4 侵入者
勉強、剣術と毎日同じことしかしない学校生活だが、月日が経つのが早く、もう五月の半ばとなっていた。
アリサとの鍛錬は続いており、少しずつではあるが成長しているのを感じる。
「本日から1週間、2年生と3年生は校外演習を行う関係で学校を不在にする。だからと言って、羽目を外しすぎないように。」
ジンはそう言うと、ホームルームを締め教室を出ていく。
(ジン·エヴァンズか。)
アリサを自分の養子にし、剣術学校に入学させた張本人だ。アリサから過去の話を聞いた後、独自にジンについて調べてみた。
リオンの調査には限界があり、事細かに知ることはできず、アリサの件について分かったことはほぼない。
強いて挙げるなら、ジンは結婚しているものの、子宝に恵まれなかったという点だ。このことから、アリサを養子にしたと考えることもできるが、わざわざ殺し屋を養子になんてしないだろう。
エヴァンズ家が有名な名家ってわけでもないし、跡取り問題とかは関係ないだろう。それに、跡取りだったら、魔術師の家系でない限り、男を養子にするのが一般だ。
(直接聞くのはな~。)
問題を解くには、答えを知っている者に聞くのが一番簡単だ。しかし、リオンがジンに聞いたところで答えてくれるとは限らない。
(それにな。)
アリサ本人が理由を知らないのに、第三者の自分が聞くのは何か変だ。アリサ自体、理由とは特に気にしていないみたいだし。
(まあ、今が上手くいっているならそれでいいか。)
♦
2年生と3年生がいないと寮生活は快適に送れる。2年生も3年生も当然だが、寮生活をしている。その中で、1年生が苦汁を舐めることがあるのも事実だ。
例えば、学校設備の利用権について。放課後や休日に生徒たちは学校の設備を利用することができる。演習場やトレーニング室等が挙げられる。ただ、これらの設備は予約制であり、2,3年生が優先的に予約することができる。
予約がバッティングした時は、模擬戦の勝敗で決めるのが暗黙のルールとなっているが、1年生が上級生に勝つのは難しい。経験、体格等、この年代は成長速度が段違いであり、1年の差は露骨に出る。
リオンは上級生相手に遅れをとることはないが、そもそも設備を使わないので関係のない話だ。
「じゃあ、自主練行ってくる。」
リオンは設備を利用することはないが、放課後の自主練は欠かさない。学校の時間割の関係から、生徒は16時以降は課外時間となる。
リオンは17時から18時までの間、自主練の時間として設けている。内容としては、体力錬成のためのものだ。ランニングに筋トレ、剣の素振り等、長時間戦闘できるようにすることが目的である。
リオンの剣の技術、戦術は、幼少期から、父や家庭教師に教わり、十分なレベルに達している。後は、体力が必要。リオンはそう考えているからこそ、この自主練を行っている。
実際、軍に所属するようになると、長期間の戦闘というのは基本になってくるし、今の目標であるアリサに勝つことも、リオンは長期戦になると踏んでいる。
リオンのランニングコースは学校を3周することで、距離にして大体30キロ程となる。リオンの場合は身体強化魔法をかけながら走っているので、キロ1のペース。つまり、30分で30キロ走る計算となる。
(皆、今日は結構自主練してるんだな。)
リオンは走りながら、学校を様子を見るのが日課になっている。同級生たちが演習場を借りて、ツーマンセルの模擬戦をしていた。普段なら、上級生が使っているので、この時間に演習場を使えることはない。だから、珍しい光景が広がっていたいたわけだ。
1年生が演習場を使うとなれば、夜になることが多い。それでも、使用できたらラッキーな方だ。
ランニングは風景が変わっていく方が、進むことが楽しくなる。今日は、普段と違う光景が見れたので、必然とリオンの足取りは軽く、いつもよりも速いペースで30キロを走ることができた。
その後、いつも通り筋トレをこなす。素早い攻撃を繰り出すための瞬発力、重い一撃を繰り出すためのパワー、リオンはこの二つを重点的に伸ばすトレーニングを行っている。
瞬発力を鍛えるのは、先制攻撃の成功率を上げることを目的としている。先制攻撃の有用性は、戦闘に非常に大きいものとなっている。こちらが先に攻撃できれば、戦闘の主導権を握りやすし、展開を自分の思うようにしやすくなる。
