※ジャンルはヒューマンドラマです。
無論、準備も何もしていない状態で支えられるわけもなく、呆気なく僕は押し倒される。
「答えてくれ、わたしは何か重要なことを知らない気がする!」
「動けんのかよ! というか、あんまり暴れるな!」
「暴れるに決まっているだろう!
……さあ吐け、全て吐け!
いったい、どういうことなんだ!」
「わかったから、一回落ち着け!」
馬乗りになって、咳混じりに叫ぶ少女。
このままでは危険だと、肩を抑えて引き込み、身体の上に寝かせるようにする。
興奮したまま起き上がらないよう、抱き締めて拘束するのも忘れない。
しばらくそうすると、やっと落ち着いたのか、彼女は抵抗することなく、僕に身体を預けた。
「手間掛けさせやがって……」
「……仕方ないだろう。きみが悪い」
「どこがだよ」
僕の胸に顔を埋める少女。
荒れていた呼吸は段々と整えられていき、数分も経てば通常時と変わらないほどまで回復していた。
「……それで、どういうことなんだい?
どうしてきみは、苦手な人混みの中に入ってまで、わたしと文化祭デートを?」
「デートじゃない。
というか、僕は人混みが嫌いなだけで、苦手じゃないからな。
勘違いするなよ」
「同じものだろう」
「僕の中じゃ違うんだ」
言い合いながらも、僕は頭を高速回転させる。
「……まあ、そうだな。
何で昨日、君と一緒に回ったがだが……」
しかし、しかしだ。
「……どうしたんだい。早く続きを話しておくれよ」
ぺちぺちと僕の頬を叩く少女。
普通ならば即座に止めさせるところだが、今はそんなことを気にしている暇はなかった。
何故なら──理由を全く考えられないからだ。
どこから言い始めようか、どう着地させようか。
まとまりの良い言い回しは、納得の行く理由付けは。
何となく理由はあったはずだが、何分感覚的過ぎて言葉にできない。
しかも、当の本人が馬鹿みたいに近い距離にいるせいで、ただでさえ回らない頭が更に回っていない。
どうしようか、これ。
「……おうい、反応してくれよ。
目を開けたまま、気絶でもしているのかい?」
「してない。少し考え事をしていただけだ」
場繋ぎにそう言えば、彼女の鋭い視線が僕を貫く。
「……まさか、理由がないなんて言わないよね?」
「……そんなわけないだろ」
変なところで勘が鋭いな、空気は読めないくせに。
罵倒と賞賛を織り交ぜた言葉は口から出ない。
出てしまえば、仕返しをされることがわかっていたからだ。
下手に動けない今、不必要な諍いは避けたかった。
しかし、本当に何も出て来ない。
強いて言うなら、君となら楽しそうだと思ったからとしか──。
気付いてしまった本心に、僕はびくりとした。
『君となら楽しそうだ』だと。
僕は、本当に、そんなことを考えていたのか。
思い返せば、彼女と出会ってからの日々は色鮮やかで、それまでの透明な日々が何だったのか疑問になるほどだった。
『楽しい』なんて言葉が頭の中を幾度も過ぎるほど。
彼女とともに居ることが当たり前になっていて、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
ああ、そうか。
本当のところ、僕は文化祭が楽しかったわけじゃなかったんだ。
少女が居なければ、ただ一人静かな場所で時が過ぎるのを待ち、ただ一人帰路に就く。
それで終わるはずだった。
しかし、彼女が居たからこそ、僕は無意識に足を踏み出した。
それは多分、これまでの彼女との時間の積み重ね。
『君となら楽しそうだ』という、信頼があったからだと思う。
だから、あの時の僕は煮え切らない返事を返してしまったのだ。
心のどこかで『文化祭が楽しかった』のではなく、『彼女とともにいたから楽しかった』ことを理解していたから。
ともに在る友人も、一生懸命になれるものもなく、ただ流されるまま。
彼女と出会う前の僕は、一言で言えば、そんな感じだった。
今も、それほど大きく変わっていないのだろう。
友達は居ない、一生懸命になれるものもない。
しかし、ただ一つ違うものがある。
僕の生活を変えた者、変わり者。
僕の隣に居続ける、謎に包まれた少女。
彼女が居たからこそ、僕は少しだけ変われたのだ。
『楽しい』と、世界を少しだけ前向きに生きられるようになったのだ。
ぐちゃぐちゃに絡まった毛糸玉を解すように、思考が整理されていく。
だが、これをどうやって彼女に説明しようか。
このまま伝えると、勘違い待ったなしだぞ。
感謝の気持ちはあれど、恋愛感情なんて一つもないんだから。
ジャンル的には、ラブコメじゃなくてヒューマンドラマなのであるし。
そこを履き違えられると、互いに困るのだ。
客観的に見れば、ラブコメもラブコメの状況。
しかし、当の本人たちにとってはいつもの流れ以上のことはない。
距離感が近いのも、割といつものことなのだ。
考えても出て来ない答えに業を煮やし、僕はとても長い前置きをして本題を伝えることにした。
「これから伝えることは、紛れもない僕の本心なのだが……些か言葉選びが上手く行かなくてな。
聞く人が聞けば勘違い待ったなしの言葉だ。
しかし、君なら僕の心理を汲み取って、正しい受け取り方をしてくれると──」
「長い、一行」
「恋愛的な意味は全く無い」
『だろうね』と呆れを含んだ声を漏らす少女。
君だって大概だろうに。
僕でなければ勘違いされそうな言動の数々を思い出しつつ、僕は深呼吸した。
「まあ、なんだ。
その……君と一緒だと楽しいだろうな、と……おい、笑うな。携帯を取り出すんじゃない」
「ごめん、ごめん。もう一度言ってくれるかい?
着信にしたいからさ」
「どこが『ごめん』なんだよ、反省してないだろ!」
笑うなと言っておくべきだった。
羞恥と怒りで若干顔が熱くなりながら、僕は切札を切る。
「君こそ、今日の夜に文化祭の感想を言うって約束だったはずだ。
さあ、今すぐここで言ってもらおうか」
「良いのかい?
わたしはきみと違って、恥ずかしがり屋でもなければ、理論派でもないけれど」
少女の細い指が、僕の首筋に伸ばされる。
喉仏に触れた親指が、ぐりと喉に沈み込む。
そこまでされても払い除けないのが、僕の覚悟の証明だった。
「……そうかい。では言わせてもらうよ」
暗闇の中でよく見えなかったけれど、少女の頬は少し紅潮していた。
「……わたしもね、きみと同じ気持ちさ。
きみと一緒だったから、楽しく過ごせたんだ」
しみじみと、少女は思い出を振り返るように目を伏せる。




