15 マリアの講義
「じゃあ、早速授業を始めましょうか。」
マリアはニッコリと微笑みながら言う。
アリサとの魔術戦が終わり、アリサも魔術の授業を受けることになって満足気味なマリアはテンションが高い。
「アーちゃんは少し休んでていいわよ。まずはリー君に今日の課題を告げてから、ゆっくりとさっきの魔術戦の振り返りでもしましょ。」
「・・・分かったわよ。」
アリサはマリアに負けたことで不貞腐れていた。アリサにとって自信があった魔術戦で負けたことがショックだったのだ。
「じゃあ、リー君にはまず魔力探知を極めてもらいますからね。さっきの戦いでも分かったと思うけど、魔力探知は対魔術に対して欠かせないものよ。」
「そうですね。」
リオンはアリサとマリアの魔術戦を見てあっけにとられた。マリアが優秀な魔術師であることは有名な話だ。けど、その実力と言うのをリオンは見たことがなかった。リオンが見たことがあるのは、社交界での同年代との魔術戦。当然、全力を出す必要がない。
だから、さっきみたいにちゃんと魔術戦を見たのは初めてだった。あんなにバンバン魔術を繰り出し、さも当然のようにそれを防ぐ。正直、リオンに同じ芸当ができるようになると思えない。
「リー君が気が滅入るのは分かるわ。並みの魔術師やちょっと優秀な魔術師くらいだったら、リー君でもすぐに対応できたと思う。けど、アーちゃんはその域をはるかに超えているからね。でも、リー君はアーちゃんに勝つために魔術を学ぶのでしょ。ぐずぐずしてたらダメだと思うな。」
「分かっています。」
リオンは自分のネガティブな気持ちを払拭する。アリサの魔法技術が優れていることなんて、最初の模擬戦の時から分かっていたことだ。その技術がリオンの想像よりも高かっただけで、やることは変わらない。
「うんうん。じゃあまずリー君には、今日一日寝るまで魔力探知し続けようか。」
「魔力探知をですか?」
「そうそう。まずは魔力探知になれることが大事だから。魔力探知をしているのが自然になるくらいにね。じゃあ、今から開始ね。範囲とかは狭くていいから、寝るまで魔力切れにならない程度でいいわ。」
「分かりました。」
リオンは魔力探知を開始する。自分の魔力から逆算すると、半径1メートルくらいの狭い範囲しか展開できないが。
「途中で途切れさせたらダメだからね。他のことをやりながらも魔力探知を途切れさせない。これがリー君の課題だから。」
マリアは魔力探知の初歩である魔力探知を身体に馴染ませることから始める。魔術師と戦う際は常に魔力探知が必要だ。それは当然の話で、相手の魔法を防ぐには魔力量が分かる必要があるからだ。そして、重要になってくるのが、魔力探知を途切れさせないことだ。
アリサに限らず、魔術師というのは連続で魔法を放つ。防御魔法を展開するという別の行動をした際に、魔力探知が途切れてしまったら、最初の魔法を防ぐことはできても、次の魔法を防ぐことができなくなる。
そんなことが起きないように、魔力探知を身体に馴染ませる必要があるのだ。何があっても途切れさせないために。そのために、日常からずっと魔力探知をしておくことが最適の練習となるわけだから。
「次にアーちゃんだね、さっきの魔術戦の振り返りをしよっか。リー君も聞いているといいよ。きっとタメになるから。」
「・・・。」
「分かりました」
アリサはまだ不貞腐れている感じだった。今から受けたくもない授業を受けるわけだから。
「まず、アーちゃんは何で負けたか分かる?」
「・・・分かるわよ。私が炎の輪舞しか使わなかったからでしょ。そうじゃなかったから、水の踊り(アクアアーダ)で私の炎の輪舞を打ち消すみたいな手段に出ないはずだし。」
「大正解。ちゃんと自分の弱点分かってるね。」
マリアが魔術戦で取った炎の輪舞を水の踊り(アクアアーダ)で防ぐ行動。あれは実際の魔術戦では基本しない。アリサがリナと戦った時のように、相手の攻撃魔法を上回る防御魔法を用いて、その隙に攻撃魔法を発動する。これが基本だ。
その理由として挙げられるのが、魔力探知では相手の放つ魔法の属性までは分からないという点だ。これの何が問題かというと、攻撃魔法で迎え撃つ場合、相手の魔法が発動してから対応する必要がある。これがどういう意味かというと、魔法の発動の仕組みの話になる。
魔法を発動するには、魔法を発動するための魔術式を構築する必要がある。魔力探知は魔術式の構築段階で、込められた魔力量が分かる。それに対し、相手がどんな魔法を発動するかは、発動するまで分からない。そして、魔術式を構築してから、魔法が発動するまでにタイムラグがある。そこがポイントだ。
