最終話
ワイアード王の結婚式から数日が過ぎた。
「エミリー様、そろそろお時間です」
「ありがとう、ルナ。行きましょうか」
「はい」
私は扉を開けるルナに微笑み、歩き出す。
すると、横目でルナの相好が崩れているのに気がついた。
「どうしたの? なんだかにやにやしちゃって」
ルナに尋ねると、ルナが頬に手を当てる。
「私はとても嬉しくて。我が主、シチュワート様の念願でもありましたけれど。国に帰ったら正式にエミリー様付きにさせていただくつもりです」
語気を強めるルナに、私は少しためらってしまう。
「あ、ありがとう、ルナ。あなたが私の側にいてくれたらこれほど心強いことはないわ」
なんとか思いを言葉にすると、ルナが満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。絶対にあなた様のお側を勝ち取ってみせますわ」
ルナの言葉に、私は目を剥く。
「そんな、勝ち取るってほど競争率ないと思うわよ?」
すると、ルナは食い気味に、反論してきた。
「そんなことはありません! エミリー様のことはお人柄も含め逐一国にも知らせておりますから」
「そ、そうなの?」
「はい。そのため相当な人気なのですわ。何しろ本物の聖女様でもいらっしゃいますし」
ルナの紡ぐ言葉に、私は頬を掻く。
「聖水を作ることができるだけだけどね」
自嘲気味に告げると、ルナが胸を張った。
「十分ですわ」
「大げさねぇ……」
小さく溜め息を吐いていると、前方から足音が聞こえてきた。
「エミリー! 支度はできましたか?」
振り向くと、シチュワート王子が息を切らせて立っている。
「シチュワート様? 外で待っていらっしゃるのでは?」
「そのつもりだったのですが、ワイアード王があなたのご両親を呼んでくれていましてね。今馬車の前で待ってもらっているんですよ」
シチュワート王子の言葉に、私は目を瞠った。
「お父さんとお母さんが?! 大変!」
「さあ、急ごう!」
「は、はい! ……とっ!」
手を引かれて走り出すも、ヒールが床に引っかかってしまう。
「どうしました?」
「ええっと、ちょっと靴に慣れていなくて」
私が恥ずかしさに耐えて事実を告げると、シチュワート王子が目を瞬いた。
「ああ、そういうことでしたか。なら」
言うが早いか、身体が持ち上げられる。
「ええ?!」
「さあ、これでいい。行きましょう!」
抱き抱えられ、私が目を白黒させている間に、シチュワート王子は走り出してしまった。
「こ、困ります! シチュワート様!」
我に返って抗議すると、シチュワート王子が目配せしてくる。
「大丈夫ですよ、あなたは私の婚約者なのですから」
「は、はあ……」
こうなったらもう誰もシチュワート王子を止めることはできない。私は恥ずかしさに耐えて顔を伏せる。しばらくすると、前方から母親の声が聞こえてきた。
「え、エミリー?」
状況に戸惑っているらしい母を前に、私は視線をさ迷わせる。
「ええっと、これは、その……」
言い淀んでいると、シチュワート王子が私を降ろして父母の前へ立った。
「急いでお会いするための対処でした。少々乱暴に見えてしまったのでしたらお許しください」
一礼するシチュワート王子に、母が戸惑いぎみに笑う。
「い、いえいえ。仲がいいみたいでよかったわ。ねえ、あなた」
「ま、まあ、仲が良いのは悪くないが。少し早すぎるんじゃないか?」
父が少しだけ仏頂面をすると、シチュワート王子が私に同意を求めてきた。
「今どきの恋人同士なんてこんなもんですよ、ねえ、エミリー?」
「え? そ、そうなんですか? シチュワート様」
そんなことは聞いた試しはない。私は瞬きしてシチュワート王子へ問い返す。すると、シチュワート王子が深々と頷いた。
「そうですね。こんな感じなのではないかと思います」
「そうなんですか……」
「むうー……」
私の声と父の声が重なる。なんとなく納得のいかない気分でいると、母が父を宥めた。
「いいじゃない、頼りがいがありそうで」
母の言葉に、渋面を作っていた父が肩の力を抜く。それからシチュワート王子を見つめると、父は王子に呼びかけた。
「シチュワート王子」
「はい、お義父様」
シチュワート王子が返答する。
「先日も言ったばかりですが、娘は平民です。それでもあなたは良いと言われた。ですが、まだ何も知らない娘です。どうぞ幸せにしてやってください」
父の言葉に、シチュワート王子が表情を改める。
「はい。私の生涯をかけて守り通していきます」
「よろしくお願いします」
しっかりと互いを見つめ紡がれた言葉に、私は不覚にも泣きそうになる。どうにか涙を堪えていると、母が近づいてきた。
「エミリー、あなたもシチュワート王子様のことを信じて、二人で幸せになるんですよ?」
「はい、お母さん」
私が頷くと、母が微笑む。しばらく互いに見つめ合っていると、横合いから声が聞こえてきた。
「おお、会えたみたいだな」
歩いてきたのはワイアード王とアリシア王妃だった。
「ワイアード王にアリシア王妃! 両親に会わせてくださりありがとうございます」
私が頭を下げると、ワイアード王がからからと笑う。
「何、アリシアがどうしても、と言うのでな」
「せめてもの罪滅ぼしですわ」
微苦笑を浮かべるアリシア王妃に、私は礼を言う。
「ありがとうございます、アリシア王妃」
「あなた方の結婚式、楽しみにしてますわね」
「はい」
アリシア王妃に握手を求められ、私はその手をとる。
「まだまだ色々とあるでしょうけれど、負けないでね」
「は、はい……」
それが何を意味しているのか分からず、ただ激励してくれているのは確かなので、私は首肯した。
「さて、では行きますか? エミリー?」
腕を構えてくるシチュワート王子に、私は答える。
「はい、シチュワート様」
私がシチュワート王子に腕を絡ませると、シチュワート王子と馬車へ向かって歩きだす。
これからどんなことが待ち受けているのだろう。まだまだわからないことだらけだけれど、この人が、シチュワート王子が隣にいてくれるのならば、きっと大丈夫。
そう思って見上げれば、優しい笑みが私を受けとめてくれる。
一緒に歩いていこう。
愛しいシチュワート王子との長い旅路を。
了
最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。
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