パワーを上げる理由は、相手を押し切る時に役に立つ。力強い一撃を剣で受け止めたとしよう。そうなれば、一見ダメージはないようにみえる。しかし、強い一撃を受け止めるということは、身体に強い衝撃を受けることになる。攻撃を受け止め過ぎたら、手首を痛めたりすることがあるのはこれが原因だ。ただの剣での打ち合い。これすら、強者同士にとっては、相手の身体を削る重要なものになってくる。
筋トレが終わった後は、剣の素振りを行う。素振りを行う目的は、自分の剣を身体にならすことだ。自分の武器をちゃんと使うことができなければ、勝利を掴むことなんてできない。
リオンが素振りをする時は、相手と剣の打ち合いをイメージしながら振ってる。ただ振るだけでも効果がないわけではないが、イメージをしながら振る方がより効果的だ。実戦では剣をただ振るだけでは勝てない。
流れるような攻撃をして、相手に反撃を隙を与えないようにしたり、逆に相手の猛攻を耐え凌ぎ、カウンターを当てるようなイメージをしながら剣を振っている。
戦闘で勝つための方法は二つしかない。自分が主導権を握って勝つか、相手に主導権を握らせて勝つかのどちらかだ。
基本的に主導権を握る方が戦いは有利に運ぶことが多い。なぜなら、主導権を握れるということは、実力的に相手を上回っていることが多い。
リオンの戦闘スタイルである先制攻撃を決め、そこからの連続攻撃で主導権を握り勝利する。そのスタイルをより洗練するために必要な自主練をしているわけだ。
(けど、これじゃあ、アリサに勝てないんだよな。)
アリサの戦闘スタイルも主導権を握って勝つ方だ。アリサの場合は、剣と魔法、攻撃の手札が多く多彩な攻撃により、相手を困惑させ主導権を握ることだ。
当然、戦闘において主導権を握れるのは一人だ。つまり、実力的に上であるアリサが主導権を握るのは必然だ。そうなると、リオンは自分の得意な戦闘スタイルを貫くことができない。ただでさえ格上の相手なのに、自分は苦手な戦法をとらなければならない。
(やっぱ、防御魔法の鍛錬が必要かな。)
リオンも戦闘での手数を増やすことができれば、アリサに主導権を握られることを防ぐことができる。しかし、リオンは防御魔法の鍛錬をすることができない。ここは剣術学校であり、魔術を学ぶ場ではない。もちろん、戦闘ではある程度の魔術が必要なので、この学校でも最低限の魔法は教えてくれる。
ただ、リオンが求めているのはアリサの放つ最上級魔法を防ぐ手立てだ。
(誰か、俺に魔法を教えてくれるいい人がいたらいいんだけどな。)
アリサの魔法に対抗できる能力を持つ女性。少なくとも、リオンのコネクションの中にはいなかった。キングスフォード家の力を使えば別ではあるが。
♦
(退屈だな。)
リオンは授業(座学)を内心そう思いながら聞いていた。
上級生が校外演習に行って三日が経った。上級生が校外演習に行っている関係で、リオンたち1年生の授業は座学一辺倒になっている。
その理由として、校外演習に多くの教師が帯同しているからだ。校外演習は、魔物を実際に討伐しにいく、実戦的な訓練だ。魔物と戦う以上、怪我や死亡するリスクというのは、普段の演習に比べて上昇することは言うまでもない。そのリスクを減らすために、教師を多く動員する必要があるわけだ。
そうなると、1年生が演習を行う時に、本来必要な教師の人数を確保することができなくなってしまうわけだ。
そのため、座学ばかりの授業構成となる。特に今行われいている、宗教史という授業は退屈で仕方ない。座学には一部、一般教養として歴史や数学等を学ぶ授業が存在する。
「この国では女神教が国教となっていることは、皆知っていると思う。けど、他にも色々な宗教が存在している。例えば、魔王教。これは、古代に存在したとされる魔王を崇め称える宗教だ。魔王を復活を目指して過激な活動を行うこともある危険な宗教団体だ。」
ジンは淡々と授業を進めていく。
リオンは既に英才教育により学び終えているので、復習、確認くらいにしかならない。
アリサは授業が面白くないのだろうか、いつも通りというべきか、大爆睡をかましている。
そんな時だった。
ピンポンパンポーン
教室に音が鳴り響く。これは放送室から放送をする時に流れる音だ。
(何で授業中になるんだ?)