魔術式を構築してから魔法が発動するまでの時間は、魔法によって異なるものの、大抵はコンマ数秒はかかる。初級魔法だと時間は短くなるし、逆に最上級魔法だと長くなる。だから、相手の魔法を見てから有利属性の魔法を放つより、防御魔法を展開する方が時間という点では有効な手立てとなる。
じゃあ、マリアが攻撃魔法で迎え撃った理由、それはアリサが炎の輪舞しか打たないからだ。相手が放つ魔法が分かるなら、先ほど述べたデメリットはなくなり、魔力消費、時間という点で非常に有利になる。
では、なぜアリサは炎の輪舞しか打たなかったのか?それがアリサが述べた答えであり、敗因である。アリサは魔法発動速度等の魔法技術、魔法を放つための魔力量。この二つに関しては、マリアとも遜色がないくらい優れている。
しかし、アリサには決定的に足りないものがある。それは使える攻撃魔法の少なさだ。今回の戦闘で言えば、アリサがマリアに対する打点というのが炎の輪舞しかない。他の属性の魔法は使えても中級がせいぜい。そんな魔法ではマリアに軽くあしらわれてしまう。
アリサの魔術戦は少ない攻撃の手札を、持ち前の魔法技術と魔力量でごり押しすることで自分の欠点を誤魔化していた。しかし、それが通じるのは自分よりも格下の相手まで。マリアはアリサと同等もしくはそれ以上の実力がある。そんな相手には小細工はきかないわけだ。
そうなると、各属性の最上級魔法が使えるマリアは、攻撃の手札がアリサに比べて段違いだ。攻撃の手札が多いということは、それだけ戦術の幅が大きくなり、とれる選択肢というのも多くなる。攻撃の手札が少ないとその逆になる。
つまり、マリアにとってアリサのとる行動は手に取るように分かるし、その対策というのも容易にできるということだ。
「その点はいいのよ。昔からの私の課題だったし。それよりも、私の炎の輪舞を凍らせたあの魔法は何なの?ただの氷の円舞じゃないわよね。」
炎を凍らす氷魔法。そんな芸当ができる魔法をアリサは聞いたことがない。気になる代物だ。それにそれが分からなければ、これからもマリアに勝つことが難しいだろう。
「そっか、アーちゃんは知らないんだ。いいよ。教えてあげる。でも、その前に質問。魔術師の名家が名家たる所以って何だと思う?」
「どういう意味よ。全然分からないわ。」
「なるほど。マリアさんのあの氷魔法はいわば、フローリア家の秘技みたいなものってわけだ。」
マリアの質問が全く理解できないアリサとはうらはらに、リオンはその質問の意図を見抜く。
「リー君大正解。」
「どういうことよ?」
「外野目線で思っただけなんだけど、魔術師には各属性の名家って存在するだろ。だけど、別に最上級魔法は優秀な魔術師だったら誰でも使える。この世には最上級魔法を超える魔法はないと考えた時に、名家って点が意味をなさくなる。」
「・・・確かに考えたこともなかったわ。」
最上級魔法は一般化されており、発動するための魔術式とかも魔導書を買えばいいだけ。後は本人の技量次第。じゃあ、名家が他の魔術師よりも優れている点は何か?無論、名家は優秀な魔術師が多く輩出されるから、そこで一般家庭とは差別化できる。
しかし、それだったら各属性の名家である必要がない。キングスフォード家が剣術の名家であるように、魔術師の名家を名乗ればいい。わざわざフローリア家のように氷魔法の名家なんてしなくても。
つまり、各属性の名家は、その得意分野で他の魔術師にはできない何かがあるというわけだ。そして、フローリア家の氷魔法は、苦手な炎魔法を凍らせることができるという秘技なわけだ。
「うんうん。リー君たちの考えは合ってるよ。炎の輪舞を凍らせたあの魔法がフローリア家の奥の手ってことだね。」
「ふぅん。」
アリサはその話を聞いて露骨に不機嫌になる。
「別にアリサ、そこまで気を落とすことはないんじゃないか?知らなかっただけなんだし、これから対策すればいいだけだろ。」
「リオンは私のこと何にも知らないからそんなことが言えるのよ。」
リオンの発言がアリサの怒りの導火線に火を付けた。
「どうしたんだよ、アリサ。」
アリサがなんで怒り出したか分からない。さっきの発言に何かまずいところでもあったのだろうか?それにアリサがこんなに怒ったことが今まであっただろうか?分からない。
