その2
「けれど、ワイアード王。あなたは先ほど彼女を火あぶりの刑に処そうとしたばかりではないですか。いらないというのであれば、私がいただきたいのです。ごく個人的に」
シチュワート王子がやんわりとワイアード王の身体を押し戻す。ワイアード王は信じられないとでも言わんばかりに眉根を寄せた。
「シチュワート王子、本気でそのようなことを? この者は罪人なのだぞ。それでも妃にしたいと?」
「はい。あ、もちろんエミリー様も望んでくだされば、の話ではありますが」
言いつつ甘い視線を送ってくるシチュワート王子に、私の胸はうっかり跳ね上がってしまう。だって、しかたないじゃないか。慣れてないんだもの。咄嗟に俯く私に周囲の視線が注がれているのがわかる。ワイアード王もその一人だろう。不可思議な沈黙が降り、やがてワイアード王が口火を切った。
「わかった。だが、我が国にも我が国のプライドがある。エミリーよ。そなたの罪を許すのに、一つ条件がある」
条件? まあ、火あぶりを回避できるのなら、この際なんでもやるつもりではいるけれど。
「なんでしょうか?」
とりあえず訊いてみる。すると、ワイアード王が顎に手を当てた。
「そなた、我が妹アリシアには他に想い人がいると言ったな?」
「はい」
「ではその真の想い人とやらを捜しだし、その者との縁談を成功させよ」
思いもかけない命に対し、私は目を瞬く。
「アリシア王女の、ですか?」
いまいち状況が呑み込めず問いを重ねると、
ワイアード王が重々しく頷いてきた。
「そうだ。そなたが真実聖女であるならば、見事にやり遂げられるはず。違うか?」
あからさまな挑発に、王様とはいえ少しだけカチンときてしまう。理ったらどんな反応をするだろうか。ちらりと考えが過ぎる。だが、それではせっかく助けてくれたシチュワート王子に申し訳ない。私は姿勢を正してはっきりと答えを返した。
「わかりました。お引き受けいたします」
すると、それまで私たちのやり取りを黙って見ていたシチュワート王子がずいっと進み出てきた。
「ならば、私がお借りしている塔の一室をお使いになればいい。エミリー様は私の婚約者なのですし、この国の聖女でもあるのですから」
シチュワート王子の提案を、ワイアード王が否定する。
「それは困る。エミリー殿には我が国の宮廷巫女として招かせていただく。巫女殿のいるべき場所は以前から決まっているしな」
胸を反らせるワイアード王に、シチュワート王子が異を唱える。
「それでは行動が制限されてしまうではないですか」
「そんなことはない。城の中はどこに行っても構わない。だが、街へ勝手に出向くことは御容赦願いたいが」
「それではほとんど街の散策さえできないではないですか!」
あくまで虜囚扱いだ、と暗に告げるワイアード王の言葉に、シチュワート王子が反論し続ける。私はその様子を見て、不覚にもちょっとだけ感動してしまった。だって、シチュワート王子が、自分の欲のためだけに言っているのではないことがわかるから。確かに私はシチュワート王子とどこかへ出かける約束をした。でも、それは別に城内の庭園だろうと構わないはず。それをあえて街の散策、とした理由はきっと、私の気持ちを考えてのことだ。もっと言えば、私と、私の両親の気持ちを。
「シチュワート王子、そもそも彼女はまだ罪人でもあるのだぞ」
あきれ声で告げるワイアード王を前に、シチュワート王子は一瞬口を閉ざし、それから少し何かを押し殺したような声音で、それでは、と言葉を紡いだ。
「私と共にある時は城外に出ることをお許し願いたい」
「わかった。シチュワート王子と共に行動する際は、城の外へ出ることを許そう」
「ありがとうございます」
ワイアード王が頷くとシチュワート王子は軽く頭を下げる。それから微笑をたたえ、私の方を向いた。




