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鯨の歌、君の色彩  作者: 四ノ明朔
第二部【変奏曲/流れゆくとき、波風とともに】
7/31

変人巣窟魔境アートクラブ

 翌日、八月二十日。

 僕らはいつも通り、美術室に居た。

 しかし、部活をしに来たわけではない。

 先輩に呼び出されたのだ。



「じゃあ、人も揃ったところで、早速始めます。

 ──文化祭の出し物企画会議を!」



 この空間にいる六人が一斉に拍手する。

 だが、僕はしなかった。

 いや、出来なかった。


 拍手が成り終わる気配がないので、声を張って手を上げる。



「先輩、僕美術部じゃないんですけど」

「名誉部員だから。

 それに、どうせクラスの方の出し物からはぶられて暇でしょ?

 手伝ってよ」



 確かに、その通りである。

 僕は手を下げた。


 普通ならば、僕は自分が所属しているクラスが行う出し物、『お化け屋敷』とやらに参加しなければいけない。

 しかし、僕は何も話を聞かされていないのだ。

 役割だとか、シフトだとか、準備だとか、何も。


 文化祭三日前にもなる今日、そこまで話が進んでいないのはあり得ない。

 つまり、導き出される結論は──僕がはぶられているという、残酷な現実だった。


 必死に気付かないようにしていた事実を突き付けられ、心が苦しくなる。

 入学から四か月経った今でも、僕はクラスメイトと話したことがない。

 精々、日直の業務連絡くらいだ。


 そんな状態で友達なんてできるわけがなく、寧ろ、辛い現実から逃げるために美術室に居るのもあって、僕の友達関係は悪化の一途を辿っていた。

 我ながら、情けないことだ。



「……そうなんですけど、もうちょっと言い方に手心と言いますか」

「現実逃避は良くないよ」

「……そうですか」



 ああ、現実は常に残酷である。

 甘さなんて求めてはいけないのだ。


 項垂れる僕を見下げる女性。

 彼女こそがこの美術部の部長である、三年生の先輩だ。

 他の先輩は、男子が二人、女子が一人であり、いずれもほぼ初対面。


 何せ、受験生である彼ら彼女らがここに来る機会なんて早々ない。

 部長は美術大学志望であるため、そこそこ顔を合わせるが、そうでなければ自分から会いに行かない限り出会えない。

 だからこそ、僕の場違い感が浮き立つのだ。


 比べて背の高い男の先輩が、部長に催促する。



「部長、本題」

「はいはい。

 ということで、前々から話していたとは思うけど──」

 

 今回の出し物は、去年と同じく『展覧会』。

 いくつかの作品と色紙、写真等を飾り、かつ販売する。

 値段はこれから各自で決めるが、あまり高くないようにすること。

 また、事前に学校への企画書提出があるので、出来れば今の時間に決めてほしい。


 そこまで言うと、女子の先輩が手を上げた。



「売り子はどうするの?

 私たち皆シフトがあるから、そこまでこっちに居られないよ」

「それは……そこの一年二人に任せようと思って」



 部長の親指が、僕と少女に向けられる。

 待て、売り子だと。


 居ても立ってもいられず、僕は部長に抗議する。



「ノウハウのある先輩なら兎も角、僕ら二人で切り盛りするのは、結構難しいと思いますが」

「いや、そこまで難しくないよ。

 人もそれほど来ないしね。

 帳簿の記入と、ちょっとした見回りくらいだから」



 横目で、隣に座る少女の顔を伺った。

 血色の薄い、人形のような彼女は、何も言うことなくただ座っている。


 僕は、彼女の意見を聞いてみることにした。



「君はどう思う、出来そうか?」

「……一人なら難しいとは思うが、きみと一緒なら心配ないさ」

「だ、そうです」



 若干気恥ずかしい内心を隠しながら、部長に顔を向ける。

 そんな僕らの様子に彼女は微笑むと、緩んだ空気を引き締めた。



「了解。

 試験営業の日は展示だけだから、動くのは当日だけね。

 あとで指示書渡すから、失くさないように」



 それから、次から次へと話は進んでいく。

 各自の作品の値段、配置位置、そして当日の動き方など。

 一時間も経てば、会議は終わりを迎えていた。



「今日はここまで。

 残り三日、それぞれ作品は完成させるように。

 特にお前」



 丸められた紙で、部長の隣に座っていた先輩の頭が叩かれた。



「……いや、終わるし。頑張るし」

「デジタルイラストなら印刷の手間もあるからね?

 文化祭だけは真面目に出すことにしてたでしょ」

「……前日には、必ず」



 先程の先輩ではなく、背が低い方の先輩が部長に詰められている。

 常習犯のようで、部長は「またか」と呟き、溜息を吐いた。



「こいつみたいになっちゃ駄目だからね。

 スケジュール管理はしっかりやるんだよ」



 僕ら二人は頷く。

 いや、部員として絵を描く気はないのだが。

 まあ、世の中何事にも締切はあるものだし、肝に銘じておこう。

 乾いた笑いに包まれる空間で部長が手を叩き、視線を集める。



「これで会議を終わります。では、解散!」



 それを聞けば、先輩たちは皆すぐさま帰っていく。

 やはり、受験生にもなると時間の余裕はないのだろう。

 例の先輩は、肩を落としていた。

 励ましてくれる、もう一人の先輩だけが救いである。

 女子二人は尻を叩く担当らしい。


 皆が去ったあとの美術室で、僕と少女は顔を見合わせる。



「どうする、僕らも帰るか?」

「わたしとしては、どうしてもいいんだけど……きみは?」

「……僕、は」



 想像するのは、何もない自分の部屋。

 痛いくらいに静かで、暗い僕の家。

 仏頂面の、くそったれな両親の顔。

 机の下で、見えないように拳を握り締めた。



「……もう少しくらい、ここに居る」

「そうかい、ならわたしも居よう。

 ……会場の飾りでも作ろうかな。

 折り紙と花紙、あと鋏と糊とホチキスを取ってくれると嬉しいな」



 彼女に言われたものを取りに行く。

 折り紙は何色かがセットで入っているもの、花紙は青色しかないので袋ごと。

 鋏と糊とホチキスは二人分だ。


 どうせやることもないのだから、彼女の作業を手伝うことにしよう。

 両手いっぱいに抱えて戻り、机に広げたところで、僕はずっと気になっていたことに触れた。



「……何でそこに突っ立ってるんですか、先生」

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