17 特訓の終わりに
約2週間の特訓というのは想像以上に短かった。それだけ濃い2週間を送ってきたということだろう。
リオン、アリサ共に成長し、今後の更なる課題というのも見えて、まだまだ成長の余地を感じさせる有意義なものとなった。
リオンは魔力探知の精度を上げる特訓とともに、残りの時間は防御魔法の発動速度の向上にも力を入れた。リオンがアリサに勝つためには、ただ魔力を見破るだけじゃ足りない。アリサが炎の輪舞を放つタイミングに合わせて、防御魔法を展開する必要がある。
ただ、アリサの魔法発動速度というのは並大抵のものではない。炎の輪舞に限れば、マリアよりも速い。そんなアリサの魔法をリオンは防御魔法で防がなければならない。だから、リオンもそれと同等の速度で魔法を放つ必要がある。
とはいえ、アリサの魔法を防ぐにはリオンもかなりの強度の防御魔法が必要になる。そうなると、防御魔法の術式より複雑化し、発動時間までの時間がよりかかってしまう。
その時間を少しでも短縮するために、リオンは防御魔法の練習を重ねる。これを最初から始めなかったことには、ちゃんと理由がある。リオンは剣士であり、魔術戦をしたことがない。魔力探知をしなければ、相手の魔法に対し、自分のできる限り最大の強度で防御魔法を展開するしかない。相手の魔法の威力が分からない以上、少なすぎて破られるより、余裕がある方が断然いい。
しかし、それではリオンの魔法の特訓にはならない。対アリサ戦に求められるのは、相手の攻撃魔法に対して、効率よく防御魔法を展開することだ。そうでなければ、すぐに魔力切れを起こしてしまい、リオンの間合いに入る前に、戦闘に敗北してしまうだろう。
だから、ある程度魔力探知に慣れさせた上で、この特訓を行う必要がある。相手の魔法に合わせた防御魔法を展開する。それと同時に発動速度も向上させる特訓も兼ねている。
マリアはリオンが出せる最高出力の防御魔法を上限に、様々な威力の攻撃魔法を放ち、リオンの魔法に対する反応と、攻撃魔法に合わせた防御魔法を展開できるかをチェックする。
結果だけ見ると、リオンの魔力探知の精度はまだまだだ。マリアが放つ攻撃魔法に対し、過剰の性能の防御魔法を展開する。それは仕方ないことだ。魔力探知に慣れていないことは分かっているし、そのために特訓もしている。
マリアがリオンとの魔術戦で見たかったのは、魔法の発動速度の方だ。マリアはリオンに合わせて低威力の魔法を発動しているので、できればリオンに即座に対応してもらいたかった。しかし、リオンの魔法発動速度は一般の学生魔術師レベルだ。
別に、それが悪いというわけではない。ただ、剣士であるリオンにとって魔法発動速度が遅いということは致命的だ。なぜなら、リオンがアリサ及び魔術師と戦う場合、魔法ではなく、剣を主として戦うからだ。
魔術戦において、魔法を防ぐだけなら、魔法の発動速度というのはそこまで速くなくてもいい。それは、互いの距離が10メートル離れているからだ。(戦場ではそれ以上離れている場合も多々ある。)つまり、魔法が発動してから、自分に直撃するまでにも時間の猶予がある。
別に、魔法の射出速度が遅いわけではないが、それでも10メートルもあれば魔法が届くまでにコンマ数秒はかかる。それだけの時間があれば優秀な魔術師であれば、難なく防御魔法を展開することができるし、そうでない魔術師でも防御魔法を展開することのできる時間だ。リオンでも魔法の威力によっては全然発動できる。
ただ、剣術戦の場合はそうはいかない。剣で戦いたいリオンにとって、アリサとの距離を詰めるのは必須だ。つまり、距離を詰めれば詰めるほど、魔法が自分に届くまでの時間というのは短くなる。だから、リオンの魔法発動速度を上げないと、距離を詰めれば詰めるだけ、アリサの格好の的になってしまうわけだ。
今のはリオンでは到底アリサに剣が届くことはない。
