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鯨の歌、君の色彩  作者: 四ノ明朔
第一部【ヴォカリーズ/刹那の始まり】
3/31

What's your name? 

 入学式から早二週間。

 友達を作れなかった僕は、今日も今日とて部活動勧誘から逃れるため、本来立入禁止のはずの屋上に侵入し、暇を潰していた。


 ここは勧誘に熱心な先輩が来ないことは勿論、教師も禁止された場所をわざわざ見回ることもない。

 加えて、春の心地良い陽射しが差し込み、暖かな風が吹くこの場所は、絶好のさぼり場なのだ。


 さて、ここで一つ、誰もが疑問に思う点があるだろう。どうやって、鍵の掛かっているここに入り込んだのかという点だ。

 実のところ、僕も最初からここに侵入していたわけじゃない。

 初め、屋上に向かう扉には南京錠が掛けられていた。よくある、ダイヤル式のあれだ。

 そう、ダイヤル式の。


 ここで、ぴんと来る人は来るだろう。

 ダイヤル式の南京錠というのは、ある程度の技術がある者にとっては、簡単に解錠できるものだ。

 なんてったって、つるを引っ張りながら、ダイヤルを下の段から一つずつ回していくだけでいいのだから。

 多少技術は要るが、覚えてしまえばどうということはない。


 そんなこんなで、僕は鍵を外し、悠々自適な『ぼっち』生活を満喫していたというわけだ。






「つまり、きみは友達が居なくて、どこにも居る場所がないからここに居る、ということか」

「……真実っていうのは、時に人を傷つけるんだぞ」



 ぽんと手を叩く少女。

 何で初対面の人間にこんな悲しい話をしなければならないのか。

 全く、わけがわからない。

 涙が出そうだ。まあ、泣けないのだが。


 項垂れる僕に、彼女は肩を竦めて言う。



「すまない、許してくれ。

 笑わなかったことに面して、ね」

「笑わなかったことは認めるが、それとこれは話が別だ。

 顔に書いてあるぞ、『暇を潰すなら、図書館にでもいけば良いのに』ってな」

「……何故わかる」

「逆にわからないと思うのか?」



 彼女の思うことは最もだ。

 友達がいないところで、一人で過ごすなら屋上を選ぶ意味なんて、さほど無い。

 ここは景色の良さと、空気の心地良さ以外何もない。

 過ごしやすさならば、そこいらにある若者に人気のカフェの方がまだましだ。


 ただ暇を潰すなら、図書館にでも行けば良い。

 本も沢山あれば、楽な姿勢で過ごせるところもあるのだから。


 その主張は、痛いほどわかる。

 それでも僕は、ここを選んだ。

 ここじゃなければ、駄目だったのだ。


 その理由を説明するために、僕は彼女に問う。



「なあ、図書館ってどんなところだと思う?」

「……本がある」

「それは当たり前のことだ。もっと考えてみろ」



 投げやりな言葉にむっとしたようだが、堪えて考え直す少女。

 この様子ならば、答えに辿り着くまで、時間はそれほど要らないだろう。


 雲が流れる碧い空を眺めていれば、視界の端で黒髪が揺れた。



「いつでも、人が居る……?」

「正解。よくお分かりで」



 案外、早かったな。なんて、彼女を舐め過ぎていたのかもしれない。


 どこにあるどんな図書館でも、人は居るものだ。

 学校帰りの学生、老後を過ごす年寄り、勤務中の司書。

 どの時間になっても、人が居る。

 僕が図書館に行かないのは、それが理由だった。



「きみにとって、人が居ることは悪いことなのかい?」

「ああ、面倒臭いからな。

 こっちは好きで一人で居るんだ。

 その時間を邪魔されて溜まるかっての」



 確かに、小さい頃は訪れていたのだが、時間が経つに連れ、いつも一人で居ることが心配されるようになってからは、疎遠となっている。


 別に一人で居てもいいだろう、個人の好みなんだから。


 言外にお前もそうだぞ、と忠告する。

 しかし、彼女は気にする素振りを見せなかった。

 寧ろ、自信満々に胸を張る。

 そして、唐突に馬鹿げたことを言い出すのだった。



「なら、わたしに良い考えがある! 付いてきてくれ!」

「……は?」



 学校指定の群青色のカーディガンを引っ張って、少女はずんずん進んでいく。

 その勢いに付いて行けず、僕は手を振り払った。



「待て、説明しろ! いったい、どういうことだ!」

「『百聞は一見にに如かず』。

 言葉で言うより、見た方が早い。そうだろう?」

「それでも説明するのが筋ってもんだよ!」



 びしりと指を突き出せば、仕方がないと手を上げた。

 いや、仕方がないではないだろう。

 当然のことだが。



「きみは、一人で居たい。

 一人で居ることが気にされない空間が欲しい」

「……ああ」

「けれど、この屋上。

 侵入していることがばれてしまえば、きみは酷く叱られてしまうはずだ」

「そんなもん承知の上だ。じゃなきゃ、ここに居ない」


 再三言うが、ここは立入禁止区域。

 老朽化と安全のため、本来は施錠された空間だ。

 そこに入り込んでいることが判明すれば、大目玉どころではないだろう。

 最悪、停学処分だ。


 しかし、それでもここは魅力的なのだ。

 ここは誰も居ない、誰も心配しない。僕のことを見ない。

 そんな場所が、ここ以外にあるわけ──。


「では、わたしがここに代わる安寧の地を提供しよう!」



 一際強い風が吹く。

 それは、僕に響いた衝撃の強さを表すようであった。


 変に締まった喉が、震える声を何とか絞り出す。



「……そんな場所、あるわけ無いだろ」

「いいや、あるさ。わたしを信じてくれ」



 長い前髪の隙間から、夜空のような瞳が僕を覗く。



「約束しよう。

 わたしは()()使()()だからね。

 きみの望みを叶える魔法ぐらい、簡単に使えるのさ」

「……嘘だ」

「嘘じゃない」



 食い気味に、彼女はそう返した。

 真っ直ぐな意志が灯ったその瞳から、僕は目が離せない。

 もしかしたら──なんて、幻想が脳裏を過ぎる。

 駄目だ、駄目なんだ。

 いつもそうやって信じて、失敗するくせに。

 細く白い指が、薄い掌が差し出された。



「さあ、行こう!」



 わかっている。人は信じられないものだ。

 期待しても、絶対に裏切るものだ。

 だって、今までずっとそうだった。

 だから、これからも変わらないはずなんだ。


 わかっている、わかっているはずなのに──僕はその手を取ってしまった。

 信じてしまった。

 愚かな僕は、彼女に賭けてしまったのだ。



「ああ、もう! どうにでもなれ!」



 ──君なら、僕を救ってくれるのか。


 死ぬことより難しい、『救い』。

 夜空に差した一縷の星の輝きに縋ってしまう僕は、きっとこの世で一番の愚者なのだろう。



「そういえば、きみの名前は?」

「今聞くことか? まあ、いいけど。

 僕の名前は──」



 叫ぶように教えれば、弾けるように君が笑う。



「奇遇だね、私は──」



 歪んだ想いを胸に隠し、僕は彼女と手を繋ぐ。

 晴れ晴れとした四月の碧空は、新たな出会いを祝福しているようであった。

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