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鯨の歌、君の色彩  作者: 四ノ明朔
第三部【海のノクターン/刹那の終わりへ】
19/31

女の子は準備が大変

 二月某日、土曜日の早朝。

 東京行きのバス停前で、僕は少女を待つ。

 どうやって来るか聞いていないが、どうせいつものように保護者に送られてくるんだろう。


 腕時計を見れば、時刻は六時十分。

 約束の時間は六時なので、僕視点ではかなりの時間超過していることになる。

 僕を探して迷っているとしても、車が通りやすい位置を待ち合わせ場所に指定しているので、見たらわかるはずなのだ。


 まさか、寝坊か。

 早朝とはいえ、起きられない時間ではないはず。

 高校生にもなって、起きれないなんてことはないだろう。

 遠足前の小学生のようなことになっていなければ、だが。



「……いや、あいつだぞ。あり得るな」



 そうと決まれば即断。

 電話帳から彼女の名を探し出し──名字と僕の友達の数からして一番目であるので、特段探す必要はないのだが──選択すれば呼び出し音が鳴る。

 モーニングコールどころか、ヌーンコールにだってなり得る時間帯だ。流石に出てくれなければ困るぞ。

 

 焦燥感に苛まれていると、呼び出し音が途切れた。約五コール後のことである。



「おいこら。君、今どこにいる?」

「きみの目の前!」



 前方から、黒い軽自動車が一台。

 見覚えのあるその車は、確かに少女の保護者のもの。

 助手席を見れば、空いた窓から少女が手を振っていた。


 待ち合わせ場所であった柱から背を離し、止まった車に歩み寄る。



「すまない、少々準備に手間取ってね」

「それはいいんだが……この距離で電話するなよ」



 ポケットに携帯電話をしまうと、僕は彼女の荷物を下ろす手伝いをする。

 キャリーケース一つで済むのは、女子にしては少ないのだろうか。



「これで全部か? 僕が運ぶから」

「ああ。ありがとう」



 恒例と化した荷物持ち。

 彼女に持たせたところで移動速度が遅くなるだけなので、効率的であるといえば効率的だ。



「じゃあ、行ってくるね」

「おう、行ってこい。お土産忘れるなよ。

 ……すまんが、よろしくな」

「いえ、僕から誘ったことなので。任せてください」



 彼女の保護者であり、叔父である男は、僕らにそう告げると走り去っていく。

 『数か月前だったら、絶対に許可は下りなかった』と語られるほどだった過保護振りは、僕にはあまり理解が出来ていなかった。



「……今でも驚くな、君の叔父さん」

「それはそうだろう。驚かない方が驚きだよ」



 あのクリスマスイヴの日、仕事から帰ってきた彼女の叔父が、まさか彼であったとは。

 全く予想が付かなかった出来事に、声が出ないほど驚いた。


 それから何度も顔を合わせるが、未だにその違和感は拭えない。

 いたずらっぽく笑った少女の顔が、こんがりと目に焼き付いていた。


 畳んであったキャリーケースの持ち手を引き出し、レンガタイルの上で車輪を転がす。

 三連休であるからか、人通りは多く、僕らの姿はそれほど目立たない。

 別に見られることを避けたいわけではないが、かと言って人の視線は嫌いだ。

 注目されないというのは、ありがたかった。


 指先が赤くなった手を、少女に差し出す。



「さあ、行くぞ」



 握った手は、温かかった。

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