3 交流会
「アリサ、判断が遅いぞ。」
リオンはアリサと模擬戦をしている。それも、魔法の使用は一切無しでだ。
「しょうがないじゃない。剣だけだと、攻め方がまだ分からないんだし。」
アリサはぶつくさと文句をたれる。アリサの基本戦法は、派手な魔法を多発し、そこに相手が気を取られているうちに、剣で相手を倒すといったものだ。
だから、アリサは剣一本で敵を追い詰め止めを刺すという戦法に慣れていない。それゆえに、剣裁きや動き自体はリオンと大して差がないのに、模擬戦で一度も勝つことができない。
「まあ、気長にできるようになればいいさ。試験や大会なんかは俺一人でも何とかなるし。」
「だったら、もっと手加減してくれてもいいんじゃない。」
リオンの一言にアリサはまた文句をたれる。
なぜ、リオンとアリサがこんなことをしているかというと、話は数日前に遡る。
それはある授業での話だった。
「今から、ツーマンセルにおける戦術についての授業を行う。この授業を行う前に先に言っておくが、この授業は非常に重要な科目になってくる。なぜなら、この学校における実技試験、剣術大会等は全て今のペアのツーマンセルで行われる。つまり、いくら個々が強くても、ツーマンセルで勝てなければ、成績はないと思え。」
この授業を担当する先生は声高らかに言う。
「今日は最初の授業だ。ツーマンセルの戦いの基礎について、エヴァンズ先生と2人で教えていく。」
ツーマンセルの基本的な戦い方。仮想敵が単独か複数かによって戦術は当然異なる。
敵が単独な場合、主な戦い方は二つだ。敵が単独な場合、味方は2人と数的な有利をとれることが一番のメリットとなる。つまり、数的有利を活かした戦い方が基本となる。一つは、1人が敵を引き付け、もう1人が敵の背後等の死角から攻撃する戦法だ。これは相手が、正面と死角にいる敵に対し、意識を割かなければいけないことから、敵の判断を鈍らせることができる。
もう一つは、二人が縦もしくは横に並び、敵に絶え間なく攻撃をしかけることだ。こちらが数の有利を活かして攻撃をし続けていれば、相手は防御に手一杯となり、反撃の隙を与えない。攻撃は最大の防御を体現する戦法だ。ただ、この戦法は2人の息が完璧に合っている必要がある。
敵が複数の場合についてだ。仮想敵は、試験等を想定して、2人とする。この場合は、各個撃破が基本となる。各個撃破なら、一見戦法はないように見えるが、実は違う。それは戦う相手を選ぶことだ。相性の良い敵と戦う、実力が拮抗している相手と戦う、相手を選ぶ理由はペアによって様々だと思う。ただ、ツーマンセル同士での戦いにおいて、絶対的な要素がある。それはいかに相手の内、一人を早く倒せるかだ。要は、とっとと一人を倒して、数的に有利になろうという話だ。
「まあ、座学的な話はざっとこんな感じだ。これから、残りの時間でペア同士のことをよく知るための時間を設ける。話し合いでもいいし、模擬戦をして確認してもよい。自分と味方のことを知ることがツーマンセルのスタートラインだ。」
生徒たちは各々お互いを知るために試行錯誤する。とは言っても、学校生活が始まってもう1か月弱が経つ。自分のパートナーについてもだいたい分かってきているだろう。
「さて、俺たちはどうしようか?」
リオンはアリサの方をチラっと見る。
「別に何も必要ないでしょ。各個撃破。自分たちが強ければ強いほど、作戦、戦術は意味を無くしていくわ。」
「まあ、それもそうだな。」
アリサの言うことはもっともだ。相手との実力に差があればあるほど、戦法というのは意味をなさない。ただ、普通に戦っているだけで勝てるからだ。戦法というのは、実力が拮抗している場合、負けている場合に練るものだ。
リオンとアリサ、お互いのことはまだ余り知らない。ただ、お互いが学生相手に後れをとることがないほどの実力を持っていることは知っている。
「リオン君にアリサ君は余裕だね。さすが、成績トップのペアだね。」
他の生徒たちが色々としている中、何もしていない2人が目立ったのだろうか。ジンが声をかけてきた。
