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鯨の歌、君の色彩  作者: 四ノ明朔
第二部【変奏曲/流れゆくとき、波風とともに】
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Falling down

 やがて、少女が帰ってきた。

 同時に、校内放送が文化祭の終了を告げる。



「遅いぞ、何かあったのか?」

「盛大に転んでしまってね。

 保健室に行って、治療を受けてきたんだ。

 ああ、心配しなくても大丈夫さ」



 そう言う彼女の膝には、大きな絆創膏が貼られていた。



「ならいいが……辛くなったら言えよ。

 その辺の先生でも呼んでくるから」

「おっと、これが『ツンデレ』ってやつかい?」

「余計な知識を付けるんじゃない」



 したり顔で顎に手を添える彼女の頭に、軽く手刀を入れると、僕らは撤収作業を始めた。


 結局、あの男性以降客はやって来ず、僕は着々と金関係の仕事を進めた。

 だから、やるべきは残った作品の整理だけ。

 僕が運んで積んだものを彼女が並べ、数があっているか確認する。

 そんな単純な作業は、準備時より作品数が減っていたこともあり、三十分ほどで終わりを迎えた。



「あとは、これを美術室に持っていくだけか」

「重いのは任せたよ!」

「わかってはいるが、そうも堂々と言われると複雑だな……」



 少女は小さなキャンバスを二つ重ねて胸に抱え、階段を登っていく。

 その後ろから、僕が大きなキャンバスを持ち運ぶ。

 二人の距離は勿論空いて、二階分も上がるものだから、僕は時々踊り場で休憩を入れなければ、ままならなかった。



「ちょっと待て。

 そんなに早く上がられても、僕が付いていけない」

「体力がないねえ。仕方ない、少しだけ待ってあげ──」



 手摺りに手を掛けたまま、振り返っていた少女。

 その身体が大きく揺らいだ。


 脳裏に過る、老人の言葉。

 「階段から落ちてしまってね」と擦った右半身。

 彼女が掴んでいた手摺は、丁度左側。


 僕は、自分でも驚く速度で飛び出した。

 ばたんと大きな音が鳴る。

 腕の中には、確かな重み。

 目を落とすと、僕に支えられた黒髪の少女が見えた。



「間に、あった……」

「……すまない、急に立ち眩みが」



 取り敢えず踊り場に運び、彼女の身体を壁に預ける。

 意識は朦朧としていて、立ち上がることすら難しいようだ。


 対処に迷った僕は、一先ずその辺りにいた教師数名を呼んだ。

 その後、偶然にも我らが顧問が通り掛かったので、彼も応援に呼ぶ。



「そうか、あいつが……ありがとう。

 お前は仕事の方に戻っていてくれ、あとはこっちでどうにかする」

「そうですか……お願いします」



 彼を呼びに行く間に、誰かが倒れたらしいと噂が広まり、見物客が集まり始めたので、教師陣は壁のようになって少女を覆い隠しめいた。

 担架に乗せられた彼女が運ばれていくと、あとに残ったのは、落とした二つの小さなキャンバスと、放り投げた巨大なキャンバスだけ。


 それらが壊れていないことを確認すると、僕は何事も無かったかのようにそれを運び始めた。

 気にしていては、どうにもならない。

 彼女が気負わないように、平然と仕事を終わらせるのが一番だ。


 そう心をごまかすが、身体は誤魔化しきれない。

 未だに身体を縛る緊張感と、際限なく高鳴る鼓動から目を背けるように、僕は一心不乱に作品を運び続ける。

 頭の中の、虚ろな瞳の少女の姿を消しきれないまま。

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