水泳
体の奥から湧き上がる力。それがハモの絶命を教えてくれていた。
「(まあ倒せたのは良いんだが、問題は……)」
ハモを見れば、その体は泉の中央付近に浮かんでいた。
せっかくだし喰いてぇが、あそこまで行く手段がねぇんだよなぁ。
……いや、無いなら覚えればいいだけか。
オレの【ユニークスキル】なら可能なはずだ。
「(よし、泳ぎの〖スキル〗をここで手に入れてやる!)」
これでも小学生の頃は近所のスイミングスクールに通っていた。
他の〖スキル〗よりも取得しやすいはずだ。
「スラスラ」
まずは準備運動。いつの間にか手に入れていた〖踊り〗のお陰でキレのいい動きができた。
それから水辺に寄り、ちゃぷちゃぷと水を自分に掛ける。
そして満を持して泉に入った。
「スラー」
体をビート版みたく薄く広げ、水面に倒れ込む。
ドボン。
オレは沈んだ。浮力は仕事をしなかった。
「(クソッ、重すぎだろ!)」
慌てて畔に戻る。
ふぅ、危うく溺れるとこ……うん?
そう言えばさっき、息苦しくは無かったな。
思い返せば、ハモの渦巻きに呑まれた時も平気だった。
「(もしかしてスライムは呼吸しなくてもいいのか……?)」
スライムの生態は我が事ながらよく分かっていないが、そう言えば意識して呼吸したことはねぇ。
もしかすると……。
ちゃぷん。
恐る恐る水に入る。
少しずつ体を沈めて行き、やがて全身が浸かった。
息苦しさは今はまだない。
そのまましばらく潜り続けるが、一向に酸素不足は感じねぇ。
これは……確定と見て良さそうだな。
スライムは息をしなくても生きてられる。
「(よし、これなら泳げなくてもハモが食えるぜ)」
意気揚々とオレは泉の奥に進み行く。
なお泉の中央付近は底が深かったため、鞭を伸ばしても水面のハモには届かなかった。
ちくしょう……。
~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~
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>>不破勝鋼矢(ジュエルウェポンスライム)が〖スキル:水泳〗を獲得しました。
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「(ふぃ~、泳ぐのは気持ちいいぜ)」
あれから猛特訓して〖水泳〗を覚え、ハモも鹿二体も完食した。
〖長獣〗三体を呑み込める〖食い溜め〗の容量にはビックリだ。
そうして食事を終え、今は食後の運動をしている。
即ち水泳だ。
もうこの泉に脅威となる魔獣は居ないみてぇだし、自由気ままに泳げるぜ。
ちなみに、泳ぐのには風船方式を採用した。
体を球状にし、内部を空気で満たしたのだ。
〖水泳〗の補正も相まって、かなり自在に泳げている。
まあ、風船状態だと体内に異物が混じったような不快感があるが、そこは我慢だ。
「(よっと、ここら辺で良いか)」
充分に遊泳を堪能したところで陸に上がる。
初めにハモと戦っていた位置とはちょうど反対側に当たる場所だ。
せっかく水上移動ができるのだから、と真ん中を突っ切って移動してみた。
〖マナ〗の濃さはそんな変わってねぇし、意味があったかは疑問だけどな。
「(いよっし、気を取り直して探索だ)」
時刻はお昼。日が暮れるまでにまだまだたくさんの獲物を狩れる。
上手く行けばまた〖進化〗できるかもしれねぇ。
てな訳でずんずん森を進んで行く。
目指すは〖マナ〗の濃い方角。
一応、この前の大熊みてぇなのが出てくることを警戒し、〖隠密〗も使っている。
「(見つからねぇなぁ)」
まあ、少し歩いただけじゃ獲物は見つけられねぇが。
どこまで行っても見飽きた森の景色が続く。
木、木、茂み。木、薬草、逃げる小動物。木、爺さん、木……ん? 爺さん?
「(何でこんなとこに老人が居やがんだ!?)」
思わず二度見した。
見間違いじゃねぇ。ガチだ。ガチで人間のお爺さんが森を徘徊していた。
白髪の多く混じった茶髪に皴の多い肌。
手足は箸みてぇに細く、どっからどう見てもお爺さんだ。
「(ま、迷い込んじまったのか……?)」
服装も味気ないただの布の服だし、そうとしか考えられねぇ。
森で見る人間は大抵、鎧やローブで身を包み剣や杖などを構えている。けれど爺さんには何一つ当てはまらない。
きっと、これまでは運よく魔獣に出会わなかったのだろう。
けど、あんな爺さんが魔獣に会ったら一堪りもねぇ。
しかもあの人が向かっているのは森の奥地、〖マナ〗の濃い方だ。
止めねぇと遠からず魔獣の餌食になっちまう。
「(でも、人前に姿を現すのは……)」
もし姿を見られて〖経験値〗の多いモンスターが居ると言いふらされたら、オレを狩ろうとする人間が大勢やって来るかもしれない。
人間の情報集積力ならジュエルスライムのことを知っていてもおかしくないのだ。
──だから、ここは見捨てるのが賢明。
「(……いやっ、こんな状況で見捨てられるわけねぇ!)」
浮かんだ弱気な考えを、頭を振って振り払う。
オレはあの日見た森亀みてぇに強くなると決めたんだ。
そんな奴が「人間に狙われるの怖いですー」なんて理由で行動を躊躇するなんざお笑い草だ。
人間が大挙して押し寄せたとして、無傷で逃げ切ってやるくらいの気概でいるべきだよな!
自身の意思を確認し、オレは老人の前に出てこうとする。
しかしその矢先、オレは落ちていた枝を踏み音を立ててしまった。
老人がこちらを振り向く。
「ふぉふぉっ、ジュエルスライムの上位種とはのう。長生きもしてみるものじゃわい」
──ヤバイ。
彼と目が合った瞬間、全細胞が警鐘を鳴らした。
条件反射で〖逃走〗を開始する。
〖逃走〗を使い、〖跳躍〗を使い、〖登攀〗を使い……気付けば〖回避〗が発動している。
「〖パーヴェイドフィスト〗」
軽い感触だった。
いつの間にか背後に迫っていた老人が、撫でるような強さでオレに触れた。
「(か、は……っ!?)」
衝撃は一拍遅れて訪れた。
大熊に殴られた時に似ているが、しかしそれより遥かに痛烈だ。
肉体が内側から爆ぜるような感覚と共に、周囲の景色が後ろに吹き飛ぶ。
逆か。オレが凄まじい速度で吹き飛ばされたのだ。
「(っ、雷撃!)」
痛みに霞む意識の中で【ユニークスキル】を発動。
目眩まし兼追跡防止のため、柱状に雷を出し続ける。
雷柱は太くはないため、少し回り込むだけで簡単に避けられる。
が、それでもそんな僅かな時間でも欲しいぐらいには状況は切迫していた。
「(〖跳躍〗っ、〖コンパクトウィップ〗っ、〖コンパクトウィップ〗っ、〖跳躍〗!)」
斜め上へ跳び上がり、鞭を枝に巻き付け強引に体を前方に引っ張る。
時には幹に体を着け、そこから水平に跳んだりした。
兎にも角にも速さが欲しい。
逃げるため距離を取るため少しでも早く離れるため、ありとあらゆる手段を尽くした。
やがて疲労で身体が動かなくなり、木の陰に身を潜めた時、オレは老人をとっくに振り切っていた事に気が付いた。
~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~
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>>不破勝鋼矢(ジュエルウェポンスライム)が〖スキル:遁走〗を獲得しました。〖逃走〗が統合されます。
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