カキ氷殺人事件
一両しかない短い列車が、田園の海を割くように走っていく。梅雨とは思えない強烈な晴れ間に、稲は元気なさげに揺れている。
「お昼なに食べる?」
対照的な揺れ方をする車内では、やはり外とは対照的に穏やかな冷気に包まれている。開放的に肩を出したワンピースの上にカーディガンを羽織った女性、トモは、まだ朝御飯を食べていなかったため、早くも昼食のメニューが気になって仕方がない様子だった。
とは言え、まず最初に朝御飯としてハンバーガーを食べる予定なのだから、食べていないのは当たり前なのである。
小学校では元気な声が溢れる登校風景が見られるようなこの時間に、先ずはそんな話題なのか。トモと並んで席に座る男性二人、カルとクラが笑みを零した。
「ラーメンとかよくね? 暑いときに熱いラーメンを啜るのって好きなんだよなー」
普段は朝食に卵かけご飯を食べているクラは、正直ご飯ものは避けたいと思っていた。朝にご飯を食べて、昼に麺類等のご飯以外の炭水化物。夜にまたご飯を食べるというのが、最近お気に入りになっている食生活なのだ。
「なら回転寿司でいいじゃん。あそこならラーメンもあるし」
カルの提案に、二人はいいねと頷いた。もう直ぐ近くの駅に着くが、目的地はもう少し先だ。何か話題はないだろうかと、トモは無意味に駅名を記す看板をぼうっと眺めている。
――ドアが閉まります。
閉まるドアを視界に捉えながら、無意味に頭の中でその言葉が反響していた。そして、はっとあることが頭を過ったのだった。
「そう言えば、今年は花火大会いく? 浴衣を着て練り歩こーぜ」
トモは昨年買ったまま袖を通すことのなかった浴衣の帯を、頭の中できっちりと締めていた。問い掛けているようで、彼女の中では既に決定事項だったのだろう。
「ごめん、彼女と約束があるから」
「俺も」
「よかった、じゃあちゃんと浴衣を買っときなよ」
二人に彼女がいないことは、当然分かっている。そう言いたげにトモは気軽に答えた。三人は三つ子の姉弟であり、些細なことも相談しあう仲なのだ。プライベートはある程度把握しているのも無理はなかった。
もっとも今は訳あって三人別々の家族と暮らしているため、幼少期の頃のようにいつも一緒とはいかなくなってしまった。けれど三人はそれを重く考えていることはなく、別々の家族と暮らすことになったのも仕方のないことだったのだからと、幼いながらにちゃんと理解できる子供であった。互いの家族の仲はかなりの良好さを見せているため、悲しむ暇もなかったという理由もあるだろう。
だからこそ、夏には彼女彼氏を連れて墓参りに行くのが、三人の密かな夢となっているのだけれど。
けれども、気も合うから好みだってある程度解るのだからと、トモが二人に紹介したこともあったのに、長くは続かなかったのも知っている。
……自分だって長くは続かなかったのだ。袖を通さなかった浴衣には、そんな悲しい思い出も詰まっている。まぁ、一年経てばすっかりと忘れてしまったことだけども。日本の夏とは正反対に彼女はとてもドライだった。
「そう言えば、前使っていた浴衣はカキ氷を零して染みになっちまったんだよな」
カルが思い出したように呟いた。
「トモが転びかけたのを二人で支えようとしてな」
クラが笑みを浮かべながらトモを指差す。
「あれはもう、カキ氷殺人事件だったよ」
イチゴのシロップにより赤く染まった浴衣は、どう見ても殺人事件の被害者か犯人にしか映らなく、非常に恥ずかしい思いをしたのを覚えていた。被害者と犯人は勿論カルとクラであり、トモは全くの無傷であったけど。
「カキ氷殺人事件か。……それがイチゴミルクであった場合、犯人はシロップか練乳か氷の誰であったのか」
そのフレーズにより、三人にとってのお馴染みのスイッチが入ったようだった。
カルの呟きを契機に、トモが合いの手を入れる。
「誰が被害者かを考えた方が良くない? まぁ、溶けてしまう氷一択だと思うけど」
三つの食材の中で、溶けて消えてしまうのは氷だけ。ならば被害者となるのは氷でしかあり得ないと判断したのだろう。
「では、シロップと練乳のどちらが氷を殺してしまったのか。……お互いの愛憎のもつれによる突発的な犯行か?」
クラは頭の中で三角関係を組み立てていく。氷とシロップとの恋愛関係。練乳の横恋慕。ドロドロと氷が溶けるような熱い炎を幻視した。
「いや、違う。練乳に手を出そうとする氷に腹を立てたシロップが、自分の色に染めてやろうとの想いで氷を殺したんだ。けれどそれは練乳の仕掛けた罠で、練乳はシロップを脅すことで金を手に入れようとしていたんだ!」
まさに、ドロドロな関係のできあがりであった。
「練乳だけに、練りに練った作戦だったのね!」
冷気は開いたドアから抜け出し、暑さに溶けて消えていった。今年もきっと、カキ氷殺人事件は再演を果たすだろう。それが決まった瞬間である。