5 リオンVS団長
第三演習場は森林に囲まれた演習場だ。至るところに木々があり、ただの平野で戦う時に比べて、大きな動きをとることは難しい。それに、隠れやすかったり、不意打ちがしやすかったりもするのが特徴だ。
だが、そんなことリオンには関係がなかった。
リオンは自分の得意とする主導権を握るという戦闘スタイルを貫くために先制攻撃をしかける。リオンのトップスピード、それは団長の想定していた速さよりも速く対応に遅れる。
相手に隙が生じればリオンにとっては格好の的だ。そこから流れるように追撃を仕掛けていき、団長に攻撃をさせる隙を与えない。リオンが今まで鍛錬してきた成果がきっちりと本番、殺し合いという場面で出ていく。
「現状はリオンが有利に見えるけど・・・。」
アリサはリオンと団長の戦闘を少し離れたところから見ていた。リオンと団長、二人の戦闘能力についてはアリサは概ね把握している。アリサの見立てでは、単純な剣同士の戦いならリオンが十中八九勝つと踏んでいる。
リオンの剣技は幼少期からの教育によって洗練されている。その剣技は基礎から積み立てられたもので、美しい建築のようなイメージだ。
それに対し、団長の剣技は力任せに振っている感じに近い。突貫工事で作られた建築のようなイメージだ。
団長がリオンと渡りあえている。少なくとも、一方的な戦いになっていないのは、戦闘の勘、経験がものを言っている。
当然、このまま戦いが進行していけば時期にリオンが勝つだろう。
「まあ、戦いは剣だけが全てじゃないからね。」
剣一本で戦いの勝敗が決まるなら、アリサだってリオンに勝てる道理はない。けど、実戦はそうではない。だからこそ、今のリオンが有利な状況、アリサにとってはリオンがどんどん不利になっているように感じる。
戦闘が始まって5分程が経った。戦況は大して変化がない。
(大口をたたく割に剣の実力は大したことないな。)
リオンが戦いながら思った率直な感想だった。団長に反撃の兆しを与えることもなく、淡々と自分のぺースで戦えている。
男は剣をメインに戦うのが基本だ。実際、この数分の戦いで団長が魔法を使う素振りはなかった。そもそも、剣と魔法の両方で攻めるアリサが特殊なだけであって、これが剣の打ち合いが剣での戦いの基本だ。
一つこの戦いでの難点を挙げるなら、リオンが勝負を決めきれていないことだ。1対1の剣士同士の戦い。それも、実力だけを見るならリオンの方が圧倒的に上だ。本来、このような状況なら、とっくに勝負が決まっていてもおかしくない。
さらに時間が経過する。団長は攻撃を防ぎながら徐々に後退していることから、戦い始めた箇所から随分の演習場の中心部へと移動していく。
(やはり、何かが変だ。)
リオンは戦い当初から持ち始めていた違和感がここにきて加速する。そもそも、剣を打ち合えばお互いの力量はある程度分かる。団長は自分の剣術ではリオンに勝てないことは容易に分かるだろう。相手の戦力を見極める。これも戦闘において需要な要素だ。
(こいつがそこまで愚かだとは思わないがな。)
仮にも闇ギルドの団長だ。おそらく、今までに色々な依頼をこなしてきたはず。その中で生き延びてきたということは、自分に合った仕事を選んできたということだ。
つまり、敵を見定める目はリオンよりも養われているはず。そんな相手が不利な状況でもあるにもかかわらず、まだ戦闘を続けている。それが意味することは・・・。
(つまり、こいつのはここから俺に勝つ算段があるわけだ。)
それが何かが分からない。少なくとも、剣術ではないはずだ。それで勝てるなら、もうとっくに勝負を決めにきているだろう。
魔法というのも考えにくい。こいつが高位な魔法を使えるなら、戦いに組み込まないわけはないだろうし。魔具を懐に忍ばさせていることも考えられるが、これまでで何度も使える機会はあったはずだ。それでも使わないということは、おそらく、所持していないのだろう。
(それに・・・。)
相手は戦いの場をこの第三演習場に指定してきた。ただの剣術のぶつかり合いなら、この演習場ではなく、もっと開けた場所。例えば、荒野を想定した第一演習場とかの方がいい。わざわざここを選んだことには何か理由があるはずだ。
それともう一つ。相手がずっと攻撃を防ぎながら後退していることが気になる。まるで、リオンは相手の思惑通りの場所に誘導されているみたいだ。
(どうする?)
