女の子は準備が大変
二月某日、土曜日の早朝。
東京行きのバス停前で、僕は少女を待つ。
どうやって来るか聞いていないが、どうせいつものように保護者に送られてくるんだろう。
腕時計を見れば、時刻は六時十分。
約束の時間は六時なので、僕視点ではかなりの時間超過していることになる。
僕を探して迷っているとしても、車が通りやすい位置を待ち合わせ場所に指定しているので、見たらわかるはずなのだ。
まさか、寝坊か。
早朝とはいえ、起きられない時間ではないはず。
高校生にもなって、起きれないなんてことはないだろう。
遠足前の小学生のようなことになっていなければ、だが。
「……いや、あいつだぞ。あり得るな」
そうと決まれば即断。
電話帳から彼女の名を探し出し──名字と僕の友達の数からして一番目であるので、特段探す必要はないのだが──選択すれば呼び出し音が鳴る。
モーニングコールどころか、ヌーンコールにだってなり得る時間帯だ。流石に出てくれなければ困るぞ。
焦燥感に苛まれていると、呼び出し音が途切れた。約五コール後のことである。
「おいこら。君、今どこにいる?」
「きみの目の前!」
前方から、黒い軽自動車が一台。
見覚えのあるその車は、確かに少女の保護者のもの。
助手席を見れば、空いた窓から少女が手を振っていた。
待ち合わせ場所であった柱から背を離し、止まった車に歩み寄る。
「すまない、少々準備に手間取ってね」
「それはいいんだが……この距離で電話するなよ」
ポケットに携帯電話をしまうと、僕は彼女の荷物を下ろす手伝いをする。
キャリーケース一つで済むのは、女子にしては少ないのだろうか。
「これで全部か? 僕が運ぶから」
「ああ。ありがとう」
恒例と化した荷物持ち。
彼女に持たせたところで移動速度が遅くなるだけなので、効率的であるといえば効率的だ。
「じゃあ、行ってくるね」
「おう、行ってこい。お土産忘れるなよ。
……すまんが、よろしくな」
「いえ、僕から誘ったことなので。任せてください」
彼女の保護者であり、叔父である男は、僕らにそう告げると走り去っていく。
『数か月前だったら、絶対に許可は下りなかった』と語られるほどだった過保護振りは、僕にはあまり理解が出来ていなかった。
「……今でも驚くな、君の叔父さん」
「それはそうだろう。驚かない方が驚きだよ」
あのクリスマスイヴの日、仕事から帰ってきた彼女の叔父が、まさか彼であったとは。
全く予想が付かなかった出来事に、声が出ないほど驚いた。
それから何度も顔を合わせるが、未だにその違和感は拭えない。
いたずらっぽく笑った少女の顔が、こんがりと目に焼き付いていた。
畳んであったキャリーケースの持ち手を引き出し、レンガタイルの上で車輪を転がす。
三連休であるからか、人通りは多く、僕らの姿はそれほど目立たない。
別に見られることを避けたいわけではないが、かと言って人の視線は嫌いだ。
注目されないというのは、ありがたかった。
指先が赤くなった手を、少女に差し出す。
「さあ、行くぞ」
握った手は、温かかった。