「何よ。戦闘にさえ勝てば文句はないでしょ。」
アリサはジンに対して文句をたれる。
「それはそうだけど、リオン君はともかく、アリサ君はまずいと思うけどな。」
「何が言いたいの?あんただって、私の強さは知っているでしょ。」
「もちろん知っているよ。けど、君の強さは魔法ありきの強さだ。試験はともかく剣術大会では、炎の輪舞は使えないよ。」
「えっ?どういうこと。」
ジンの発言で、アリサの表情が変わる。
「剣術大会のルールはね、殺しちゃダメなんだ。アリサ君の炎の輪舞、しかも複数も同時に展開なんてしたら、直撃すると普通に死者がでるよ。そんな可能性がある魔法の使用は許可できない。」
「それもそうだな。」
ジンの言うことはもっともだ。剣術学校及び剣術大会の目的は、将来この国の戦力となる兵士を育てることだ。死者を出してしまっては元も子もない。もちろん、訓練中の不慮な事故で死んでしまうことはあるかもしれない。ただ、初めから死ぬ可能性がある攻撃を許していいことにはならない。
それだけ、アリサの炎の輪舞は強力だということだ。魔術師ならともかく、剣士それも学生に防げるはずもない。
「なんでそれを早く言わないのよ。それに、リオンにはぶっ放したけど。」
アリサもさすがに焦る。アリサは自分のことをよく分かっている。炎の輪舞を使えない自分の戦闘能力なんて、この学校で見ても下の部類であることに。
「アリサ君も剣術学校に入ったら、もっと剣術を学ぶと思っていたからだよ。剣術が成長すれば、魔術に頼ることも減るしね。リオン君との戦いで止めなかった理由は、彼は死なないと思うし、アリサ君の力を誇示する上で必要だろ。」
「そうかもしれないけど。」
アリサはジンの言うことを受け入れるしかなかった。文句をたれたところで、炎の輪舞が使えるようになるわけではない。
「まあ、何とでもなるだろ。アリサが戦力にならなくても、試験や大会くらいなら俺一人で勝てるしな。」
リオンはアリサの件は気楽に考えていた。リオンは自分の力が、学生が二人がかり程度の戦力では劣らないことを確信している。それに、アリサが学生のままごと大会で戦力にならなかったとしても、リオンのアリサに対する評価は変わらない。実際の戦闘は何でもありのバーリトゥードだ。
「リオンがそれでいいなら、私は構わないわよ。試験とか大会の結果に興味はないし。」
「ただ、アリサには剣術の鍛錬をしてもらう。せっかくこの学校にいるんだから、剣術が成長した方がいいだろ。」
リオンにとってアリサに剣術を学んでもらうことには、試験や大会で活躍してもらうためではない。リオンはアリサにもっと強くなって欲しいからだ。
アリサは今でも、十分な実力がある。ただ、弱点を挙げるなら剣術の拙さだ。その拙さを圧倒的な魔術で補っているからだ。もし、アリサが剣術だけでリオンと同レベル、もしくはそれに近しいレベルまでに到達したら、アリサは前人未到の存在になる。
そこまで成長したアリサをリオンは戦いたい。そして、勝ちたい。少なくとも、今のリオンにとって自分が目指したい力の行く道は、その勝利の先にある。
「仕方ないわね。」
アリサはリオンの提案を承諾する。アリサにとっても、自分の戦闘能力の向上は必要不可欠だ。アリサにとってそれこそが生きる全てなのだから。
そして現在に至る。
「少し休憩にしよう。」
リオンはそう言い、その場に座り込む。
「そうしましょ。」
アリサもその場に座る。
リオンはアリサとの鍛錬で一切手を抜いていない。それにはいくつか理由はあるが、リオンも手を抜ける状況ではないというのが正しい。
アリサは潤沢な魔力を身体強化魔法につぎ込み、身体能力という面ではリオンと遜色ない程度まで向上している。力が五分五分なら、ものを言うには技術だ。ただ、今はその技術が拙さすぎるから、剣術一本なら、リオンどころかAクラス相手なら、アリサは誰にも勝てないだろう。
(3年もあるなら、アリサは十分な剣術を磨けるだろう。)
