12 アリサ対リナ
「何かどっと疲れたな。」
リオンは風呂に入りながらつぶやく。本来、自宅に帰れば休まるものだ。生活が制限されている寮生活から解放され、のびのびとできるもののはずだ。
けど、リオンは逆に自宅に帰ることで疲れてしまった。主にリナのせいだが。それに、自宅に戻ってからアリサとの時間が減っている。リオンとアリサは別々の部屋で過ごしており、寮の時みたいに同じ空間にいるわけではない。アリサは性格上、基本部屋から出ないし、リオンもわざわざアリサの部屋を尋ねない。というか尋ねずらい。リナとかヒカリに邪推されそうだし。
(それだけアリサのこと好きなんだな。)
今日一日、いつもと違う状況で過ごして思ったことだ。今日アリサと接したのは剣の鍛錬を少しした時と、食事の時くらいだ。なんだか物寂しく感じてしまう。
(それに、アリサにはまだ信用されてるわけではなさそうだし。)
今日のやりとりでアリサの魔力について、全貌が見えてきた。おそらく、アリサが一番隠しておきたい秘密に。リオン自身が推察して答えを導くことが悪いわけではない。ただ、アリサに話してもらえないということは、アリサはリオンに信頼を置いていないとも言える。
「この夏休みでもっと仲を深めれればいいんだけどな。」
学校がなく、何かと自由に動ける夏休み。男女の仲を深めるには絶好の機会だ。リオンはこの夏休みを気にアリサと急接近しよう。そう考えるのであった。
♦
「お兄ちゃんのこと聞かせて。」
きっかけはリナの一言だった。
アリサは風呂を上がり、部屋主にベッドでゴロゴロしていたところ、
コンコンコン
部屋のドアをノックする音が聞こえる。
扉を開けるとそこにはリナがいた。
「部屋で一緒にお話をしたいんですけど、よろしいですか?」
「別にいいわよ。」
アリサに特に断る理由もなかったので、部屋に招き入れる。丁度いい暇つぶしにはなるかもしれない。
「それで、リナちゃんは何の話がしたいのかな?」
アリサはベッドに座り、リナも近くにあった椅子に座り会話が始まる。
「お兄ちゃんのことについて。」
「リオンのこと?それならリナちゃんの方が知っていると思うけど。」
アリサはリオンと始まった学校生活はまだ3ヶ月程度だ。リナはリオンの1個下の年齢、つまり15歳の年であるので、もう15年以上もリオンと過ごしている。その差は歴然だ。
「すみません。私の言葉足らずでした。アリサさんはお兄ちゃんのことどう思っていますか?」
「そういうことね。」
アリサはすぐにリナの意図を察した。自分の兄の初恋の相手。妹としては気にならないわけがない。特にアリサから見て、リナはこれでもかというくらいブラコンであると感じている。ただ、兄の恋が叶って欲しいのか否かは分からない。
「リナちゃんには悪いけど、リオンのことはほんとに何とも思ってないわ。ただの剣術学校でのペア。」
「そっか。」
アリサの回答はリナの望んでいたものではなかった。
アリサもすぐにそれは分かった。本当に兄想いの良い妹だなと思いつつも、嘘をつくことはできない。
「じゃあ、アリサさんはどんなタイプの人が好きなんですか?」
「そうね・・・。まず、私より強いことは絶対条件かな。やっぱり私も女の子だし、守られるっていうのは憧れるわね。後は家柄も重要かな。私的には名家とかじゃなくて、世間体とか気にしなくていい人がいいな。」
アリサは素直に話す。その条件がその理想像がリオンとかけ離れていたとしても。
まず、強さだ。リオンは同年代では最強。大人と比べても、リオンの方が優れている場合が多いだろう。それでも、アリサには届かない。
家柄。アリサ自身は名家がとにかく嫌いだ。だから、剣術の名家を代表するようなキングスフォード家というのはよく思っていない。
ただ、アリサの理想像である二つの条件は相反するものだ。この世界では名家=強者という方程式が成り立つほど、強者は名家出身の者で埋め尽くされている。
つまり、アリサの理想は幻想で、自分は誰も好きになることはないと言っているのと相違ない。
「・・・。」
リナはその話を聞いて絶句する。お兄ちゃんの初恋は叶うことがないことに対して。ただ、リナにはアリサが敢えて絶対に達成できないような条件を言っているように聞こえた。リオンを好きじゃないと伝えるというよりは、私は誰にも恋なんかしない。そう感じられた。
「他にはどうですか?顔とか性格とか。妹の私が言うのはブラコンだと思われるかもしれませんが、お兄ちゃんはかっこよくて、性格も優しくて、とてもそこらの名家の人とは違いますよ。」
