変人巣窟魔境アートクラブ
翌日、八月二十日。
僕らはいつも通り、美術室に居た。
しかし、部活をしに来たわけではない。
先輩に呼び出されたのだ。
「じゃあ、人も揃ったところで、早速始めます。
──文化祭の出し物企画会議を!」
この空間にいる六人が一斉に拍手する。
だが、僕はしなかった。
いや、出来なかった。
拍手が成り終わる気配がないので、声を張って手を上げる。
「先輩、僕美術部じゃないんですけど」
「名誉部員だから。
それに、どうせクラスの方の出し物からはぶられて暇でしょ?
手伝ってよ」
確かに、その通りである。
僕は手を下げた。
普通ならば、僕は自分が所属しているクラスが行う出し物、『お化け屋敷』とやらに参加しなければいけない。
しかし、僕は何も話を聞かされていないのだ。
役割だとか、シフトだとか、準備だとか、何も。
文化祭三日前にもなる今日、そこまで話が進んでいないのはあり得ない。
つまり、導き出される結論は──僕がはぶられているという、残酷な現実だった。
必死に気付かないようにしていた事実を突き付けられ、心が苦しくなる。
入学から四か月経った今でも、僕はクラスメイトと話したことがない。
精々、日直の業務連絡くらいだ。
そんな状態で友達なんてできるわけがなく、寧ろ、辛い現実から逃げるために美術室に居るのもあって、僕の友達関係は悪化の一途を辿っていた。
我ながら、情けないことだ。
「……そうなんですけど、もうちょっと言い方に手心と言いますか」
「現実逃避は良くないよ」
「……そうですか」
ああ、現実は常に残酷である。
甘さなんて求めてはいけないのだ。
項垂れる僕を見下げる女性。
彼女こそがこの美術部の部長である、三年生の先輩だ。
他の先輩は、男子が二人、女子が一人であり、いずれもほぼ初対面。
何せ、受験生である彼ら彼女らがここに来る機会なんて早々ない。
部長は美術大学志望であるため、そこそこ顔を合わせるが、そうでなければ自分から会いに行かない限り出会えない。
だからこそ、僕の場違い感が浮き立つのだ。
比べて背の高い男の先輩が、部長に催促する。
「部長、本題」
「はいはい。
ということで、前々から話していたとは思うけど──」
今回の出し物は、去年と同じく『展覧会』。
いくつかの作品と色紙、写真等を飾り、かつ販売する。
値段はこれから各自で決めるが、あまり高くないようにすること。
また、事前に学校への企画書提出があるので、出来れば今の時間に決めてほしい。
そこまで言うと、女子の先輩が手を上げた。
「売り子はどうするの?
私たち皆シフトがあるから、そこまでこっちに居られないよ」
「それは……そこの一年二人に任せようと思って」
部長の親指が、僕と少女に向けられる。
待て、売り子だと。
居ても立ってもいられず、僕は部長に抗議する。
「ノウハウのある先輩なら兎も角、僕ら二人で切り盛りするのは、結構難しいと思いますが」
「いや、そこまで難しくないよ。
人もそれほど来ないしね。
帳簿の記入と、ちょっとした見回りくらいだから」
横目で、隣に座る少女の顔を伺った。
血色の薄い、人形のような彼女は、何も言うことなくただ座っている。
僕は、彼女の意見を聞いてみることにした。
「君はどう思う、出来そうか?」
「……一人なら難しいとは思うが、きみと一緒なら心配ないさ」
「だ、そうです」
若干気恥ずかしい内心を隠しながら、部長に顔を向ける。
そんな僕らの様子に彼女は微笑むと、緩んだ空気を引き締めた。
「了解。
試験営業の日は展示だけだから、動くのは当日だけね。
あとで指示書渡すから、失くさないように」
それから、次から次へと話は進んでいく。
各自の作品の値段、配置位置、そして当日の動き方など。
一時間も経てば、会議は終わりを迎えていた。
「今日はここまで。
残り三日、それぞれ作品は完成させるように。
特にお前」
丸められた紙で、部長の隣に座っていた先輩の頭が叩かれた。
「……いや、終わるし。頑張るし」
「デジタルイラストなら印刷の手間もあるからね?
文化祭だけは真面目に出すことにしてたでしょ」
「……前日には、必ず」
先程の先輩ではなく、背が低い方の先輩が部長に詰められている。
常習犯のようで、部長は「またか」と呟き、溜息を吐いた。
「こいつみたいになっちゃ駄目だからね。
スケジュール管理はしっかりやるんだよ」
僕ら二人は頷く。
いや、部員として絵を描く気はないのだが。
まあ、世の中何事にも締切はあるものだし、肝に銘じておこう。
乾いた笑いに包まれる空間で部長が手を叩き、視線を集める。
「これで会議を終わります。では、解散!」
それを聞けば、先輩たちは皆すぐさま帰っていく。
やはり、受験生にもなると時間の余裕はないのだろう。
例の先輩は、肩を落としていた。
励ましてくれる、もう一人の先輩だけが救いである。
女子二人は尻を叩く担当らしい。
皆が去ったあとの美術室で、僕と少女は顔を見合わせる。
「どうする、僕らも帰るか?」
「わたしとしては、どうしてもいいんだけど……きみは?」
「……僕、は」
想像するのは、何もない自分の部屋。
痛いくらいに静かで、暗い僕の家。
仏頂面の、くそったれな両親の顔。
机の下で、見えないように拳を握り締めた。
「……もう少しくらい、ここに居る」
「そうかい、ならわたしも居よう。
……会場の飾りでも作ろうかな。
折り紙と花紙、あと鋏と糊とホチキスを取ってくれると嬉しいな」
彼女に言われたものを取りに行く。
折り紙は何色かがセットで入っているもの、花紙は青色しかないので袋ごと。
鋏と糊とホチキスは二人分だ。
どうせやることもないのだから、彼女の作業を手伝うことにしよう。
両手いっぱいに抱えて戻り、机に広げたところで、僕はずっと気になっていたことに触れた。
「……何でそこに突っ立ってるんですか、先生」