1.最悪なパーティー
歴史ある学園の卒業を祝う夜会は、王宮の大広間を借りて行う。
運営はすべて学園の生徒たちが行い、最後まで責任を負うこととされている。
夜会の責任者はこの国の第一王子のフォレッド生徒会長だった。
夜会の開始の宣言は先ほど終わり、あと少しでダンスが始まろうとしていた。
その合間の、ほんの少しの時間に事件は起きた。
数人の若い男女が広間の中央に少しだけ歩みを早めていく。
その中の一人、フォレッド王子が周りを見渡した後、こう叫んだ。
「王太子として宣言する!俺はミルティア・ティンハニとの婚約を破棄し、
妹のレミアと婚約する。証人はここにいるみんなだ!
ミルティアはいないのか?早くここに来い!」
名指しされたミルティアは仕方なく広間の中央に出てきた。
卒業を祝うための夜会のはずなのに、エスコートも無く一人で入場し、
婚約者のはずのフォレッドが肩を抱いているのは義妹のレミアだ。
二人が恋人同士なのを学園で知らない者はいない。
そのせいか、婚約者だというのにミルティアは厄介者扱いされていた。
…それが簡単にできるのなら、いつでも婚約破棄を受け入れたというのに。
何度も何度も苦情を入れても聞き入れられたことなんて無い。
この国を、彼を守るためだけに、仕方なく受けた婚約だった。
こんなにもつらい思いをしてまで耐えてきたのは何だったのだろう。
「文句はないのか?ミルティア。
俺は寛大だからな。恨み言があるなら聞いてやる。」
発言して良いと言われても、もう何を言っても無駄だろうと思う。
…こんな公の場で怒りを見せてはダメ。落ち着いて、淑女らしく。
「わかりました。至らない身で申し訳ありませんでした。
婚約破棄を謹んでお受けいたします。」
そう言って、臣下としての最高礼をする。
これで用件は終わったはずだ。あとは帰ろう。ここにいる必要はもうない。
もうこの国がどうなろうと、私のせいではない。
そう思ったのに、フォレッド王子の話はまだ続くようだった。
「よし。これで婚約破棄は成立したな。
それで、俺としてはお前にも新しい男を見繕ってやろうと思う。
なんといっても、俺は優しい男だからな。」
「やだぁ。フォレッドってば、優しいぃ。」
「そうだろう?」
「えっ。」
いったい何を言うんだろうかと思ったら、後ろから二人の男に腕を押さえられた。
両腕をがっしりと捕まえられ、少しも身動きが取れない。
え?私を捕まえて何をする気なの?
「これを飲め。」
フォレッドが出したのは見るからに怪しげな小瓶で、そんなものは飲みたくなかった。
なのに、顔を掴まれるように口をこじ開けられ、流し込まれてしまった。
甘苦いどろっとした液体が口の中に入ってくる。
「これはよく効く媚薬だ。すぐに動けなくなるだろう。
三十数えるまで追わせるのは待ってやる。好きに逃げろ。
いいか、俺が三十数えたら誰でもいいからみんなで追いかけていいぞ。
こいつは捕まえたものが好きにしていい!」
「きゃはっ。捕まえるのは一人じゃないかもね。
新しい男、何人できるかしら。」
「いくぞ~三十。」
まずい、早くここから逃げなければ。
すぐに逃走経路を思い出し、バルコニーに出る。
夜会が始まったばかりだから、バルコニーにはまだ誰もいないはずだ。
自分の姿が大広間から見えなくなる場所まで逃げて、口の中にある液体を吐き出した。
ハンカチを口の中につっこんで、残りの液体もできる限りハンカチに吸わせる。
きっと追いかけてくるものは、私がバルコニーから下りて中庭に逃げたと思うだろう。
バルコニーを横に突っ切って建物を曲がり、最初の通用口で王宮の中に戻る。
王宮内の廊下で足音が響かないように靴を脱いで手に持ち、すぐ近くの階段を駆け上がった。
王宮で受けた教育で緊急時の避難についても教えられている。
この国の王族は暗殺される危険と隣り合わせだからだ。
だから、王宮内のどこを通ればいいのかは頭に入っていた。
媚薬を吐き出したとはいえ、少量は口にしてしまっている。
今は何よりも先に医術師室に行って解毒薬をもらうことを優先しなければいけない。
二階の奥の階段を降りると執務室の横にある医術師室の前に着く。
階段を降りて、医術師室を開けようと扉に手をかけたが、鍵がかかっている。
まずい…もうすでに医術師は帰宅してしまっているようだ。
夜間に医術師が待機しているとすれば後宮近くになる。
そこまで行く前に動けなくなりそうだった。
さっきから激しい動悸と、身体の奥から熱がこみあげてくるのを感じる。
ほとんど口にしていなかったのに、この効き目。かなり強い媚薬だったようだ。
…どうしよう。
このままうずくまっていたら、見つかるかもしれない。
ふと見えた執務室の先、宰相室から光が漏れているのが見えた。
扉がきちんと閉まっていないということは、誰かがいる。
あの扉は宰相室。もしかしているのだろうか……彼が。
…彼ならまだ仕事をしているに違いない。
もし彼がいたとして、助けてって言っても、大丈夫?
迷ったけれど、もうすぐ限界がきそうだった。
なんとか宰相室の前までたどり着くと、崩れ落ちるように扉を押して入った。
そのまま倒れるように床に座り込んでしまう。
「どうした?…ジェイか?」
懐かしい声が聞こえる。誰かほかの人と勘違いしているみたいだけど…。
「令嬢?おい、大丈夫か、…え?ミルティア?」
近くまで来て、ようやく私だと気がついたらしい。
すぐさま抱きかかえて呼びかけてくれるけど、もう限界だった。
「…媚薬、飲まされて…。」
「媚薬?」
それだけ伝えると、カインはすぐさま私を抱き上げ、奥の部屋に連れて行った。
ソファに座らせると、何か机から探し出してきて戻って来た。
「ミルティア、口を開けて。解毒薬だよ。」
背中を支えるように抱きかかえ、瓶のふちを口に当ててくれる。
少しこぼしてしまったけど、なんとか解毒薬を飲み込むことができた。
良かった…これで最悪の事態は無さそう。
「ミルティア、ここに簡易寝台があるから、少し休んで。
一時間もすれば動けるようになるはずだから。
…公爵家に連絡はしないほうがいいね?
俺と会ったのが知られるとまずいだろう?」
そういう理由ではなかったけど、家に連絡されると困る。
うなずこうとして、身体がうまく動けないことに気が付く。
解毒薬が効いていない?こみあげてくる熱を逃げせずに息ができない。
「…?ミルティア?聞こえてる?…まさか解毒薬が効いていないのか?
まずいな…この解毒薬が効かないなんて…。
ミルティア、ごめん。少しだけ我慢して。」
寝台に寝かされたまま横向きにされ、ドレスを脱がされて行く。
そのままコルセットの紐をゆるめられ、下着姿にされる。
恥ずかしいけど、それよりも苦しい。早く楽にしてほしい。
身体中をまさぐって、ぐちゃぐちゃにしてほしい。
こんな欲望がどこに眠っていたのか、どこまでも湧き出して止まらない。
「…お…がい。さわ…て…カイ…ン。」
「…っ。ミルティア、ごめん…。
俺がしちゃいけないのはわかってる…けど、さわるよ?」
違う…謝らないで。
カインがいいの。カインじゃなきゃ嫌なの。
その思いは伝えられないまま、
すぐに恐ろしいほどの気持ち良さに何も考えられなくなっていった。