それに、マリアの見立てではリオンはアリサに勝つことは一生できないと見ている。仮にリオンが魔力探知が完璧になり、防御魔法の展開速度が速くなったとしても、アリサの魔法発動速度に勝てるとは思えない。
それでも何もしないよりは勝てる可能性というのはあがる。リオンにはその僅かな希望に道筋を作るしかないわけだ。
一方のアリサは、目標であった3つの属性の最上級魔法を無事習得することができた。とはいえ、まだアリサが実用的に、習得した魔法を使うことはないだろう。やはり、炎の輪舞に比べて、発動速度が遅いからだ。
それに、剣術学校にいるアリサがこの先、魔術戦をする機会というのはほとんどない。だから、アリサが今回習得した魔法の練度をあげるには自主練が主となる。
問題はアリサが魔法の自主練をするかという話だ。この合宿の始めに、マリアに魔術戦に敗北しているから、その悔しさを糧に自主練をしてるれるのが理想だ。そうでなくとも、アリサが身体に溜まった魔法を消費するために、今回習得した魔法を使うだけでもいい。
少なくとも、使い続けなければ実用化することはできない。当然、アリサもそのことは理解していると思うが、マリアは念を押して練習するよう伝えた。後は、アリサのやる気次第だろう。
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コンコン。リオンはマリアの部屋の扉をノックする。
「どうぞ~。」
「失礼します。」
部屋の中からマリアの返事が聞こえ、リオンは部屋に入る。
「そこの席に座って。」
リオンはマリアの指示する椅子に座る。
「それで話って何ですか?」
リオンはマリアに呼ばれて部屋を訪れた。今日は合宿最終日の夜。合宿が終わる前に何か話したいことがあるのかもしれない。
「本題の前に、リー君は今回の合宿どうだった?」
「魔術についてより詳しくなれてすごく参考になりました。課題とかこれからの特訓方法が学べてよかったです。正直、独学で魔術を学ぶのは難しかったですので。」
リオンは正直に感想を述べる。それに、忙しいマリアに2週間も付きっきりで教えてもらえたことには、特に感謝している。夏休みは自由な時間なので、自分の魔法研究をしたり、自己研鑽に使える。そんな貴重な期間の内の2週間を、自分たちのために当ててくれたのだ。
「そう言ってもらえて嬉しいわ。私もこの2週間、リー君とアーちゃんと仲良くなれて楽しかったよ。」
マリアも何の目的もなく、合宿を開催したわけではない。主にアリサの状況を知るため。ただ、それだけでなく、リオンとアリサ二人と過ごした2週間は、マリアにとって学生らしいイベントができた楽しい2週間となった。
休みの日は毎日魔法研究に明け暮れている。有意義な時間であることは間違いないが、どこか退屈な時間。それだけの夏休みにならなくてよかった。マリアはそう思っていた。
「雑談はここまでにして、そろそろ本題の話しましょうか。まず、これはお願いなんだけど、リー君たちには、冬に行われる混合演習で私たちとペア組んで欲しいんだ。」
混合演習、それは剣術学校と魔術学校の合同行事であり、4人1組が一つのチームになる。チームの決め方は、互いの合意のもと、担当の教師に申請するものとなっているらしく、学年とか成績とかは関係ない。
マリアの目的は、リオンとアリサの魔法の成長具合を確認するため。混合演習では、チーム戦のトーナメントが行われるのだが、準備期間として1週間、パーティーの連携のための練習できる時間が与えらる。その時に、成長の確認と追加で教えることがあれば教える等、今回の合宿の延長戦をするわけだ。
「分かりました。」
リオンはあっさり承諾する。というより、マリアの提案を断る理由がないといった方が正しい。混合演習は今から約半年後。自主練の成果をマリアに見てもらうには絶好の時期だろう。
「リー君ならいい返事くれると思ったよ。」
マリアはちょっと安心する。断られるとは思っていなかったが、一抹の不安というのはあった。
「今の話はお願いであって、本題ではないんですよね?」