アリサは常に魔法を中心に戦ってきた弊害で、技術の拙さはもちろんのこと、戦術の組み立てが上手いこといっていない。剣だけで相手を裏や隙をついて、戦況を優位に運ぶ。それにさえ、慣れればアリサは化ける。
アリサはなぜか戦闘経験に長けているし、魔法を使っての戦術では一級品だ。後は、それを剣単体に落とし込むことだけ。それだけなら、3年で十分なレベルに到達するだろう。
(まあ、後はアリサのやる気次第だな)
剣術の鍛錬は授業中の演習時間にしかしていない。放課後まで鍛錬をする熱量を今のアリサは持ち合わせていない。ただ、授業での鍛錬は十分な集中力を保っているので、順当に成長はしていくだろう。
♦
「今日の放課後は提携先の魔術学校との交流がある。必ず参加するように。」
ジンはそう言うと終わりのホームルームを締め、教室を出ていった。
「交流会か。」
リオンはめんどくさいなと内心ため息をつく。
交流会とは提携する魔術学校の生徒と、リオンはたち剣術学校の生徒を親睦を深める場となっている。将来、軍人や政治家等になる生徒が多いことから、社交界の場に出席する機会がある生徒も出てくる。その時のための練習の場である。
それと同時に、今度行われる男女混合演のための顔合わせも兼ねている。詳しいことは、直近に分かることになるが、男女のペアは教師が選ぶのではなく、生徒たちが自主的にペアを組むことができる。そのため、この交流会で目ぼしい生徒には、声をかけておくことも重要だ。
「だるいな。」
リオンは寮の自室でスーツに着替える。交流会は社交界の練習も兼ねていることから、普段授業で着ている剣術のための動きやすい服装ではダメなのだ。
「アリサ、準備できたか?」
リオンはアリサの部屋の扉の前から声をかける。当然、アリサも普段の服装ではなく、社交界用にドレスに着替えている。
「女の子を急かすなんて、リオンもてないわよ。」
アリサは着替え終わり扉を開ける。
「ああ、わりぃ。」
リオンはアリサのドレス姿に見とれていた。普段のアリサはだらしなく、とても女の子らしい感じはしなかった。服装に関しても、おしゃれとかは一切せずに、動きやすさ、その一点からジャージでいることが多い。
だから、女の子らしい服を着たアリサはリオンの視点からは、普段と違いすごく可憐な女の子に見えた。いわゆるギャップ萌えというやつだ。
「じゃあ、行こうか。」
リオンはアリサに対する気持ちを抑え、交流会の会場となる講堂へと向かった。
講堂に着くと既に、多くの生徒が集まっていた。とは言っても、剣術学校の男ばかりで、まだ魔術学校の女生徒は来ていない。アリサが言うように、女性は時間がかかるのだろう。
「あそこにあるおいしそうなご飯だけで食べて帰りたいな。」
アリサは講堂に並べられている数々の料理を見る。今日の交流会は、立ち食いかつビュッフェ形式となっている。
「それは同感。」
リオンもこの交流会には乗り気ではない。花より団子と言うわけではないが、魔術学校の女生徒よりも、目の前の料理の方が魅力的に感じた。
しばらくして、魔術学校から引率の教師と女生徒たちが講堂に入ってきた。女生徒は当然、おしゃれに着飾っていた。
「これより、交流会を始めます。生徒たちの皆さんは楽しんでください。」
魔術学校の教師が交流会開始の音頭をとる。
アリサは開始の合図とともに颯爽に料理の方に向かっていく。よっぽどお腹が空いていたのだろう。今日の鍛錬でも精を出していたし、当然かもしれない。
(さてと、俺も料理を取りに行くか。)
リオンもお腹は空いている。いつもと違い、自分で作る必要がない分、楽ができている。この点だけはこの交流会があってよかったと思えた。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。リオンの周りを多くの魔術学校の生徒が取り囲んだ。
「リオン様。私たちとお食事をとりませんこと?」
リオンを取り囲む生徒の中の一人が声をかけてくる。
(こいつは知ってる。)