「それは分かるわ。」
リナの兄補正を抜きにしても、リオンがキングスフォード家という名家であることを除いても、彼が素晴らしい男性であることに違いない。顔がかっこいいのは間違いないし、性格がいいのも、一緒に過ごしていて分かる。
けど、アリサにとっては加点要素ではあるが、それが絶対に必要というわけではない。
「でしょ。別に結婚して欲しいとまでは言いいません。ただ、学校に通っている3年間だけでも、恋人関係とかになってくれませんか?」
「それはリオンも嫌なんじゃないかな。リオン的には私より強くなってから、そういう関係になりたいと思うよ。」
あくまでアリサの直感ではあるが、的外れではないと確信している。
「それはそうかもしれません。でも・・・。」
(中々折れないわね。)
さすがリオンの妹といったところか。アリサ側から何かしら条件、提案を出した方がいいと考えた。
「じゃあ、こうしましょ。私とリナちゃんで魔術戦をして、もしリナちゃんが勝ったら、学生の間だけでも恋人関係になってあげるわ。もちろん、リナちゃんが魔術戦のルールを決めていいわ。ルールなしだと私が圧勝しちゃうからね。」
リナはアリサのことを魔力探知で見ている。それだけで、実力差が見えてくる。魔力量に差があると、一つは長期戦になった時に不利になる。もう一つは、放つ魔法の威力に差がでること。どちらも、一対一で魔力戦をするにあたって、重要な要素だからだ。
「分かりました。その勝負受けて立ちます。」
リナは立ち上がり、勝負の申し出を受け入れる。
♦
「どうしてこうなったんだ?」
翌日、中庭でアリサとリナが魔術戦を行うことになった。しかも、アリサがリオンと恋人関係になるか否かで。
現在中庭に、アリサ、リナ、リオン、ヒカリの4人がいる。アリサとリナは魔術戦のスタート位置である、互いに10メートル離れて向かい合っている。
「リナ。アリサと魔術戦なんかしても勝てないぞ。」
リオンがアリサと戦った時とは情報が違う。リオンはアリサのことを知らなかったし、入学試験での成績でも明確に差があった。けど、今回はアリサの力量は分かる。しかも、リナは魔力探知でアリサのことを下調べしている。負ける勝負を挑む必要なんてないだろう。
「そんなことは分かってるよ。けど、強い相手には挑みたいものでしょ。」
リナは今回のアリサとの魔術戦。自分が決めたルールは、5分経っても勝負がつかなかった場合、リナの無条件勝利とする、それだけ。アリサに魔法の制限を課したりはしていない。
「それはそうだけど。」
リオン自身もアリサに勝ちたいという一心で鍛錬を行っている。その理由は、当然自分よりも強いアリサに勝ちたいからだ。リナもおそらく同じ気持ちなのだろう。
「そろそろ始めたいんんだけどいい?」
アリサは準備万端だった。むしろ、勝つことが分かっているから、準備はいらないといったところか。
「もちろん、大丈夫です。ヒカリ、開始の合図お願い。」
「では勝負開始。」
ヒカリの一言で魔術戦が始まる。
一対一での魔術戦。勝負の分かれ目は魔法発動の速度だ。今回のルールの肝である5分の制限時間。これがあるせいで、アリサは持ち前の魔力量を利用した長期戦ができない。この早期決着がミソだ。
リナは開始早々、自分の最高火力の魔法を放つ。リナはいわゆる最上級魔法を使うことはできないので、威力自体は物足りない。だが、魔法の発動速度は速かった。アリサよりも速く。
ここでリオンは違和感を覚える。リナが魔法の発動速度はアリサを上回る。そんなことはないはずだ。アリサは炎の輪舞を一瞬で八個も発動できる。
(遊んでいるんだな。)
リオンはそう思った。
リナは次々に魔法を繰り出す。アリサに防御魔法を発動させ続ける。これがリナの狙いだ。
魔法は同時発動できない。これは魔法の鉄則であり、どんな優れた魔術師でもできない代物だ。アリサが炎の輪舞を一瞬で8個出す所業も、コンマ数秒ではあるが発動に差がある。だから、アリサが攻撃魔法に切り替えることのできない速度で攻撃魔法を発動し続ければ、防戦一方になる。
リナの設けたルール。5分経っても勝負がつかなければ、リナの無条件勝利。これは、リナが先手で魔法を発動し、そのまま魔法を発動し続けられる時間が5分だからだ。
「甘いわね。リナちゃん。」
確かにリナの作戦は並の魔術師ならやられているだろう。しかし、自分は並の魔術師ではない。リナの考えでは、一攻撃魔法に一防御魔法で迎え撃つ。だから、アリサに攻撃できる隙はない。そう考えているのだろう。
