9 金色のオリオン
「お、おりおん……さん」
キラっと笑顔を輝かせる金色のイケメンに、玄関で練習させられてる〜。
この状況は一体……!?
「さん、は、いらないです。あるとなんだかよそよそしいし、変です」
「お、おりおん……」
私にとっては羞恥プ○イに等しいけど、彼のキラキラ感は増したみたい。
まるで金色の王子さま。
「もう一度呼んでもらえますか?」
こんな王子さまみたいな人から蕩けるような甘いお顔でお願いされて、キッパリ断れる平民女子なんていない。口から心臓が飛び出そうなほど、ドキドキしてしまってる。
「オリオン……」
「ワオ、いい感じです。ハコベさん、嬉しいです。ありがとうございます」
「そんな、……おそれ多いです。あの、私のことも、さんを付けなくていいですよ。不公平ですし」
少し間があって、
「……ありがたいお申し出ですが、それは今はまだ。不公平ではなく、僕の身勝手なお願いです」
「じゃあ、私の方だけ呼び捨て!?」
ますます周りの女子たちの視線が尖らない?
ま、いいか。確かに、お付き合いしているわけではないし。
ま、いいや、なんでも。
玄関で、谷さん……改めオリオンさん、……ではなくオリオンと、こんなやり取りをしてから外へ出た。
この町内をゆっくり歩くなんて、本当に久しぶり。
角には文具店さんがあったけど、いつの間にかコンビニになっていた。子どものころは、おばあちゃんの家に来てお小遣いをもらうと、ひとりでこの角の文具店に来て、可愛い鉛筆や消しゴム、便箋などを買うのが楽しみだった。
そして、この通りの先のお寺さんには、江戸時代後期の著名な経世論家のお墓がある。藩士だったけれど、いわゆる時代の先をいくような持論を書物にして勝手に出版し、世を惑わせたとのことで、蟄居させられ五十代くらいで亡くなった。没後にその持論が認められ、後世に名を残した。
毎年六月にその経世論家の生誕祭が行われている。子どものころは、毎年それに合わせて家族でおばあちゃんの家に来て、一緒に夜のお祭りに行くのが楽しみだった。昔は文具店まで道路の両側に露店や屋台もたくさん出ていた。町内会に紅白饅頭の引換券が配布されて、お祭りの前にお寺さんでその引換券とお饅頭と交換してもらってくるのは私の仕事だった。
今では、お祭りはかなり縮小されて、境内の中のみでメインは町内会のカラオケ大会と盆踊りらしい。
私のそんなたわい無い話を、オリオンは興味深そうに聞いてくれる。
「地元のお祭りも風情があって、いいですよね。ハコベさんも浴衣を着てお祭りに?」
「はい。着せてもらいましたね」
「見てみたかったなあ」
目と目が合うと、優しく微笑まれる。
なんだか胸苦しくて、心臓がもたないかも。
メインのバス通りには、昔ながらのお店がまだ健在だ。土地も道幅も狭いので、大型スーパーマーケットが出店しにくいからかもしれない。おばあちゃんが買い物に通っていた大西八百屋さん、それにお肉屋さん、お魚屋さん、和菓子屋さんまで揃っている。
おばあちゃんがあまり出歩けなくなった時、昔からのお付き合いの大西八百屋さんが、今どきはあまりないけれど、玄関先まで様々な品物を持ってご用聞きのようことをしてくださっていた。ヘルパーさんに買い物をお願いするようになるまで続けてくださって、それにはとても感謝している。
人がすれ違うのも厄介で、ふたりで並んで歩けないほど狭い通りなのに、車の往来はなんときも多い。
自然に私が前を歩いて、オリオンが後ろをついてくる。
「あ、ここの信号機、面白スポットですよ」
交差点に来て止まると、後ろからトンという軽い衝撃があってオリオンに両肩を支えられ、ドキンとする。本日二度目のスキンシップ〜!?
オリオンの手の大きさがほぼダイレクトに肩と腕に伝わってくる。
「ご、ごめんなさい、突然立ち止まって」
「僕の方こそ、よそ見をしていてぶつかってしまってすみません」
オリオンは特に普段通り?
「さっきも思いましたが、ハコベさん、華奢ですね。カワ……」
「く、車用と歩行者用が一体化している信号機は、全国でも珍しいんですよ!!」
焦って、オリオンの『カワ……』のあとの言葉を遮ってしまった!
きっと『カワイイ』ではなくて、『皮と骨だけ』と言いたかったに違いない。
「確かに。初めて見ました。僕、アパートが役場に近い住吉町で、別のルートから来ていたので、わかりませんでした。へぇー」
オリオンは特に気にした様子もなく、先輩知ってるかな、とか呟きながら、私の肩からあっさりと手を離すとスマホで信号機の写真を撮り始めた。
私のほうは、息も絶え絶えになっているというのに。
「さすがハコベさん、良い物を見せてもらいました!」
「あと、信号渡ってそこの教会の前、【教会前】って名前のバス停なんですけど、道路が狭すぎて置くとこがないみたいで、昔から停留所の標識柱がないんです。だから、向かいのバス停の標識で時間を確認しないとなくて、でもバスを待つのは、教会側で……」
「なるほど……」
「このふたつ先の駐車場の入口のバス停も標識柱がなくて。この循環バスのルートでは、そんなバス停が三ヶ所もあるんですよ!」
ついでに息つく暇もなく、周りの車のエンジン音に負けないように大声で力説してしまった。
恥ずかしい。
「……興味深いですね」
優しさのオーラ溢れるオリオンの笑顔は、老若男女問わず、何人をも骨抜きにすると思う!
車道の風圧に金色の髪が揺れる。
排気ガスだらけなのに、オリオンの周りは、それとはかけ離れたクリアな空間に包まれているみたいだった。
「あの和菓子屋さんに、入ってみたいです」
オリオンは、【だんご】という暖簾が掲げてある老舗の和菓子屋さんを目ざとくみつけると、にこにこと嬉しそうに指をさしている。
洋菓子も和菓子もいける口。マジでスイーツ男子なのね、オリオン。