「リー君。アーちゃんの事情を知らないとはいえ、今の発言はよくないよ。それに、アーちゃんに怒られて動揺して、魔力探知途切れちゃったね。罰として、今から一時間、外にある海で遠泳してきてもらおうかな。もちろん、遠泳中に魔力探知が途切れたら、追加で罰を受けてもらうからね。」
「分かりました。」
リオンは外に出て海に飛び込む。
「ねえ、アーちゃん。リー君にあなたの出自については話してないんでしょ。だったら、しょうがないところもあるんじゃない?あんなに怒らなくても。」
マリアはリオンが海に入り、泳ぎ始めるのを確認してから話す。
「確かに話してないけど、そんなことは関係ないわ。」
「そんなんじゃあ、リー君に愛想つかされちゃうわよ。」
「いいわよ。私は一人で生きてくんだから。」
マリアはアリサをからかったつもりだったが、逆効果だった。
「雑談ついでに一つ、スカーレット家の秘技は水を蒸発させることができるのよ。」
「・・・そう。もう私には関係のない話よ。」
アリサの炎の輪舞が完成されていたら、あの魔術戦マリアが勝つには難しかった。
まず、水の踊り(アクアアーダ)で攻守の切り替えができない。それにより、一方的に攻められる状況が続くことになる。
フローリア家の秘技で炎の輪舞を凍らせるという手も、スカーレット家の秘技相手には厳しい。
スカーレット家の秘技の威力は通常の際よりも高いので、フローリア家の秘技で迎え撃つには、威力を上げる必要があるため、術式の再構築が必要となる。
ここで問題となるのが、通常の氷の円舞よりもフローリア家の秘技の方が魔術式が複雑な点だ。魔術式が複雑な分、再構築には通常よりも時間を要することになる。そうなると、さっきのように炎の輪舞を凍らせて勝つという戦法がとれなくなる。
つまり、アリサに炎魔法一つで完封されることになる。
「別に嫌味のつもりでいったわけじゃないよ。アーちゃんには私に勝てるだけの資質はあるってことを教えたかっただけだから。」
マリアは決して嘘や慰めの言葉を言っているわけではない。本当にアリサがスカーレット家の秘技を習得すればさっきの魔法戦だって敗北は十分にあり得た。
その理由として挙げられるのが、アリサの魔法発動速度だ。マリアはあの戦いであえて後手に回ったわけではない。ただ単にアリサが先に攻撃魔法の魔術式を構築したから、防御魔法を展開する方に舵を切っただけだ。
アリサが攻撃魔法をマリアよりも先に発動できた理由、それは熟練度の差だとマリアは考えている。アリサは良くも悪くも打点となる魔法が炎の輪舞しかない。アリサは殺し屋時代、いやそれよりも前から炎の輪舞しか魔法を使っていない。そうなると、練度と言うのは日に日に向上し、発動速度は速くなっても不思議ではない。
それに対し、マリアは様々な魔法が使えるので、一つの魔法に専念するということがない。それに得意魔法が氷属性ということもあり、アリサに不利をとる。
「ふん。褒めた所で機嫌は直らないわよ。」
「うう~ん。昔はもうちょっと優しい性格だったと思うけど。まあ、色々あったらそうなるのも仕方ないよね。」
「ところで、マリアさんはお姉ちゃんからどこまで聞いてるわけ。」
「アリアが知っていることしか知らないわ。あなたがスカーレット家からいなくなるまでの間と、殺し屋として闇ギルドに所属して名をはせた後から今までの間しか。だから、その間の期間は何も知らないわ。」
「なるほどね。」
「だから、アーちゃんが魔力の秘密について知らないんだ。別に無理して話す必要はないけど、これから魔法を教えるうえで何か懸念点があるなら教えてね。先生としては生徒を死なせるわけにはいかないから。」
マリアはアリサの魔力の秘密についておおよそ予想がついている。少なくとも、先の魔術戦でも特に問題はなかったし、戦闘後も魔力に大きな乱れはない。
おそらく、アリサが常に身体強化魔法と魔力探知を発動させることで、魔力の回復量を調整しているのだろう。
(それでも危険な状態には変わりないんだけど。)
アリサが魔力の変化が起こったのは殺し屋になる前。正確な期間は分からないが、アリサがこの状態になって、およそ3年といったところ。少なくとも、それまでは特段問題なく生活できたのだろう。
けど、一歩間違えれば魔力過多となり、死に直結するおそれがある。
「特にないわよ。今までも問題なかったし。」
「ならよかった。」
「それで、私は今からどうするわけ?各属性の最上級魔法でも覚えればいいの?」
「そうだね。まずは、私の得意魔法である氷の円舞から覚えてもらおうかな。もちろん、フローリア家の秘技は教えてあげれないけど。」
マリアによるアリサへの魔法特訓も始まる。




