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閑話 老爺、トルバ

「ふぅむ、仕留め切れなんだか」


 衝撃の浸透する掌底、〖パーヴェイドフィスト〗を放った老爺(ろうや)は小さく呟いた。

 敵を逃したというのにその声に落胆の色はない。


 それもそのはず、元より彼に殺意はなかった。

 老爺がその気になれば追いかけることも出来たし、逃走を封じる(・・・・・・)ことも出来た。


 けれどそうしなかったのは、(ひとえ)にあの魔獣が危険な種族ではなかったから。

 ジュエルスライムの性質を知っていたからこそ、深追いはしなかった。


 倒すと〖魂片(経験値)〗を多く得られるジュエルスライムは、自身のような老いぼれよりも若人達に譲るべき。

 そう考えたのだ。


「もっとも、仕留められるならば仕留めるつもりだったんじゃがのう」


 かと言って、通常のジュエルスライムに輪をかけて貴重な〖長獣〗クラスのジュエルスライム。倒せるならば倒してしまうつもりであった。

 だが、老爺の放った〖ウェポンスキル〗にスライムは耐えたのだ。


 であれば、これ以上の手出しをするつもりはない。


「それにいくらジュエルスライムと言えど、〖長獣〗程度(・・)では〖レベル〗の足しにはならんからのう」


 そんな悲嘆をこぼしつつ、老爺は森の奥へと歩を進めるのであった。




 不破勝(ふえとう)鋼矢(こうや)の居る森は、人間達からはドワゾフ大森林と呼ばれている。

 千年生きているという伝承の〖凶獣〗、ドワゾフがヌシとして君臨しているからだが、ドワゾフ自身はそんな呼び名など知る由もない。何なら千年も生きてはいない。


 そんなドワゾフ大森林に隣接する町の一つ、ウートン。

 その路地裏で一人の少女が男達に囲まれていた。


「こ、これはアタシが自分で採って来た物です、言いがかりは止してくださいっ」

「へっ、女一人でどうやって森の奥まで行ったってんだ。しかもお前は魔法も使えない落ちこぼれだろ」

「そ、それは……他の魔獣に遭わないように気を付けながら……」

「ぶははははっ、嘘ならもっと上手く()けよ! 一度も魔獣に遭わずその薬草が生えてるとこまで行けるわけねーだろうが! どうやって手に入れたのか知らねぇが、それは俺達が有効利用してやる。早く寄越しやがれ!」


 男の恫喝に、水色の髪の少女はバスケットを庇うように抱えた。

 悪漢達が彼女から強引に籠を奪い取ろうと手を伸ばしたその時。


「これこれ止めなされ、そこの若いの。お嬢さんが困っておるではないか」

「あ゛ぁン?」


 声を掛けたのは一人の老爺だった。

 柔和な笑みを浮かべながらも、その瞳は男達を真っ直ぐに見据えている。

 彼の細枝のような腕を見て悪漢達は唇を歪めた。


「おいおい爺さん、ヒーロー気取りか? 年寄りの冷や水は止めた方が良いぜ」

「ふぉっふぉ、心配には及ばんよ。それよりも何があったのか、この爺に聞かせてはくれんかのぅ?」

「チっ、しゃーねぇな」


 男の一人が面倒そうに事情を説明し始める。


「この女がよ、高ぇ薬草を持ってやがったんだ。でもこいつは魔法も使えねぇ無能だ。きっとどっかから盗んで来たに違いねぇんだよ」

「ほほう、その『どっか』とは何処(どこ)なのかのぅ?」

「あぁ? 知らねーよ、んなもん。後でじっくり探しゃあいいだろーが」

「では、そこのお嬢さんが自力で採って来ていたならば、盗人はお主らの方という事になるのう」


 からかうような調子で老爺は言った。

 その言葉に男達は頬をひくつかせる。


「俺らが間違ってるって言いてぇのか?」

「その可能性がある、と言っておるのじゃよ」

「信じてください! アタシは盗んで何かいません!」

「うむ、盗んだと断ずる証拠はないのう」

「わっかんねぇ爺だなァ!」


 ダンッ!!

