表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鯨の歌、君の色彩  作者: 四ノ明朔
第二部【変奏曲/流れゆくとき、波風とともに】
9/31

検索:楽しい 定義

 四度日が沈み、四度日が昇る。

 まだ早朝であるからか鳴りを潜める炎天下。

 しかし、あと一時間も経てば猛威を振るい始めるだろう。


 本日、八月二十四日土曜日。文化祭当日。

 校内は祭りに浮足立っていて、どこもかしこも飾り付けられている。

 丸二日割かれた準備時間で、足りなかった部分に手を付けていれば、もう開催時間が迫っていた。


 鉢巻に法被と、いかにもな格好をした部長が僕らに声を掛ける。



「やあ、二人とも。今日はよろしくね。

 定期的に見に来ようとは思うけど、基本二人と先生に丸投げだから。

 困ったときは言ってね、どうにかする」



 頷いて、彼女にも応援の言葉を返した。

 あの教師が頼りになるかどうかは置いておいて、助けを求められる人が居るというのは心強い。

 存分に頼らせてもらうことにしよう。


 「お昼にはいくつかうちの商品持っていくね」と言い残し、彼女は背を向けた。

 部長のクラスは屋台をやっていて、焼き鳥やトルネードポテトなどが売られている。

 ソフトドリンクもあるので、今日の昼食が楽しみだった。



「今日は、ほぼここで過ごすことになるが……本当に良かったのか?」

「昨日、きみと散々回ったからね。もう十分だよ」


 レジの役割を持つ長机、その側の椅子に腰掛けた僕らは、開催の合図まで昨日の振り返りをする。






 八月二十三日、真夏の校舎で始まった文化祭準備二日目。

 午前中いっぱいで各出し物の準備が終わると、試験営業が開始された。


 どこのクラスも食事やレジャー系の出し物をしているので、試しておかなければ、当日のトラブルの予想が付かないからだ。

 その点、美術部は、明日の商品が無くならないよう、展示だけであるので、仕事は顧問が軽く見回るくらい。

 そのため、自由である僕たちは、暇を潰そうと校内を回った──のだが、それはもう大変だった。


 各場所でそれぞれのクラスの客引きが行われ、他クラスに負けないよう張り合って大声を出す。

 その大声に負けないように、また声を張る。

 それが何度も繰り返され、どこもかしこも熱狂していたのだ。


 ゆっくり回る気分でいた僕らは、その喧騒に気圧され、唯一静かな茶華道部の店に転がり込んだ。

 中には同じように外の騒がしさから逃げてきた者、ただ茶を飲みに来た者、煩わしげに茶を点てる茶花道部員が居た。

 皆、遠い目をしていたのが印象的だ。

 「この学校、運動部員が多いからか、いつも盛り上がり過ぎちゃうんだよね」とは、席を同じくした在校歴六年の教師の言葉である。


 そこで抹茶と茶菓子に舌鼓を打ち、束の間の平穏を楽しんだ後、校内図を頼りに、僕らは先輩たちのところへ向かうことにした。


 彼ら彼女らはクラスがそれぞれ異なっており、B組、C組、D組、E組、そして、顧問が担任を務めるA組と回る必要がある。

 尚、この学校ではAからC組が文系、D、E組が理系であり、先輩たちは文系と理系が半分ずつだ。

 同じ部活は、均されるようにクラス分けされるとのことで、皆別のクラスになったのだろう。


 コスプレカフェや屋台、演劇、縁日など。

 『文化祭』と言えばこれというような出し物ばかりで、奇抜さに驚くことは無い。

 けれども、とても前向きに回れていた。


 全て回り終わった僕らは、休憩室で一息付いた。

 両手には買い込んだものや景品がいっぱい。

 今日を満喫したことが見て取れる。


 だが、流石にずっと歩き回ったので、疲れてしまった。

 背伸びをすると、少女が顔を覗き込む。



「文化祭は、楽しかったかい?」

「そうだなあ……多分、楽しかったんだと思う」



 膝の上に載せた、射的の景品を弄り回しながら、僕はそう答えた。


 ここまで自分から動いた文化祭は、初めてだ。

 中学時代は常に一人であったし、自由ではなかった。

 合唱大会やら作品展示やらがメインで、『皆で一丸となること』ばかりが強調されて。

 それが悪いというわけではないが、僕にとっては少々窮屈であったのだ。


 しかし、今日の文化祭は何かが違う。

 出し物が面白いとか、賑やかだからとか、そういうわけではない。

 もっと、根本的な何かが違う。

 明確な理由は、まだわからなかった。



「また、煮え切らない返事。

 もっと自信を持ってくれてもいいんじゃないか?」

「はいはい、楽しかったですよ。

 ……で、君はどうなんだ? いつも僕だけ言うのは不公平だろ」



 頬杖を付いて、僕は彼女にそのまま質問を投げ返した。

 反撃されると思っていなかったのか、彼女は間抜けな声を出す。


 自分が訊くんだから、訊かれる覚悟と答える意志を持てよ。

 答えに困り、黙りこくる少女をそう揶揄って、僕は返事を聞く前に先手を打った。



「良いよ、明日でも。

 後夜祭があるだろ? その時に教えてくれ」

「……全く。ずるいな、きみは」

「いつも君がしてくることだ」



 もしかしたら、いつも僕に答えを訊くのは、自分の感情が本物か、確かめるためのものなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、僕らは試験営業が終わるときまで、休憩室で二人ぼっちの会話を続けていた。






 携帯端末の画面を見れば、表示される時刻は九時五十九分。

 残り一分足らずで放送が鳴り、文化祭が開始される。


 電源を消してポケットにしまうと、僕は少女に釘を刺す。



「今日の夜だからな。忘れるなよ」

「……わかっているさ」



 素っ気なく返されたことを意外に思いながらも、相槌を打とうとしたとき、頭上から機械音が聞こえた。

 数秒の沈黙の後、「これより、文化祭を開始します」と一報。

 瞬間、割れるような歓声が響く。



「……盛り上がってるな」

「昨日より、ね」



 冷房が効いていて涼しいはずなのに、身体は少し火照っている。

 先の歓声の熱に当てられたからだろうか。

 それとも、この文化祭を楽しみにしているからなのだろうか。

 自分でも、この熱の意味はよくわからなかった。


 間もなく、何人もの客がここを訪れる。

 購入する者はそれほど多くはないだろうが、零というわけもないだろう。


 ああほら、言ったそばから。

 扉ががらりと開けられ、見覚えのない人物が作品を眺めに来る。

 大小合わせて数十点、統一感のない斑の世界観。

 十人十色も過ぎる美術部の展覧会に、また一人と誘われる。


 僕らは客を邪魔しない。

 あくまで求められれば動くだけだ。

 彼、もしくは彼女がその作品に魅入られ、これが欲しいというまで、ただひっそりここで見守る。



「なあ、今日は楽しくなりそうか?」

「……さあ、どうだろうね」



 自分の作品が見られているという緊張感からか、彼女の返事は硬い。

 しかし、その言葉の節々には少しばかりの期待が滲んでいる。

 そんな彼女の様子に、僕は僅かばかり微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