本来、授業中に放送が流れることはない。なぜなら、授業の妨害になるからだ。つまり、授業中に放送が流れるということは何かがあったということだ。
「剣術学校の生徒、先生諸君に告げる。只今をもって、我々はこの学校を占拠する。既にDクラスは我々が占拠している。生徒と先生は人質状態だ。」
男の声でアナウンスが流れる。アナウンスの音が大きかったのだろうか、アリサは目を覚ました。
「我々の要求は一つ。リオン・キングスフォード、アリサ・エヴァンズの二人に第三演習場まで来てもらうことだ。当然、二人のみで来てもらう。他の者がいた場合は、直ちにDクラスの生徒たちを殺す。」
「面白いことになってきたな。」
犯人の目的は分からないが、どうやら自分とアリサを所望のようだ。
「・・・。」
アリサは興味がないのか、それとも別に何かあるのか分からないが、何も発しなかった。
「さて、どうしたものか?」
ジンは考える。敵は放送室から放送をしていることから、学校の一部を占拠しているのは事実だろう。そして、Dクラスの生徒、先生も人質にしていることも間違いない。そこで敵の要求。罠だと分かっていても、リオンたちを演習場に向かわせるべきか。
もし、リオンたちを向かわせなければDクラスの生徒、先生の誰かは確実に殺されるだろう。リオンたちを送り出した場合はどうだろうか。
リオンは強い。敵の力が未知数ではあるが、そこらの有象無象に負けることはない。それにアリサもいる。彼女はこの国で考えても、有数の実力の持ち主であることに違いない。
(ここは賭けだが・・・。)
「リオン君、アリサ君。悪いけど、君たちは第三演習場に向かってくれ。僕はその間に、Dクラスの奪還の手筈を整えておく。」
ジンはリオンたちを送り出すことを選んだ。確実な犠牲、それを避ける方を選んだのだ。
「そうこなくちゃ。」
リオンはテンションが上がる。敵を叩きのめす絶好な機械であり、退屈な授業からの脱却だ。
「・・・しょうがないわね。」
アリサは余り乗り気ではないが、敵の要求が自分も含まれている以上、行かなければいけない。それに確かめたいこともある。
リオンとアリサはジンの指示、敵の要求通り第三演習場に向かった。
♦
第三演習場は、森林での戦闘を想定した訓練のための施設だ。魔物は森に生息していることが多く、その時のための訓練を行う場だ。そのため、演習場自体が木々で埋め尽くされているのが特徴だ。
ガラガラガラ
リオンは第三演習場入口の扉を開けて中に入る。
「待っていたぜ。キングスフォード家の坊ちゃんと、アリサ。」
一人の男がリオンたちを待ち構えていた。
「あんたが首謀者か?俺たちを呼び出した目的は何だ?」
リオンは自分よりも一回りも体格が大きい相手にも、怯むことなく堂々としていた。
「俺の目的か。いいぜ、教えてやる。一つはリオン・キングスフォード、貴様を殺すことだ。まあ、理由は聞かなくても分かるよな。」
「ああ、おおよそわな。」
リオンはキングスフォード家の長男であり、軍トップである父の才能を大きく受け継いでいる。将来、軍のトップが確約されているようなリオンを面白くないと思う者も少なからずいる。だから、リオンが完全に羽化する前に殺せば、将来的にキングスフォード家を軍のトップの座から引きずり下ろすことができる。実際、リオンはこれまでに何度か暗殺されかけた。その時は、自宅にいたことから、護衛等が守ってくれた。
しかし、今はそういう状況にはいない。ある意味、敵にとってもリオン暗殺の絶好の機会というわけだ。