 悪漢の一人が壁を力強く叩き、老爺の声を遮った。


「これ以上無駄に喋るんならテメェもシメるぞ。黙って立ち去るか、ここで俺らにぶちのめされるか選べ」

「ふぉっふぉ、怖い怖い。儂はあくまで話し合いで解決したいんじゃがのう」

「そんなに殴られてぇならボッコボコにしてやるよ!」


 男達の一人が拳をポキポキと鳴らしながら前へ出る。


「暴力に頼るか、ならば〖決闘宣言〗じゃ。敗北時罰則はそこのお嬢さんへの手出しの禁止」


 老人から波紋のように〖マナ〗の光が広がり、悪漢達に吸い込まれた。

 彼らはビクリと肩を震わせるも、体に異常がないことを確認して気を取り直す。


「……へっ、ビビらせやがって。ンな子供騙しにゃ掛からねえぞ!」

「アっ、アタシのことは良いので逃げてください!」

「ふぉふぉふぉっっ、生憎とこのような小僧に向ける背中はなくてのぅ」

「なら遠慮なくブチのめせるぜ!」

「そちらから仕掛けて来た以上、決闘は強制成立じゃな」


 男が殴りかかり、少女が悲鳴を上げ、老爺は片手を掲げた。

 男の拳を受け止めるのにはあまりにも心細い細腕。

 それに拳が触れた次の瞬間、男の体はぐるんっ、と回転していた。


「が、はっ」


 地面に背中を強く打ちつけた男は、肺から空気を無理やり吐き出させられる。

 戦闘経験の浅い男は、初めての苦痛に顔をしかめ、地に転がって喘ぐしかない。


「体術がなっておらんのう。〖スタッツ〗に体が流されとるわい。これでは低位の〖長獣〗にも敵わんじゃろうて」

「やりやがったなジジイ!」

「ブッ殺してやる!」

「これはこれは、老人相手に情け容赦のないことじゃ」


 さらに二人の悪漢が突撃するが、鎧袖一触に薙ぎ倒され、残るは少女の傍に立つ一人だけとなっていた。


「ひ、ひひひひ、ヒィっ!? い、一歩でもそこから動いてみろ! こっ、この女がタダじゃ済まねえぞ!」

「きゃあっ!?」


 最後の悪漢が魔法で火の玉を生み出し、少女の顔に突き付ける。


「困った困った、これでは儂は一歩も動けぬのう」

「よ、よし、あんたが動かないならこの女にも手出しは──」

「その言葉、決して違えるでないぞ。〖ウェーブフィスト〗」


 老爺が拳を握り、男に向かって突き出した。

 無論、徒手の射程では男には届かない。


「へぐっ!?」


 が、〖スキル〗は別だ。

 高速で駆け抜けた衝撃波が悪漢の顎を撃ち抜いた。意識が途絶え、魔法も消える。


「さて、怖い思いをさせてすまなんだ。もう連中に絡まれる心配はせんでよいぞ」

「……へ、あ、その……ありがとうございました!」

「よいよい。それよりギルドの場所は分かるかの? 来たばかりで道に迷ってしまったんじゃ」

「あっ、アタシもちょうど向かうとこだったんです! 案内しますよ」

「それは助かるわい」


 そうして老人と少女は呻く悪漢達を残し、路地裏を去って行ったのだった。




「ほほう、お嬢さんもハズレ属性であったのか。それであのような因縁を付けられておったと」

「そうなんです。もぉ大変で……って、お嬢さん()? あんなに強いのにお爺さんもハズレ属性なんですか?」

「そうじゃよ。儂の強さの九分九厘は武術に依るからのぅ」

「へー、すっごいですね……と、ここがギルドです!」

「おぉ、ありがとうのう」


 水色の髪の少女に連れられ、老爺は冒険者ギルドに辿り着いた。


「すみませーん、薬草の買取をお願いしま、って、ギルド長!?」


 早速用事を済ませようとした少女は、こんなところに居るはずのない人物を目にして固まる。

 彼女の声に反応した偉丈夫は、受付の席を立つとノシノシと歩いて来た。


「あっ、あわわわっ、アタシ、失礼を働いて……」

「この度は調査依頼をお引き受けいただき誠に有難く存じます」


 傍まで来たギルド長は勢いよく頭を下げる。

 恐縮する少女の隣、一緒に来た老爺は鷹揚に頷き、答えを返す。


「礼など良い。旅のついでであるし、〖凶獣〗と戦えるのなら儂も本望じゃ。それより(くだん)の〖マナ〗の衝突じゃが、恐らく〖凶獣〗同士の争いじゃな。〖制圏〗の衝突した痕跡があった。さりとて町の付近にはおらんし心配は要らぬ。それから一匹、希少な魔獣が──」


 朗々と説明を続けていく老爺。それを聞いているギルド長。

 少女は状況に付いて行けず混乱するばかりだ。


 しかしながら、会話の途切れたタイミングで質問することに成功する。


「えっ、おっ、お爺さんって、何者なんです……か?」

「おや、自己紹介がまだでじゃったな。儂の名はトルバと言う」

「え、それって……」

「英雄級冒険者の一人、“戦鬼”と言った方が通りが良いかのう」


 世界有数の才人。冒険者の最高位。

 目の前の老爺がそんな人物だったと知り、少女は絶叫したのだった。

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