リオンは今の攻撃のペースを続けるか否かを考えている。このままだと戦いは膠着状態である。いや、膠着状態なのは自分だけだ。相手は何かを企んでいる。そして、この状況は相手が上手くことを運んでいるから起こっているのは間違いない。
(むしろ、逆だな。)
相手の思惑にのろう。リオンはそう考えた。相手の狙いが何か分からない以上、ここで派手に動くわけにはいかない。焦れば相手の思うツボだろう。ここは相手に切り札を出させた上で勝つ。これが一番だ。
(どのみち、こいつに勝てなければ、アリサに勝つなんて無理だからな。)
リオンの最終的な目標であるアリサ、彼女に比べれば団長なんて三下も同然だ。
さらに剣の打ち合いは続く。状況は何も変わらない。戦いの場所が演習場の中心部に移動したという点を除いては。
「さて、そろそろいいだろう。」
この戦いで初めて団長が口を開いた。団長はリオンから距離をとり口笛を吹く。すると、木々に隠れていたであろう、ギルドの団員たちがぞろぞろと姿を見せる。
(なるほどな。これが狙いなわけだな。数はざっと10数人ってところか。)
団長は自分をおびき寄せていたのだ。自分たちにとって都合のよい狩場まで。森林地帯だと、敵が隠れやすいし、死角もいくらだって作れる。敵の数が多いとなおさらだ。それに、今の団長の合図で敵が全員出てきたとも限らない。まだ、身を潜めていて、いつ不意打ちをしかけてくるかも分からない状況になったわけだ。
ただ・・・それでも。
「はっはっはっはっは。」
リオンは高笑いをする。
「なんだ?自分が追い込まれておかしくなっちまったのか?」
団長は急に笑い出したリオンを見て困惑する。
「いや、俺も甘く見られたものだなって思ってな。10人やそこらもいれば俺に勝てるって思われていると考えたらおかしくって笑っちまったよ。」
敵はどんなに多く見積もっても30人もいないだろう。しかも一人一人の実力はリオンの見立てではあるが、そこまで大したことがない。
一人一人が弱いから、皆で力を合わせれば勝てるとかそんなのは幻想だ。弱い奴がいくら群がったところで、本当の強者に勝つことはできない。
一騎当千。こんな言葉が世の中に存在する時点で、そんな理論は破綻しているのだ。世の中には超えられない壁というのが得てして存在しているものだ。
そもそもの話、敵はリオンの本当の実力を知らない。敵はおそらく、リオンの戦闘データというのを収集して、勝てると踏んだからこうして殺しに来ているわけだ。
じゃあ、そのリオンの戦闘データはどこの出典のものなのか。リオンが公の場で戦ったことがあるのは、社交場の模擬戦、剣術学校の入学試験くらいだ。
社交場の模擬戦、相手は自分と同年代なことが大半だ。同年代の相手なんて、本気を出すどころか、手加減しても余裕があるくらいに実力差がある。
剣術学校の入学試験、相手は大人ではあるが、教師になるような人物なんて、大抵は軍人になれなかったできそこないか、軍を退役して教師になった老いぼれかのどちらかだ。
つまり、リオンが実力を存分に出した相手なんて誰一人いないのだ。もちろん、団長もデータだけでは実力の全貌を計ることはできない。だからこそ、最初はリオンと1対1で戦い実力を計った。そして、そこからも勝てると判断したわけだ。
じゃあ、リオンは先ほどの団長と戦い、本気で戦ったのか?答えは否だ。別に相手を舐めていたとか、そういうわけではない。リオンにこの戦いは初めての実戦。慎重に戦ってしまっているところもある。それに、相手は闇ギルドの殺し屋だ。殺し屋の戦闘スタイルは初見殺しだ。アリサと初めて戦った時もそうだったが、相手の想像を絶するような攻撃で殺せばいい。その殺しに再現性はいらない。人は一回殺せば、それで死んでしまうからだ。
だから、リオンは団長の動きを非常に警戒していた。特に防御をしつつ、後退していく団長の動きに。リオンが一番恐れていたのは、この演習場に地雷とかを仕掛けられることだった。演習場は木々に囲まれているし、地雷や爆弾を仕掛けられていても気づかない可能性がある。
しかし、実際はそうではなかった。ただ、仲間が待ち伏せていただけ。しかも、仲間と共に戦うということは、地雷等の広範囲な爆撃を仕掛けてくる可能性というのは極端に減る。味方を巻き込むことになるからだ。
もう様子を見る必要がない。敵も多いことだし、全力を出して倒してしまえばいい。