リオンは声をかけてきた少女を見る。少女の名前はアイナ・ボーデン、地属性の魔法を得意とする名家ボーデン家の令嬢だ。今回の魔術学校の入学試験で成績トップを修めている。
剣術学校で成績がトップのリオンとペアを組みたいのは至極当然な判断だろう。リオンも学校入学前にあった茶会等の模擬戦で、彼女の試合を何度か見たことがある。彼女は地属性魔法の名家であるだけあって、学生ながら地属性の最上級魔法の大地の交響を使える。
(優秀な魔術師ではあるけど・・・。)
学生の時点で何かしらの属性の最上級魔法が使える。それだけでも優秀であることには違いない。実際、その優秀さを裏付けるように彼女は入学試験の成績がトップなわけだ。
それでも、リオンにとって彼女の能力に魅力を感じることはない。アリサの存在が彼女を霞ませる。
それに、彼女たちには演習でペアを組む以外にもリオンに近づく理由がある。リオンはキングスフォード家の長男であり、偉大な父の才能をこれ以上ないくらい受け継いでいる。リオンは将来的に大成することはほぼ間違いない。つまり、リオンは彼女たちにとって、結婚相手として優良物件であるというわけだ。
「一緒に食べようか。」
リオンは彼女たちに色々な思惑があることは分かっているが、アイナの提案を受け入れ、一緒に食事をとることにする。
リオンもキングスフォード家の息子。これから、社会に進出していった後も、彼女たちとは軍やその他の場所で付き合いというのも出てくるだろう。ここで彼女たちを無下に扱って、関係を悪化させるわけにはいかないし、キングスフォード家の名を落とすわけにもいかない。
(結局、俺も社会の歯車に従う必要があるわけだ。)
リオンはこういった関係を築くのは嫌いだ。ゼノのような打算的な考えをもって人と接することに気持ち悪さもある。けど、人当たりよく接しなきゃいけない。
リオンは嫌々ながらも彼女たちの相手をした。
♦
アリサは交流会の場を抜け出し、中庭で一人座り込んでいた。一枚の皿にのせるだけのせた料理を片隅に置いて。
「私も自分に力があれば、もっと違った人生を歩めたのかな?」
アリサは沈みゆく夕日を眺めながらつぶやく。交流会の場、アリサが抜け出したのは、ああいった社交界のような場に嫌悪感、トラウマがあるかだ。
「けど、もう過去には戻れないし、戻りたくもない。」
アリサは自分の歩んできた人生みちの記憶がフラッシュバックし、気分が悪くなる。
「ご飯冷めちゃうわね。」
アリサは持ってきていたご飯に手をつけはじめる。もう春とはいえ、夕暮れは肌寒い。アリサが食べた料理は少し冷めていた。
♦
「アリサ、こんなところに居たのか。探したぞ。」
(・・・?リオンの声が聞こえる?)
どうやらアリサは料理を食べた後、眠ってしまっていたようだ。アリサは目を開けると、そこにはリオンの姿があった。
「どうしたの?もう、交流会終わった?」
アリサは目をこすりながらリオンに聞く。
「いや、まだ終わってない。ただ、面白くなくて抜け出してきた。」
リオンはアンナを含めた女生徒の相手をしていたが、お手洗いに行くといって、その場を離れたまま抜け出してきたのだ。
「そんなことないでしょ。女の子に囲まれてモテモテだったじゃない。」
アリサは交流場を抜け出す前に、リオンの様子を見たが、女生徒に囲まれている状況だった。
「楽しいわけじゃない。言うたら、ただの接待みたいなもんだ。」
「そう?その割には結構長い間、会場にいたんじゃない?」
アリサが中庭に来た時はまだ夕暮れ時だったが、今はもう暗くなっており、月がきれいに輝いている。
「あんな囲まれてたんだ。中々抜け出す隙がなかっただけだ。それに、交流するなら、アリサとした方が有意義だしな。」
この交流会の目的の一つである演習に向けての女生徒の交流。男女混合演習なんて、年1回。仮に毎年同じペアを組んだとしても、3回しか付き合いがないわけだ。それに対して、アリサとは3年間一緒なわけだ。
もし、アリサが交流会に馴染んでいたら、リオンも抜け出したりしなかっただろう。しかし、現実はそうではなかった。
