その5
ルナの問いに私は自信を持って答える。
「はい。それは間違いないと思います。ただ、まだ誰かまでは絞れていないの」
「そうなのですか」
考え込むように頷くルナへ、私は言葉を次ぐ。
「まあ、そうじゃないかなぁ、って人はいるんですけどね」
私の推測に、ルナは興味を示したようだった。
「どなたかお訊きしても?」
尋ねてくるルナへ、私は会心の笑みを浮かべてみせる。
「あなたの主、シチュワート王子ですよ」
ある意味核心をついていると思って披露した名前に、まあ、とルナは目を見開いた。
「それでは、アリシア王女は想いを成就できないではないですか!」
ルナの発言に、私は首を縦に振る。
「そうなの。シチュワート王子が本当のところ誰を思っているかわからないけど、アリシア王女ではなさそうですし」
頬に手を当て考え込んでいると、ルナがためらいがちに口を開いた。
「あの、一応申しておきますが、我が主はあなた様に恋していらっしゃると思いますよ、確実に」
真剣な顔をぐいっと寄せてくるルナに対し、私は眉根を寄せる。
「それなのよね。そもそも今まで一度も会ったことがないのに、どうして私を好きになることができるんですか?」
私はルナに訊く。
平民と隣国の王子に接点などあるはずがない。それなのなぜ、と。すると、ルナは明後日の方を向き、言いづらそうに目を泳がせた。
「あー……、それは、ええっと。お会いしたことがあるからでは?」
ルナの言葉に、私は白い目を向けた。
「ええー?! 記憶にないなぁ、本当ですか? ルナさん」
半ば疑うように問うと、ルナはがっくりと肩を落とした。
「何も、覚えていらっしゃらないんですね。まあ、無理もありませんが」
悲しげなルナの声音に、私は本気で驚く。
「え? 本当に私シチュワート王子に会ってるんですか!? いつ!?」
「それは、ご本人に直接お聞きになるのが一番かと思いますわ」
断固としたルナの言葉に、私は二の句が継げなくなった。
「まあ、そうです……けど……」
知っているなら教えてくれたっていいじゃない。思ってルナを見遣るが、ルナは人差し指をピッと立ててきた。
「それよりも、です」
話の方向性を強引に変えられ、私はしかたなく頭を縦に振る。
「アリシア王女のことですよね。うーんと、どこまでお話しましたっけ?」
確認をとると、ルナが首を左右に振ってきた。
「いえ、それもありますが、まずその言葉遣いです。わたくしに敬語は不要ですので、どうぞ普通にお話くださいな」
「え? で、でも……」
虚をつかれ目を瞬いていると、ルナが姿勢を正してくる。
「お願いいたします。エミリー様は現在宮廷巫女として招かれていらっしゃいますし、今の主はエミリー様でもあるのですから」
「は、はあ……」
「どうぞお願いいたします」
二度も頼まれてしまうと、なんだか断りづらい。私はおずおずと肯定した。
「わかり……たわ」
歳はそんなに変わりはないけれど、身分が上の人に砕けた言葉を使うのは勇気がいる。どうにか言葉にすると、ルナが安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます」
礼を言われるようなことではないのだが、これ以上何か言っても無駄なのでやめておく。ルナに合わせて笑みを作っていると、では、と、ルナが話を切り出した。
「改めてお訊きいたしますけれど、アリシア王女の想い人がシチュワート様でいらっしゃるとしたら、どうなさるのです?」
ルナの質問に、私も腕を組む。
「そうなんで……じゃなかった。そうなのよね。でも私は自分の犯していない罪を認める訳にはいかないし」
認めたが最後、私は今度こそ火あぶりだ。
(んーしんどいなあ)
溜め息を吐いていると、ルナが心痛げな顔で言葉を紡いだ。
「もし本当にそうなのでしたら、アリシア王女に別の方をご紹介する以外ないのでは?」
ルナの提案に、私は眉間に皺を寄せる。
「うーん、それもそれでちょっと……。って!」
突然脳裏に閃くものがあった。そうだ! これしかない!
「そうよ! そうだわ! この手があったわ!」
「なんでしょう?」
目を白黒させるルナに、私は興奮冷めやらぬまま考えを口にした。
「つまり、シチュワート王子がアリシア王女を好きになればいいのよ!」
「ええ!? いえいえ、それは、あまりにも残酷と言いますか。なんと言いますか」
必死で否定するルナの肩な手を置く。
「大丈夫よ。シチュワート王子はまだ本当の私を知らないんだもの。きっと普段の私を見れば幻滅するはずよ」
私のアイデアに、だが、ルナは賛成してくれない。
「エミリー様。残念ながらそれはないかと思われますが……」
こめかみに指を当てつつ告げてくるルナへ、私は首を横に振る。
「ううん、大丈夫。絶対これよ! 私は平民だもの。私が私らしさを見せれば、きっとシチュワート王子の目も覚めるわ。そこへ王子へ『縁の聖水』を飲ませれば……」
「縁は切れる、と?」
ひたと瞳を見据えてくるルナを、私は見つめ返す。
「そう! いいアイデアでしょ?」
自信満々で問いかけると、長い溜め息が返ってきた。
「そんなに上手くいくでしょうか……」
「いくわ。いいえ、いかせてみせるわ。だって私は通称『縁切りの聖女』なんだもの。本領発揮といきましょう!」
私が平民として身勝手に振る舞えば、シチュワート王子に嫌われるのも時間の問題だ。でも、やるなら徹底的に。それが、きっと私のためにもなる。さてさて、まずはどのような趣向で嫌われるとしようかな?