この考えは別に間違った話ではない。防御魔法の目的は相手の魔法を防ぐこと。その強度は相手の魔法威力に合わせて作るものだ。相手の攻撃魔法の威力を少しでも上回りさえすれば、防げる代物だ。だから、相手の魔法を大きく上回る防御魔法を作るとそれだけ魔力の消費に繋がる。だから過剰な強度の防御魔法は避ける。
これが防御魔法の鉄則だ。だからリナはアリサが自分の攻撃魔法に合わせた防御魔法を展開していると思っている。むしろ、思っていないとこの作戦は成り立たない。
この作戦を乗り切る方法はいくつかあるが、2回以上耐える防御魔法を展開する。これが一番メジャーでリスクが少ない。リナの攻撃魔法を2回以上耐えることができる防御魔法、これを展開すればアリサにも攻撃する隙というのが生じる。
もちろん、リナがこれを考えなかったわけではない。2回耐える防御魔法。それを展開するには、1回耐える防御魔法よりも、魔力量、発動時間を多く要する。アリサが魔力面では何もこの勝負に関係ないのは明白だ。だが、発動時間。ここにリナは勝負の活路を見出そうとした。
アリサが2回防ぐ防御魔法を展開するためには、どこかで一攻撃魔法に一防御魔法という状況が崩れる。。そこにリナが攻撃魔法をアリサに当てることが出来ればリナの勝利となる。
時間制限を設けたのは、アリサにリナの狙い通りの行動を誘導するため。このルールが無ければ、リナの魔力が尽きるまで防御魔法を展開するだけの戦いになってしまう。そして、このルールはアリサに時間稼ぎをして、勝利するという意図を言葉にせずに伝えるためでもある。
(作戦は悪くないんだけどな。相手が悪すぎた。)
リオンはこの戦いを見て、リナの戦略がおおよそ見えた。正直に言っていい作戦だ。自分よりも格上と戦うために試行錯誤した賜物だろう。
しかし、圧倒的な力というのは常人の努力を無に帰す。結論から言えば、リナはアリサの力量を見誤ったのだ。この作戦はアリサが2回耐える防御魔法を、1回耐える防御魔法より発動時間がかかることが大前提だ。だが、アリサにはリナの攻撃魔法程度なら、1回耐える防御魔法でも、2回耐える防御魔法でも同じ時間で発動することができる。
正直これは仕方がないことだ。魔力探知では魔力量は分かっても、相手の技量まで分かるわけではない。
「もういいかな。」
アリサはリナの技量を見てみたかった。だから、敢えて後手に回ったのだ。本当なら、リナよりも速く炎の輪舞を放つことができるので、勝負自体は一瞬でケリをつけれた。
ただ、アリサは一つ知りたかった。キングスフォード家、剣術の名家で生まれた魔術師の技量がどの程度のものか。魔術の名家に生まれた魔術師とどのくらい差があるか。
アリサはリナの攻撃魔法を5回も耐える防御魔法を、今までと同速度で展開し、そこでできた余裕で攻撃魔法を展開する。
最初は脅しの魔法。リナはアリサが攻撃に仕掛ける隙を狙うわけだから、威力は高くある必要がない。リナにあえて隙を見せるためだ。
(きた。)
リナは待っていたこの千載一遇の好機を。リナは連続で攻撃魔法を展開している。アリサの攻撃魔法がリナに当たるよりも、リナの方が先に攻撃魔法を当てることができる。
リナは最後の一撃を放つ。しかし。
「えっ。」
アリサの防御魔法は消えていなかった。リナは瞬時にそのことに察し、防御魔法を展開。アリサの魔法を耐える。
アリサの追撃はない。
(私の負け?いや、まだ負けていない。)
リナの当初の作戦は破られた。しかし、リナの設けたルールがここで活きてきた。リナに理由は分からないが、アリサが行動に移すまでに既に3分、試合時間が経過している。リナが後2分耐えることができれば試合自体には勝利できる。
リナは攻撃を止め、ありったけの魔力で防御魔法を展開する。
「諦めが悪いところは兄妹揃って同じなのね。嫌いじゃないけど。」
アリサはリナの行動に敬意を払い、自分の最大火力で攻撃する。
炎の輪舞火属性の最上級魔法。しかもそれだけではない。アリサは魔力をいつも以上に込める。リナの防御魔法が上回るだけの魔力を込めて。
アリサはおそらく今リナが展開している防御魔法が、リナの渾身の魔法だと思っている。これを破れさえすれば、リナにはもう打つ手はない。
アリサが複数の魔法を展開しなかったのは、複数の魔法を展開すると細かな魔法制御ができない。下手すれば、過剰に威力を出してしまい、リナに怪我を負わせてしまう可能性がある。
魔力探知を使い、リナの防御魔法の魔力量を念入りに計算した。
