エピローグ、そして──
カオス討伐から一日。
長期戦の疲れを癒すため一眠りした後、ささやかな祝勝会が開かれた。
“魔王”が帝城の一室を提供してくれ、食材には東大陸の植物魔獣の果実や野菜を主に使った。
カオスの脅威に晒されながらも生き残りが居る生命力はさすが植物ってところか。
討伐に関わった人だけを集めた小さな宴会が終わり、そしてテラスから帝都を見下ろしている二人の元へ水晶玉が転がっていく。
「おー、コウヤ君お帰り」
ポーラが水晶玉に話しかけた。
このジュエルスライムをイメージして作られた水晶玉はオレの端末。
これを媒介に見聞きしたりできる他、飲み食いも可能だ。おかげで料理も楽しめた。
「挨拶回りは終わったの?」
『あぁ、粗方な。ポーラとフィスで最後だぜ』
ついさっきまで、オレは商家の息子のエルゴや地下帝国のキサントス親子など、この世界で知り合った人々に別れを告げて回っていた。
〔大地〕の〔司統概念〕は城の上階とかじゃねぇ限り、地上の全てを探索できるから見つけるのにはそう手間取らなかった。
あとはタイミングを見てその場に水晶玉を生み出し、話しかけるだけ。
少し集中力は要るが、〔神〕の声は世界中の届けたい者に届けられるのだ。
「そっか、もうアタシ達の番かぁ……寂しくなるね」
「ん、残念。達者で」
この世界を去る。
そのことは既に伝えていた。今来たのは改めて別れを告げるためだ。
『オレはまあぶっちゃけ大丈夫だ、危なくなることなんざ早々ねぇからよ。二人の方こそ元気でな』
「ふふっ、そうだね。アタシも健康無事に過ごして、魔法を探求して……それでいつか追いつくよ」
『? どういう意味だ?』
不敵に笑うポーラに真意を問う。
「コウヤ君が神様になった時、これまでにないくらい空間が揺らいだんだ。それで霧が晴れたみたいに分かったの。この世界の外側にも空間が在って、その空間にいくつものセカイが浮かんでるんだって」
『……っ』
それは、オレが〔神〕になって得た基礎知識と一致するものだった。
世界を規定するのは、その星の〔神〕の〔星圏〕。星から一歩踏み出せばそこはもう世界の外となる。
「その時直感したんだ。アタシの〖属性〗の本質はセカイそのものなんだなぁって。あと一度〖昇華〗すれば……ううん、もしかすると〖第六典〗まで高めなきゃかもだけど、いずれはきっと他のセカイへも行けるようになる。だからさっきフィスちゃんと話してたの、もしアタシがそのレベルまで魔法を究められたら、一緒にコウヤ君を探しに行こうって」
「そう。だから私、その時までこの世界を旅する、存分に。これまで見れなかった色んなもの、見て回る」
『へぇー』
二人の展望を聞かされ、思わず感嘆する。
明確に未来の目標を持つ二人に倣い、オレもこれからの目標を立てよう。
『そうか……ならオレはもっと強くなるよ。〔神〕になった以上、これまでみてぇな一足飛びの成長は出来ねぇけど、でも、他の世界を渡り歩く中でどうにかして『強さ』の段階を一つ上げてやる』
「じゃあ競争だね! コウヤ君が強くなるのが先か、アタシ達が追いつくのが先か」
『だな』
それから二、三他愛もない会話をし、そして切り出す。
『そろそろ行って来る。あんま待ってるとズルズル引き延ばしちまいそうだしな』
二人は無言で頷いた。
最後に水晶玉を無数の輝く粒へと変え、その場への干渉を取り止める。
『もう良いのか、新たなる〔神〕よ』
帝城から遥かに離れた空の上。
カーマンラインに差し掛かろうかという超高高度にオレの本体はあった。
『大丈夫だよ、必要なことは済ませた。あんたも元気でな』
声を掛けて来たこの星の神へ返答する。
彼の本体は中心核に埋まったままだが、オレ同様離れた場所に声を届かせるくらいは訳ない。
つっても、つい最近までそれすらも危うい容態だったんだが。
『汝の捧げしカオスの〔魂〕により我が病状は峠を脱した。じき、残りの傷も癒え壮健とならん』
カオス戦の最後、〔大地〕でトドメを刺したのは確実に殺すための他に、神様に〔魂〕を捧げるって狙いもあった。
大地は〔神〕の肉体だから、そういう使い方も出来るんじゃねぇかと思ったんだ。
その試みは見事成功。量だけは無駄にあったカオスの〔魂〕により、神様にも会話するくらいの余力が生まれた。
『汝には大恩が有る。何時でも我が〔星界〕を訪ねるが良い』
『困ったらそうさせてもらうぜ』
そう言ってから、星空を見上げる。
宇宙空間に程近いため時間を問わず星が見えるが……〔神〕の瞳に映るのは物理的な光を介さない星空。
〔神〕やそれに準ずる存在にのみ知覚可能な、位相の異なる空間──〔虚空〕。
ポーラが認識したと言っていたのは恐らくこの〔虚空〕であり、この星空に輝くのは恒星ではなく〔星界〕、生命の存在する星だ。
この捻じれた空間を通ることで、何万光年と離れた星にも短期間で着くことが出来る。
転生の際、オレの〔魂〕もここを通ったはずだ。
『あれが地球か』
暗雲の渦に取り巻かれた青い星を見て呟く。
目を凝らせば、黒い雷みてぇなものがそこら中に突き刺さっているのが分かった。
『是。汝の召喚よりしばしして斯様な暗雲が観測されん。推し量るに他星の〔忌世怪〕の襲来なり』
『だろうな。奥の方にデカイ流星群みてぇなもんも見えるし』
どうやら、故郷は故郷でなにやら面倒ごとに巻き込まれているようだった。
『はぁ……ま、修行相手には困らねぇか』
面倒事をポジティブに捉え直し、ついでに気も取り直す。
『じゃあ、行くか』
そうして、スライムとして生まれ落ちた世界から一歩、踏み出す。
無双の異形へと至るオレの旅路は終着し、新たなる旅が始まったのだった──。