「お前ら、やっちまえ。」
団長の言葉で潜んでいた敵が一気にリオンに襲いかかってくる。リオンの本当の実力を知らないで。
1対多数。その状況で、1側がまずすべき行動は敵の数を減らすことだ。これがセオリーであり、これ以上の最適解はない。
敵を戦闘不能にする一番簡単な方法。それは殺すことだ。これは実戦だし、相手は殺し屋。何もためらう必要がない。
リオンは向かってくる敵の攻撃を躱し、敵の心臓や喉元を光のように速い一閃で貫く。
一撃必殺。
リオンには敵の動きがスローモーションに見える。これは比喩表現ではなく、まぎれない事実。敵の動きがリオンの動体視力に対して遅すぎる。だからこそ、リオンは敵の急所に的確に一撃を与えることができるのだ。
一人、また一人とリオンの手によって殺されていく。
「そんな、馬鹿な。」
団長はリオンの動きを見て驚く。先ほどまでの剣術が優れているだけの子どもではない。あれは危険な存在だ。団長の殺し屋としての直感がそう告げている。
リオンは手を緩めることなく、殺していく。その姿に恐怖を覚えた敵が背を向けて逃げようとするが、リオンはそれを許さない。
一度、自分に敵意を向けたものには容赦はない。リオンの最高スピードで追いつき、心臓を一刺し。
わずか30秒。この短時間でリオンは団長以外の敵を殺し終えた。
「後は、お前だけだ。」
リオンは団長の方に向かって歩み始める。
「ひえぇぇえ。」
団長はリオンに畏怖しており、既に戦意は残っていなかった。リオンが歩み寄る姿は、殺した際の返り血を浴びていることも相まって、団長には鬼のように思えた。
「俺が悪かった。もう、手を引くから命だけはどうか・・・。」
団長が賢明に命乞いをする。殺し屋とはいえ、自分が死ぬということは怖いのだ。だが、それは何とも都合の良い話だろうか。今までは逆の立場でありながら、その命乞いに耳を傾けたことはないだろうに。
「俺の力を見くびったようだな。」
リオンは団長の心臓に剣を突き刺す。即死だった。
「案外、人を殺しても何とも思わないものだな。」
リオンはこれが初めての実戦。だから当然、人を殺すことも初めてだ。リオンは人を殺すことに対して、罪悪感とかが生まれたらどうしようとか思っていたが、そんなことは杞憂に終わった。まあ、相手が殺し屋だからってこともあったのかもしれないが。
(ふーん。あれがリオンの実力なのね。)
アリサはこの戦闘を見届けて、リオンの実力を見ることができた。団長たち相手だと少し役者不足感があり、百パーセントの実力を出していたかは分からないが。
(まあ、私の相手ではないけどね。)
リオンが全力を出していなかったように、アリサもまだ実力の全てをリオンに見せたわけではない。今のリオンには少なくとも負けることはない。
(それよりも、今は勝者を讃えてあげましょうか。)
アリサはリオンの傍に行く。
「おめでとうって言った方がいいかしら?」
「別に大したことはしてない。格下相手に勝利を取りこぼすわけにはいかないしな。」
リオンは団長の死体をみて言う。
「ところで、この後どうしようか。先生に報告とかした方がいいよな。」
今回の主犯は殺した。もう、この侵入衝動にはケリがついたようなものだ。後は残党を狩るだけ。ただ、人質を取られている以上、まだジンの方は派手に動いていないだろう。敵将を打ち取ったといえば、敵は降伏するかもしれないし、状況は変化する。
「私が連絡するわ。ジンとの通信魔具持ってるし。」
アリサはそう言うとジンに連絡を取り始める。
ちなみに通信魔具とは、魔力を魔具に込めることで遠い相手とも連絡をとることができる代物だ。
「了解だって。ジンもDクラスの方を奪還するみたいだから、私たちは教室に戻って休憩でもしとけだってさ。」
「それもそうだな。」
リオンも先の戦闘で大分疲れた。体力的に疲れたわけではないのだが、初めての実戦ということでかなり集中していた。戦闘が終わったこと集中がとけ、一気に身体がだるくなってきた感じだ。
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リオンが団長たちを殺した後、ジンを中心にした教師陣がDクラス及び放送室にいた敵を一掃し、この騒動は幕を閉じた。
今回の騒動での生徒、教師の死傷者はゼロだった。
リオンの戦績は、討伐数18。初めての実戦にしては十分な成果だった。