「ええ。ここからが本題。アーちゃんのことについてよ。リー君は、アーちゃんの魔力についてどこまで知ってる?」
「えーっと。」
リオンはヒカリが言っていたことを思い出し、整理しながら答える。
まず、アリサは何らかの方法で常に身体に魔力が増えていくようになっている。おそらく、その要因はアリサの背中にある魔方陣から捻出しているのだろう。
次に、ヒカリが魔力探知をした際にアリサの魔力に揺らぎがあることが分かった。これは、増えている魔力に対し、何らかの魔法(ヒカリは身体強化魔法や魔力探知等の、常時発動できる魔法をかけていると推測していた。)をかけて、増えていく魔力を消費している。
最後に、人の身体に魔力が溜まり続けると魔力過多となり、最悪死に直結すること。アリサの身体はいつ爆発してもおかしくない、とても危険な状態であるということ。
「うんうん。リー君も大体のことは分かっているんだね。」
マリアは想像以上にリオンが、アーちゃんのことを分かっていて驚く。リオンの身近に魔力に長けた人物がいるのだろう。リオン一人ではここまでの考えには至らないはずだ。そもそも、アリサの魔力の揺らぎを見ることができないのだから。
「けど、今の解答だと少し足りないかな。アーちゃんの魔力の回復量は、常に発動している魔力探知と身体強化魔法だけでは、抑えきることができないの。その二つはあくまでアーちゃんの魔力が溜まる速度を遅らせるための手段に過ぎないの。」
マリアが言うには、アリサの魔力の回復量というのはかなりのものらしく、アリサが普段からかけている広範囲の魔力探知と日常生活に支障がでない程度の身体強化魔法では、魔力の消費量が回復量を上回ることはできない。
だから、アリサは普通に生活をしているだけで、身体に魔力がどんどん溜まっていく。今こうしてリオンたちが話している間にも。ただ、あくまで魔力探知で分かるのは魔力の量であって、魔力を身体に貯めて置ける容量までは分からない。
魔力を水に例えて話すと、ペットボトルの中に入っている水の量は分かるが、ペットボトルの大きさが分からないというわけだ。数字も交えて説明すると、ペットボトルに200㎖の水が入っているのは分かるが、そのペットボトルに500㎖入るのか2ℓ入るのか、はたまた350㎖しか入らないのか。そこが分からないわけだ。
だから、アリサがどのくらい身体に魔力が溜まれば危険な状態になるか。この点を判断することはできない。ただ、アリサの魔力の許容量がマリアと同じだと仮定すると、三、四日に一回は、大きく魔力を消費する必要があるとのことだ。
「この合宿では、特訓のために魔力を消費してたから、正確には分からないけど、普段はどうだったのかな?魔法を発動して魔力消費とかしてた?」
「どうでしょうか。」
リオンは学校生活を振り返り、アリサの行動に心当たりがないかを思い出す。リオンにも全く心当たりがないわけではない。一度、アリサが第一演習場にて、炎の輪舞を大量に発動したであろう現場というのは見ている。
しかし、その一度きりでマリアが言うように、三、四日に一回魔力を消費する必要があるなら、もっとアリサは魔法をどこかで使っているはずだ。ただ、リオンには心当たりがない。
「リー君だって、一日中アーちゃんと一緒ってわけではないと思うし、そういう時に消費してるんじゃないかな?」
「それはないと思います。」
リオンがアリサと一緒にいない時というのはほとんどない。ペアであり、寮生活をしている二人は共に行動することがほとんどだ。
強いてあげるとすれば、リオンが自主練に行っている間の約1時間。リオンがアリサと離れるとすればそれくらいだ。もちろん、休日に買い出しに行くときとかは一人になることもあるが、三、四日という頻度とからはずれる。休日は土日祝で、週に2回しか訪れないのだから。
だから、自主練の時間が一番考えれれるのだが、アリサがその時間帯に魔法を使ったとは考えにくい。アリサが大量に魔力を消費する必要があるなら、演習場を借りる等するはずだ。炎の輪舞は寮等の狭い空間では、火災等の危険に発展するからだ。
