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鯨の歌、君の色彩  作者: 四ノ明朔
再演【鯨の歌、君の色彩】
28/31

春は、出会いと別れの季節らしい

 早咲きの桜が舞う学校。

 今日は、卒業式だ。


 在学生は準備だけで、当日は休みなのだけれど、僕は卒業生に用事があったから、校門の前で式が終わるのを待っていた。

 同じように卒業生に用事がある人たちが周りに沢山いたから、目立つことはなかったけれど、纏う温度感が異なり過ぎて、少しアウェーな気分だった。


 用事というのも、美術部の先輩方に花束を渡すだけだ。

 本来ならば、直属の後輩である唯の役目なのだろうが、生憎、彼女はもうここに居ない。

 だから、代わりに僕が居るわけだ。


 夜中からずっと泣いていたものだから、目は腫れぼったいし、充血しているし、先輩たちにも揶揄われるくらい僕は酷い顔だった。

 しかし、彼女の代わりに花束を渡すと、困ったように笑って、泣き出してしまう人もいた。

 「お互い様ですよ」なんて言えば、生意気だと怒られてしまったけれど。


 皆、僕が一人で来たことで、直感的に察してしまったのだろう。

 交流した時間は短くとも、確かに唯は、彼女らの後輩だったのだ。

 僕ほどではないにしろ、突然の別れなのだから、涙脆い今の先輩方が泣いてしまうのも無理はない。


 「お別れの日には、絶対に呼んでね」という伝言まで預かってしまったからには、その役目を果たそうと、僕は彼女の叔父に電話を掛けた。

 勿論、卒業式が終わり、教員が暇になるであろう時間を見計らってだ。

 

 数コールで出た彼に、言われたことをそのまま伝える。

 何秒かの沈黙の後、「そうか」とだけ答えた彼は、僕を学校に呼び出した。

 何でも、渡さなければいけないものがあるらしい。

 まだ学校の近くにいたこともあって、直ぐに駆け付けると、特別に校舎内に入れてもらえることになっていた。



「で、なんですか。『渡さなければいけないもの』って」

「見ればわかる」

「と言われましても……」



 階段を登りつつ会話する僕ら。

 恐らく、向かっているのは四階の角部屋。

 つまり、美術室だ。


 昨日──ではないか、今日のあの出来事があってから渡すものなんて、一つくらいしか考えられない。

 施錠を解き、引き戸を開けて中に入ると、あの特有の臭いがする。

 随分長い間嗅いでなかった気のするその臭いは、何だか少し懐かしかった。



「ここで待っておけ。今持ってくる」



 先生の指示通り、僕は美術室内に立ち尽くす。

 先輩たちの作品は、例によって残されたままで、空間のそこかしこが荒れている。

 新入生の入学までに、僕一人でこれを片付けなければいけないと思うと憂鬱だ。


 ぐるりと見回していると、ある一つの絵が目に付いた。

 それは、唯が連作していた星座モチーフの作品。

 その最後を飾るはずの、くじら座のキャンバスだった。



「……中途半端」



 そう呟いたのは、それが塗りかけだったからだ。

 ぱっと直感的に色を置いただけで、塗り込みなんて一切していない。

 ベタ塗りとも言える状態だ。


 あと一週間、時間があったら。

 そう言わざるを得ないほど。


 いつか、唯の個展が開かれるならば、最後の一枚がこれになるのだろうか。

 いくつもの作品によって、作者の生涯を辿った先にこれがある。

 なんて酷い終わりなのだろう。

 打ち切り漫画のような勝手な終焉に怒る読者を想像して、けれどそれがただの妄想であることに嫌気が差して、僕は考えるのをやめた。


 彼女の個展には、終わりがないはずだった。

 まだ、続くはずの物語だったのだ。


 また込み上げて来る涙を抑えるように、僕は上を向く。

 剥き出しの天井に吊るされた照明。

 窓から注ぐ光に浮き立たせられた埃。

 それらが、僕に寂しさを与えていた。

 お前はどうしようもなく独りなのだ、と。


 感傷に耽っていると、背後の扉が開いて先生が戻ってきた。

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