それに、演習に関しても、下手な女生徒と組むより、アリサに魔術師として役回りしてもらった方が、よっぽど勝率が高いだろうし。
「なによ、それ。もしかして、私のこと好きなの?」
(・・・アリサのことか。)
リオンにとってアリサは自分が倒すべき目標としか思ってない。確かにアリサのルックスは悪くはない。(貧乳だけど。)それに、強気でわがままな性格も嫌いではない。けど、自分より強い相手のことを好きになる、リオンのプライドがそれを許さない。自分が最強でありたいというエゴがリオンにはあるからだ。
「なんで黙るの?もしかして図星だったりしないわよね。」
「そんなことないぞ。」
「・・・。もし、本当にそうなら止めておきなさい。私は汚れている人間だから。」
「アリサ?」
なんかアリサの雰囲気が変わった。
「リオンは優しいから、私の素性についてあれこれ聞いて来なかったんだよね。本当は知りたいのに。」
「アリサ・・・。」
そんなことはない、とは言えなかった。
「私はね、この学校に入学する前は闇ギルドに所属する殺し屋だったの。」
アリサは自分の素性について告白し始める。
闇ギルド。それは本来ある正規のギルドでは受けることができない依頼を率先して受ける、非公式なギルドのことだ。主な依頼として、殺し、誘拐、窃盗、人身売買等の非人道的なものだ。
「私はその闇ギルドで主に殺しを担当してた。理由は二つ。私が殺しの能力に長けていたことと、報酬金額が一番高いから。」
アリサの戦闘経験、それは殺し屋としての活動からきていたものだった。
「そんな生活を3年くらい続けていたある日、私に一つの依頼がきた。それは、ジン・エヴァンズを殺すこと。私はその依頼を受けたわ。まあ、結果は分かるよね。」
ジン・エヴァンズ。彼はリオンたちAクラスの担任だ。そして、現在も生きている。つまり、アリサは依頼を失敗したわけだ。
「闇ギルドにはね、一つ掟があるの。それは依頼を失敗するなかれ。失敗したものはギルドに戻ることは許されない。」
この掟がある理由、リオンは何となくだが想像はついた。例えば、殺しの依頼で失敗した場合、標的に姿がバレてしまう。一度、面が割れたものは、指名手配されることもあり、今後闇ギルドで仕事をすることは困難になる。
「私は依頼に失敗して、ジンに捕らえられた。このまま、軍に差し出されて、私は終わったと思ったわ。」
ただ、アリサがここにいるということはそうはなっていないということだ。
「ジンは私に一つの提案をしてきたの。自分の養子にならないか?ってね。もし、養子になるなら軍には突き出さないと。明らかに異質だった。自分を殺しにきた殺し屋にそんな提案をする人物がいるわけない。けど、私には選択肢はなかった。」
この国で軍に犯罪者として突き出される。それほど恐ろしいものはない。特にアリサは闇ギルドの一員だったわけだし、仲間の情報を吐かせるための拷問は必至。この国では、拷問で犯罪者を殺してしまったとしても、特に問題にはならない。それ故に、軍に捕まる前に自殺する犯罪者も多数いるくらいだ。
「私は養子になることを選んだ。そして、そこで出された条件が剣術学校に入学すること。それも1番か2番で。」
何とも具体的な条件だ。ジンには何か狙いがあるとしか思えない。
「ジンは言ったわ。実技は満点、筆記で足切り以上の点数があれば、後は裏工作で何とかするって。これはあくまで私の予想だけど、私をリオンとペアにしたかったんじゃない?あなたがこの学校の試験を受けることは知っていたでしょうし、あなたが1位の成績をとるのは予定調和だと思うから。」
アリサの言うことは分かるが、リオンとアリサをペアにしたい理由が全く想像できない。
「まあ、後はリオンも知ってのとおり。勉強ができない理由は、殺し屋として仕事してたから、単純に勉強してなかっただけ。魔術学校に入らなかったのはジンの命令。」
これでアリサが剣術学校に来た理由は解明できた。
「私はね、本当はこんなところにいちゃいけないのよ。ましては幸せになるなんて許されるわけがない。」