「じゃあ、アリサは何で呼んだんだ?」
リオン暗殺、それが敵の目的ならリオン一人を呼び出せばいい。わざわざ敵の数を増やしてしまうと殺すという目的が成功しずらくなる。
「それは彼女に聞いてみるといい。」
「・・・久しぶりね、団長。半年ぶりくらいかしら。」
リオンはアリサの言葉で察する。アリサは以前闇ギルドに所属していた。目の前の男を団長と言ったってことは、闇ギルドでの上司ということだろう。
「アリサを口封じのために殺しに来たのか?」
アリサは依頼に失敗して、闇ギルドから失踪した身だ。ギルドの秘密を知っている者を排除しようとするのは当然だ。
「へぇー。今のこいつの口ぶりからすると、アリサは話したのか。自分が闇ギルドに所属していたことを。」
「・・・。」
アリサは反応しない。
「はっはっは。お前が自分のことを話すなんてな。なんだ?こいつに惚れたのか?寂しいぜ。何度も身体を交えた仲なのにな。」
「えっ。」
リオンはその発言を聞いて咄嗟にアリサの方を見た。身体を交える。つまり、この男とアリサは本番行為をしたというわけだ。
「別に昔の話よ。それより、団長は何で私まで呼んだの?まさかとは思うけど、リオンの言う通り、私を殺しにきたの?」
「おいおい冗談がきついぜ。俺だってお前の強さは十分に知っているつもりだ。返り討ちにあうことは目に見えている。それよりも、また一緒に仕事をしないかって誘いにきたんだ。アリサはうちの稼ぎ頭だったしな。それに、俺たち身体の相性もバッチリだっただろ。」
団長はアリサの戦闘能力を非常に高く評価していた。殺す相手が強ければ強い程、依頼失敗のリスクは上がる。しかし、アリサがいればそんなことを気にする必要がない。今のギルドでは殺しの依頼は相手を選ぶ必要があるくらいには戦力が整っていないのだ。
「お前、もう黙れよ。お前は俺を殺しにきたんだろ。さっさとやろうぜ。」
リオンは団長の話が聞くに堪えなかった。一刻も早く団長の口をふさぎたかった。
「そんな怖い顔するなよ。愛しのアリサが俺に盗られるかもって思ってるのか?」
団長はリオンを挑発する。もっと怒らせた方が面白そうだし、戦闘を有利にも運びやすい。
「私はどうすればいいわけ?リオンにも団長にも加担する気はないけど。殺し合いでも見てればいいの?」
アリサは団長のリオン暗殺については一切興味がなかった。今のリオンは一触即発の雰囲気だし、今すぐにでも戦闘が始まりそうだ。
「別に何もしなくていいぜ。たださ、アリサには戦いを見ている間に一つ決めて欲しい。俺かこいつどちらの味方をするのかをよ。」
団長的には、アリサをリオンの味方につけたくなかった。アリサには絶対に勝てないことを分かっているからだ。
「私は別にどっちかの物になった覚えはないけどね。でも、そうね。私は勝った方の味方になろうかしら。弱い人に興味ないし。」
アリサとしてはどっちの味方に付く気もないというのが本音だ。別に団長が勝ってリオンが死んでも構わないし、逆にリオンが勝って団長が死んでも心は痛まない。
「だそうだ。キングスフォード家の坊ちゃん。よかったな。俺に勝てば、愛しのアリサはお前の傍にいてくれるってよ。」
団長は徹底的にリオンを挑発する。
「別にアリサは関係ない。俺を殺そうとしてくるやつに制裁を与えるだけだ。」
リオンは団長をにらみつける。
「そっちは乗り気みたいだし、ぼちぼち始めるとするか。」
団長は武器をとりだし構える。
「俺を殺そうとしたこと後悔させてやる。」
リオンと団長の戦いが始まる。




