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フィス・モグサール

 瞠目し、周囲を見回す白髪の少女。

 オレの〖意思疎通〗がどこから聞こえたのか探っているみてぇだ。


『目の前だ、目の前。水色の塊がオレだ』

「……え?」


 存在をアピールするように体を伸び縮みさせると、眠たげにこちらを向いた。

 しかし、今度は首が傾げられる。


「あなた……何?」

『何っつっても……。オレはコウヤ。普通のスラ……人間だ』


 慌てて言い換えた。

 スライムのことを知らない様子だったからだ。


 魔獣だって打ち明けると怖がられるだろうし、人間の町に帰した後に討伐隊を組まれる心配もある。

 まあ、〖凶獣〗を倒そうとする人間は滅多に居ねぇらしいけども。


「どう見ても人間じゃないけど……」

『それはあれだ、魔法の力だ』

「じゃあさっきから頭の中に響いてる声も?」

『ああ、魔法だ』

「……魔法にしては〖マナ〗が全然しな──」

『〖隠形〗って〖スキル〗だな! 他の魔獣に見つからねぇよう隠してんだ!』


 力強く思念を伝えた。

 これ以上問答を続けるとボロが出そうだ。話題を変えよう。


『それより! 体に痛みはねぇか? 出来るだけ優しくキャッチしたけどオレの体は硬ぇからな、打撲とかねぇか?』

「それなら平気。どこも痛くはない」


 手をグーパーしながら少女は答えた。その表情に険はない。

 この子はあまり表情を変えないので断言はできねぇが、瘦せ我慢って訳ではなさそうだ。


『……話は変わるが、嫌じゃなかったら崩落に巻き込まれた経緯を教えてもらえねぇか?』


 少女から感じられる〖マナ〗は、お世辞にも豪獣域で活動できる水準だとは思えねぇ。

 半分は興味本位だが、今後のためにもどんな事情だったか聞いておきたかった。


「……うん、教える。私に何かあった時のためにも、誰かに知っていて欲しいし。……ところでコウヤは魔獣教って知ってる?」

『……いや、知らねぇな』


 数瞬悩み、知らないと答える。

 知っているか訊ねるってことは、魔獣教とやらは一般常識じゃねぇはずだ。


「魔獣教っていうのは魔獣を崇めてる集団、らしい。私もあまり詳しくないけど」

『ふむふむ』


 頷きつつ、オレなら仲良くできるんじゃね? とも思った。

 崇められるなんて柄じゃねぇが、仲良くできるならそれに越したことはねぇ。


「その魔獣教の人に殺されそうになって逃げてた。鋼蟻(メタルアント)の巣に入ったせいで引き返すことも出来ずに」

『……マジか』


 殺人未遂とはまた物騒なことをする連中だ。

 ただ、今の話だと少し不安になる部分がある。


『じゃあ、その、追いかけて来てた魔獣教の人も崩落に……?』

「ううん、それは無い。私を追ってたのは魔獣教の男に使役された魔獣だから」

『使役……?』


 魔獣を崇めてるのに使役してるのか……いや、崇めてるからこそか?

 たしかこの世界では魔獣の使役(テイム)は一般的じゃない、ってエルゴが言ってたし。


「そう。初めは何も連れていなかったはずのに、いきなり魔獣が現れた。しかも〖長獣〗。あのままじゃ確実に追いつかれてたから崩落はある意味幸運」

『それは……良かったな』


 崩落を起こした原因の一人としてはあんま素直に喜べねぇが、本人が前向きに捉えてるんならよかった。


「(にしても、いきなり魔獣が現れた、か……)」


 まず最初に脳裏を(よぎ)ったのは〖空間属性〗。

 ポーラの使うあの魔法なら、距離を無視して魔獣を呼び出せる。


 ただ、〖空間属性〗は前例がないくらい希少らしいし、この世界の住人の知識だと扱うのが難しいっぽいんだよなぁ。

 それに、獣を使役する手段も別で必要になる。


 やっぱ可能性を考えだしたらキリがねぇな。

 もしかすると空間魔法使いかもしれねぇ、とだけ意識しとこう。


「コウヤ……?」

『あ、悪ぃ。考え込んじまってた。何の話だった?』

「これからどっちに向かえばいいか聞きたい。ここはどの辺り?」

『いや、オレも鋼蟻の巣を脱出するのに手一杯で、場所まではちょっと……。ゴロノムア山地の東寄り、ってことは間違いねぇはずだが』


 そう伝えると少女は数度頷き、そして


「えっ、死ぬ程ヤバくない!?」


 と叫んだ。

 これまでのどこか達観したような雰囲気からは外れた、とても砕けた口調だった。


「ち、地図とか持ってる……?」

『少し前に失くしちまった』

「実はここから街までの地形が全部頭に入ってたりは……?」

『来たばっかだからさっぱり分からねぇ』

「終わった……」


 絶望に打ちひしがれたような表情で項垂れる少女。


「どうして、こんな……私は、いつも通り、普通にしてたのに……」


 顔を覆って何事かを呟き出した。

 あまりの変わりっぷりに面食らっていたが、勘違いしたままだと可哀想なので〖意思疎通〗を発動する。


『そんな気に病むことはねぇ。地図なんざなくたって、蟻の巣を通れば街の近くに出られるはずだ』

「何言ってるの? あの中にはたくさん鋼蟻(メタルアント)が居る。そんなの不可能」

『いやいやいや、落ち着いて考えてみてくれ。オレは君をここまで連れ出したんだぞ? 鋼蟻なんて何体居ても物の数じゃねぇよ』


 フンス、と力こぶを作るイメージで体をぎゅっと横に伸ばす。

 巣の深部から地上まで無事に連れ帰った、って事実には一定の説得力があったようで、少女の瞳に光が戻った。

 さすがにまだ半信半疑って感じだが、これなら蟻の巣に入るのにも反対はされないだろう。


 それと、異世界人達は鋼蟻をメタルアントと呼んでいるらしい。

 〖意思疎通〗や〖意思理解〗はニュアンスでのやり取りなので、今後は知ってる単語はこっちの頭ん中で変換しておこう。


『あんま長いこと帰らねぇと親御さんも心配するだろ。早く行こうぜ、えーと……名前……』

「……そう言えば名前、教えてなかった。私の名前はフィス。フィス・モグサール。よろしく」


 こうしてオレとフィス・モグサールの旅は始まったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 言い訳が苦しいw いや、固有属性なんてものがあるんだからギリギリ誤魔化せる…のか?
[一言] あだ名は艾(もぐさ)で。転じてお灸でも。
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