10 求めなければ、何も始まらない
和菓子屋の【平田や】さん。
お団子の他に、お饅頭や大福、どら焼きなども販売していて、お正月には切り餅も売っていた。おばあちゃんとは何度か一緒に買いに来たけれど、中学生くらいまでだったからおよそ十五年ぶり?
時の流れが無情すぎる。
昔ながらの格子戸をガラガラと開けながら、ふたりで暖簾をくぐる。
「ごめんください」
情緒的な挨拶。オリオンはいつでも礼儀正しい。
「いらっしゃい。うぇるかむ」
店員さんは、オリオンを見るなり、ウェルカム……って微笑ましい。
ご年配の女性がおひとりでお店番をしていた。おそらく店主の平田さんだと思う。白い清潔感のある割烹着と三角巾がとても似合っていて、穏やかな雰囲気の女性だった。三角巾から見える白髪の前髪に、少しだけ薄紫色のカラーをいれているのがお洒落だった。
お店の内装は飾りがほとんどなく、ガラスケースの中に、五種類の串団子と茶色の薄皮饅頭が並んでいるだけだった。
昔より品数が少なくなっていた。
「わァ、美味しそうだなあ。ハコベさん、どれが好みですか? 僕はごまあんとくるみあん、食べてみたいなあ。でも、ずんだあんも美味しそうだなあ」
オリオンの視線は、串団子に釘付けだ。
「私は、醤油だれとこしあんが好きです」
好みはハッキリ別れましたね。
「ハコベ……ちゃんて……? もしかして林先生とこの?」
平田さんが、驚いた様子でぱちぱちと瞬きしながら私を見ている。
え? そうか、おばあちゃんのこと覚えててくれてたんだ。私のことも珍しい名前だし、記憶に残っていたのかな。
当時お店にいたのがこの方だったのか、私のほうは全く覚えていない。
「はい。私、林美枝の孫の星花です。祖母がお世話になりました」
「いえいえ、お世話になったのはこっちですよ。受験勉強みてもらったおかげで、孫は一高に入れましたからね。林先生、お亡くなりになったってきいてます。ご冥福をお祈りします。わたしもすぐ参りますって、お仏壇を拝むときにでも伝えておいてください」
「いえいえ、そんな。まだまだ先ですって伝えます」
「この店ね、跡継ぎがいないから今年のお盆過ぎたら閉めるのよ。わたしも歳だしね」
「そうでしたか」
【平田や】さん、お店閉めてしまうのか。
だからもうこんなに閑散としてるんだ……。
「それにしても、あの小さかったハコベちゃんがすっかり大人になって、べっぴんさんになったこと。外人さんの旦那さん?」
「ち、ち、ち、違います。おばあちゃんの遺品整理を手伝っていただいている知り合いの方です」
「谷と申します」
オリオンはご挨拶しながら、にこにこ満更でもないって顔を私に返す。
「あら、じゃあ、まだおひとり? よかったら、うちの孫はどう? まだ独り者でお嫁さん募集中なのよ……」
「えーと、私は……」
平田さん〜、悪気がないのはわかりますが、困ります、お店の中でそんなデリケートなお話!
「すみません!!」
遮るように、オリオンのハリのある声が店内に響く。
平田さんと私が、ビクッと肩を揺らすほど。
「串団子は全種類ひとつずつと、お饅頭は三つください!」
オリオンは、直前の笑顔とは違うひきつった作り笑い?
助かったけど。
「はいはい、串団子は全種類で、お饅頭は三つですね。かしこまりました」
平田さんは、確認すると黙々とプラスチックの容器にお団子を詰め始めた。
お饅頭二個サービスねって五個入れてくれて、お仏壇にあげてねと言われた。
「どうもありがとうございます。おばあちゃん、喜ぶと思います。お、オリオン、あとで私の分は払いますね」
「ハコベさん……申し訳ありません」
ん? なんの謝罪?
お会計が終わると、オリオンは品物を受け取ってサッと外へ出てしまった。
「ハコベちゃん、買いに来てくれてありがとうね。彼はハコベちゃんが大好きなんだね。余計なこと言っちゃってごめんなさいねぇ」
平田さんから、こっそりと告げられた。
え!? 大好きって……!?
待って、そう、見えるの?
「あ……いいえ。では、お体にはお気をつけてくださいね」
「ありがとう、ハコベちゃん。良かったら、また寄ってちょうだいね」
「はい」
外では、オリオンが額を押さえて目を伏せていた。なんだか元気が無い。
「オリオン? 大丈夫!?」
『彼はハコベちゃんが大好きなんだね』
という平田さんの言葉が頭から離れなくなってしまって、オリオンの顔を見たら頬に熱がじわじわ上がって来る。
「大丈夫です。失礼しました」
「疲れました? 戻ってお団子でお茶にしましょうか」
「そうですね」
私たちは来た道を引き返して、おばあちゃんの家に戻った。
帰路のオリオンは、心ここに在らずといった様子だった。
どうしちゃったんだろう?
道は狭く一列で歩くので、私の後ろにオリオンという状況。
気になって、たまに後ろをチラと振り向くと、オリオンからはニコッとされるけれど、放たれるパワーがいつもより弱い。
家に着いて、すぐにお湯を沸かす。
オリオンは、食器棚からいつもの黒檀の菓子皿を出してくれて、平田さんからいただいたお饅頭をふたつのせて仏壇に運んでくれた。
【おりん】の澄んだ音が優しく鳴る。
私もおばあちゃんがいつも使っていた湯呑みにお茶をいれて持っていく。
オリオンがお仏壇の前で、まだ手を合わせている。
オリオンはクリスチャンなんだろうけどいいのかなと思いつつ、私もお茶を供えてからオリオンと並んで手を合わせた。
おばあちゃん、平田さんから、お饅頭いただいたよ。
お元気そうだから、そっちでお茶飲みするのは、ずっと先だと思うよ。
仏壇の中で、姿勢良く写る写真のおばあちゃんと目が合う。
『ハコベちゃん、背中をピンと伸ばすと気持ちもシャンとしてすっきりするの』
よくそう言っていたっけ。懐かしい声が思い出されて、背中を伸ばした。
「ハコベさん」
「はい?」
横にいるオリオンを見上げる。
「やはり、待っているだけではなく、求めなければ何も始まらないと気付かされました。突然ですが、僕と結婚前提でお付き合いしていただけませんか」
「っ〜〜!?」
け、結婚前提!!? のお付き合い!?