「燃やし尽くしなさい。炎の輪舞。」
アリサの魔法がリナの展開する防御魔法に襲い掛かる。
「私の負けです。」
リナは防御魔法を展開した時点で勝負は見えていた。自分の発動する防御魔法をアリサが容易く破ることは分かっていた。だから、最後にアリサがどんな魔法を放つのかを確認したかった。
「リナちゃん。中々良かったよ。流石、リオンの妹だね。」
「ありがとうございます。勝負が終わってすぐで悪いのですが、二人で感想戦といいますか、振り返りしませんか。」
「いいわよ。」
リナはアリサを自分の部屋に連れて行く。
「感想戦だなんて、兄妹揃って真面目だね。」
リオンも団長との戦いの後、自分の戦闘を振り返っていた。戦いに対するそういう姿勢が、強くなる秘訣なのかもしれない。
「それもしたいですけど、アリサさんを呼んだのは別の理由です。」
「別の理由?」
アリサはリナの様子が変わったことに身構える。アリサの見立てだが、リオンが団長を殺した時に雰囲気が似ている。何というか人を追い詰めるような感じが。
「私、玄関先でアリサさんと会った時、どこかで見たことある人だなと思ったんです。」
「・・・。」
リナが語り始める。
「でも、私の思った人とは違いました。だって、アリサさんの魔力量はとても多くて、揺らいでいて不気味だったからです。私の思っていた人は魔力をほとんど持っていなかったからです。」
「・・・。」
アリサは何も答えない。
「でも、今日の魔術戦で確信しました。アリサさんの得意魔法で。アリサさん、あなたは・・・ですよね。」
リナが核心を突く質問をする。
「・・・久しぶりね。リナちゃん。何年ぶりかしら。十年くらいかな。」
アリサは観念した。ここで嘘をついても意味がない。リナからその名前が出た時逃げられないと思った。リナがその名前に確信をもって質問していることが目に見えたからだ。それなら、昔少しだけ仲が良かった友人に本当のことを話そうと。
「やっぱりアリサちゃんだったのね。」
リナがアリサに近寄り抱きしめる。
「よく私のことを覚えてたよね。たった数回パーティーで話しただけなのに。」
アリサはリナの頭を撫でる。
「覚えてるよ。だって約束したじゃない。私たち二人で最強のペアになるんだって。」
「そうだったわね。」
アリサがキングスフォード家に行きたくなかった理由の一つ。いや懸念点の一つ。リナの存在だった。リナに会えば、自分のことがばれてしまうかもしれないと思ったから。ただ、それでもここに来たのは、昔約束を交わした友人にもう一度会ってみたかったということもある。
「どうする?私のことリオンに言う?」
リオンともパーティー会場で何度か会ったことがある。会ったことがあると言っても、遠目に見たことがある程度だ。リオンからすれば、自分に群がる女の子の一人くらいにしか思っていないだろう。だから、リオンは自分のことには気がつかなかった。リオンの女性事情を知った今では、当然だとは思える。
「言わないよ。だって、お兄ちゃんの様子を見ると、アリサちゃんのこと知らなそうだし。それって、アリサちゃんが隠しておきたい秘密ってことでしょ。」
「そうね。もしかして、リナちゃんはリオンのことを出汁にして、私のこと確かめたかったの?」
「端的に言うとそうかな。でも、アリサちゃんの方から提案してくるなんて、やっぱり私たち気が合うのかな?」
リナは昨日の夜、アリサの部屋を訪れたのは、アリサと魔術戦をする約束を取り付けるため。昔のことを切り出したくないリナにとって、お兄ちゃんの恋愛感情は格好の交渉材料だったわけだ。
「そうかもね。だって、私たちはペアになることを約束したのよ。気が合う方が自然だわ。」
「うんうん。それでね、アリサちゃんに教えて欲しいことがあるんだけど、どうしてそんなに魔力が増えたの?言いたくなかったらいいんだけど。ちょっと心配で。」
リナの知っているアリサには魔力が今の十分の一もなかった。それが増えるなんて、しかも尋常じゃない量、明らかに異常だ。それに、アリサと会うのは実に約十年ぶり。その理由は、アリサとパーティーで会うことがなくなったからだ。
「良いわよ。リナちゃんにだけ話してあげる。でも、リオンには内緒だよ。もし、話したらもう二度と顔を出すことはないからね。」
リナには話してもいい。そう思えたのは、やはりリナが自分にとって最初で最後の友人だからだろうか。アリサは秘密にするこを念押しして、リナに自分のこれまでのこと、そして魔力の謎を伝えた。




