!?
オリオンの白のシャツが目の前に迫ったと思った瞬間、抱きしめられていた。
逞しい腕に包みこまれて、もう、激しい動悸がドコドコと。このままだと心臓が壊れそう。
息も苦しくなって、小さく喘いでしまった。
もうハグとか〜早いよ!
あ、そうか、でも、もう二度目?だった。
「お、お団子、食べませんかっ!?」
これはお団子に逃げるしかない。
「そうですね。ちゅっ♡」
「っっっっ!?」
こここここここめかみに、キ、キ、キスされたんですけど〜〜〜!!!
お、お、欧米人の本性出してきた〜!!
シ、シ、シぬ……。
「どうしました? ハコベさん!?」
体の力が抜けた私は、オリオンに支えられながら台所の椅子まで移動して座らせてもらった。あとはオリオンが準備してくれた緑茶と串団子に集中。
「ハコベさんは、醤油だれとこしあんでしたね」
「はい」
「僕のほうのお団子、味見します?」
「あ、ありがとうございます」
私がなんとなく言ってしまった、ありがとうございます、を受けて、隣りに座ったオリオンがニッコリ笑いながらくるみあんのお団子が三個刺さったクシを私に向けている。
ん!? へ!?
取り分けるんじゃないの?
「どうぞ、このまま一個パクッといっちゃってください」
「っっっ……」
給餌的な? あーん的な?
もう、思考回路もやられ、やぶれかぶれで口を開け食らいつく。
美味しいやら、恥ずかしいやら、口の中いっぱいに極甘なくるみ味が広がった。
残りの二個はオリオンが食べた。
「くるみのコクがすごい。美味しいですね」
「はゐ……」
そしてご想像通り、お返しも必要で、自分のは味見と称して相手に一個食べさせるという甘々な給餌ごっこ? が続けられた。
お付き合いするとなった瞬間から、慣れないこの甘さ過多。
溺れそう。
いれてもらった緑茶の苦さに甘さが少し中和され、落ち着いて深呼吸、なんとか事なきを得た。