しかし、課外時間に演習場を使用するには予約が必要だ。予約は基本上級生が優先なので、場所の確保という点は不定期だ。とても、数日に1回借りれるようなものではない。
あと、考えられるとしたら深夜帯だ。その時間なら、誰も演習場を使わないだろうし、リオンに知られるずに魔力消費も可能だろう。リオンはその時間熟睡しているから。
「リー君、そこにそんな考えこまなくてもいいわよ。私が言いたいのは、アーちゃんは定期的に魔力を大量に消費しなければならない。この点だけ理解してもらえればいいわ。」
「分かりました。」
リオンがいくら考えたところで、アリサが魔力を消費しているタイミングに確実な答えを導き出すことはできない。マリアもそれは分かっていたから、早々にリオンに考えさせるのを止める。
「それこでリー君に話しておきたいのは、もしアーちゃんが何らかの理由で魔力を消費できなくなった時のことよ。」
「魔力消費をできなくなった場合ですか?」
「そうよ。」
魔力消費。アリサは今までそれを平然と行ってきたが、その難易度というのは決して低いわけではない。
例えば、睡眠時。睡眠時は意識が途切れているのだから、魔力を発動することはできない。魔法を発動するために必要な魔術式を展開することができないからだ。
例えば、病気を患った時。魔術式を構築する行為と言うのは、とても緻密なもので、少しでも術式を間違えると発動することができない。病気により頭痛がする場合とかは、魔術式を構築できなくなる可能性と言うのは大いにある。
他にも色々な理由があるが、魔力を常に消費し続ける。この行為はとても難しいことなのだ。
こんなことをしなければならないのは、世界でアリサ一人だけで、そのアリサが何食わぬ顔でやってのけているのだから、リオンは深く考えることはなかった。
それに対し、魔力について詳しいマリアにとっては、アリサの状況がとても不可解に感じる。むしろ、これまで魔力過多にならずに生きてこれたものだと。
一つ言えるのは、今まではアリサは殺し屋をやっていて、戦闘する機会が豊富で、魔力消費に困らなかったのだろう。
「なるほど。マリアさんの言うことは分かりました。けど、それを知ったところで俺にはどうにもできません。」
「だから、今からそれを教えるのよ。今までの話は前置き。アーちゃんに常に危険があることをリー君が知っているかの確認だったわけ。」
今からマリアが教えようとしていること。それを教えるにあたって、リオンがアリサの状況をどれだけ理解しているか確認しておく必要がある。リオンがアリサに対する危機感というのがなければ、この教えは意味がないからだ。
「それで、その方法ってどんなのですか?」
「リー君って、誰かとキスしたことある?」
「へっ?」
合宿の最終日の夜。マリアとの秘密の特訓が始まった。
♦
「2週間の間、お世話になりました。」
翌朝。リオンとアリサは剣術大会に参加するために、一度学校に戻らなければならない。
「剣術大会、応援してるから。頑張ってね。」
リオンが剣術大会完全制覇を目指すなら、一番の鬼門は一年生時の本戦だ。一年生は体格、経験が上級生に比べてない。そこは剣の技術だけでは乗り切ることが出来ない部分でもある。
それでも、マリアはリオンが大会で優勝するとは思っているが、応援の言葉を送って損はない。
「ありがとうございます。マリアさんは心配いらないと思っていますが、魔術大会頑張ってください。」
マリアは今年優勝すれば、魔術大会で完全制覇となる。それに、魔術大会でも本戦でベスト8以上になれば、軍に推薦で入隊することができる。
「嬉しいわ。リー君から応援の言葉がもらえて。アーちゃんも頑張ってね。」
マリアは先ほどから会話に参加しないアリサに会話を振る。
「・・・ほどほどに頑張る。」
「うん。頑張ってね。」
こうしてマリアとの魔法特訓は終わった。それぞれ収穫を得ることができた良い合宿となった。