アリサは自分の手で、もう何人もの未来、幸せを奪ってきている。そんな自分に幸せになる資格はないと。
「確かにアリサは過去に人をたくさん殺したのかもしれない。それはもう、変わられないことだから、これから償っていけばいい。これからは全うな生活を送ればいいと思うぞ。少なくとも、俺は今のアリサしか見てないし。」
「フフッ何よその理屈。でも、ありがとう。リオンなりに励ましてくれたのね。」
アリサの言葉はすごく丸みを帯びていた。
「・・・。」
リオンはさっき言った自分の言葉が恥ずかしくなってきた。
「肌寒くなってきたし、帰ろっか。」
アリサはそう言うと寮に向かって歩き始めた。
♦
(まだアリサには謎なところがあるよな~。)
先ほどの中庭でのアリサの話。あの話でアリサのことはある程度分かった。それでも、まだ分からないことが多々ある。例えば、闇ギルドに所属し、殺し屋になった理由。例えば、炎の輪舞を使え、あまつさえ8つも同時に展開できる理由。
(アリサとも大分打ち解けきたし、時間が経てばまた話してくれるかもな。)
今日の出来事はリオンとアリサの関係は一歩深まったと思う。
「それにしても、ちょっと冷えたな。さっさとお風呂に入るか。」
いくら今が春とはいえ、夜はまだ少し寒い。それにアリサの話を聞いていたから、かなりの時間中庭にいた。身体が冷えても不自然ではない。
リオンはお風呂に繋がる扉を開ける。
「えっ。」
「えっ。」
リオンが扉を開けると、そこにはアリサがいた。それも全裸で。おそらくお風呂上りだったのだろう。アリサはリオンに背を向ける状態で立っており、謎の魔方陣が刻印された背中と綺麗なお尻が丸見えだった。
それに、アリサの正面には鏡があり、鏡越しにアリサの小さい胸と桜色の突起が丸見えだった。
アリサは顔を真っ赤にしながら、リオンに正対しながら、バスタオルをまく。
「ねぇ、リオン。もしかして、私が秘密を打ち明けたからって、距離が縮まったと思ったの?お風呂覗くくらいならいけると思ったの?もしかして、ワンチャンやれると思ったの?」
声から表情からアリサが怒っていることがはっきりと分かる。
「別にやましい気持ちはない。これは事故だ。」
リオンは必死に弁明する。実際、リオンは考え事をしていて、アリサが風呂に入っていることを忘れただけだ。
「言い訳はいらないわよ。」
アリサは本気でリオンの顔をはたいた。
♦
「アリサも本気で殴ることないだろうに。」
リオンはアリサにはたかれた部位を手で押さえながら、湯船に浸かる。
「それにしても、アリサの背中の魔方陣。あれはいったいなんだ?」
リオンはアリサの裸を見た時に一瞬見えた魔方陣を思い出す。身体に魔方陣を刻印する。そんな所業は聞いたことがない。なぜなら、身体には少なからず魔力が流れているのだから、常に魔方陣に魔力が送られる形となり、常に魔法が発動していることになる。実際、アリサの背中の魔方陣は光っていた。魔法が発動している証拠だ。
アリサから炎や水等の属性魔法が発動されているわけではない。おそらく、身体強化魔法等の補助魔法の類だと思うのだが、魔方陣を刻印してまでする必要がない。常に魔法を発動しているということは、常に魔力が消費されているということだ。
人間は栄養をとり、十分な睡眠をとることで魔力が回復するのだが、魔方陣があるということはその回復する魔力を浪費することになる。
「ということは、アリサは魔力がカツカツじゃないのか?」
そう考えると、アリサが炎の輪舞をバンバン発動できる理由が分からない。
「それに、アリサは魔方陣をすぐに隠したよな。」
アリサは裸を見られてたことで怒っていたが、それは魔方陣から目をそらさせるためだと思った。アリサはバスタオルを身体にまく前にリオンの方を向いた。あれは、裸を見られることよりも、背中にある魔方陣を見られたくなった。リオンはそう解釈する。
「また、アリサの謎が一つ増えてしまったな。」
アリサにはたかれた痛みはとうに消えていた。




