その2
翌日は雨だった。
私は雨が好きだ。けれど、両親の元へ行くために迎えに来てくれたシチュワート王子に、私は提案した。
「今日は雨になってしまったので、両親への挨拶は後日にしませんか?」
私の言葉に、シチュワート王子の顔が曇る。
「雨の日に伺ったのではご迷惑でしょうか?」
「いいえ。そういうことではないんですが。両親は雨の日になると、庭を眺めながらのんびり過ごすのが好きで、娘の私もなるべくそういう日は邪魔しないようにしていたんです」
私はシチュワート王子に説明する。すると、シチュワート王子の目が和んだ。
「そうなんですか。やはりエミリー、あなたは優しい女性ですね」
シチュワート王子の言葉に、私は頬を熱くする。
「普通ですよ。うちの両親の仲の良さは近所でも評判ですし。邪魔したら私の方が怒られちゃうかもしれないから」
「怒るんですか? 本当に?」
茶化すように見つめてくるシチュワート王子に、私はかぶりを振った。
「いいえ。多分そんなことはないと思いますけど。でも、とにかくあまり邪魔しちゃいけない雰囲気なんですもん」
「それを察して一人で過ごすところが優しいんですよ、エミリー」
シチュワート王子が口許を綻ばせるが、私は別のことが気になった。
「あの……」
私はためらいつつシチュワート王子へ尋ねる。
「なんですか?」
目を瞬かせるシチュワート王子に、私は視線を逸らしながら口を開く。
「さ、さっきからその、呼称が、その……」
「エミリー、ではいけませんか?」
「いけないことはないんですが、その、ちょっと恥ずかしいと言いますか……」
語尾を濁す私に、シチュワート王子が少しだけ頬を膨らませた。
「でも、あなたは以前ワイアード王にそう呼ばれても怒らなかったじゃないですか」
拗ねたように話すシチュワート王子に、私は言い訳を試みる。
「あ、あれは! その! 下手に言い咎めると良くないかな、と思って……」
恥ずかしくて死にそうになりながらなんとか言葉を紡ぐと、シチュワート王子が顔を覗き込んできた。
「本当に、それだけ?」
瞳を見つめられ、私は大きく首肯する。
「ほ、本当です!」
すると、シチュワート王子がくすりと肩を竦ませた。
「まあ、いいでしょう」
機嫌を直してくれたらしい。私は小さく咳払いをして、窓辺のテーブルを示した。
「とにかく、お話の続きはテーブルで。実はお茶の用意をしておいたんです」
「雨だからですか?」
シチュワート王子の問いかけに、私は頷いた。
「はい。せっかくなので、私たちも雨を眺めてみるのはどうかな、って」
私の提案に、シチュワート王子が嬉しげに笑った。
「いいですね。それは楽しそうだ」
「ではこちらへどうぞ」
私はティーセットをセッティングしておいたテーブルへ、シチュワート王子を誘った。
「わあ、これは美味しそうだ」
「ケーキはムリだったけど、スコーンとサンドイッチは私が作ったんです」
恥ずかしく思いながらも、どうにか言葉にすると、シチュワート王子が目を見開く。
「これをエミリーが? すごいな」
「ちゃんと食べられるくらいにはなってると思うんですが」
私の言葉に、シチュワート王子が目を細めた。
「ありがとうございます。いただきます」
シチュワート王子はサーモンのサンドイッチとお茶を口にして、私の顔を見遣る。
「うん、美味しいです」
「ありがとうございます」
礼を言うと、シチュワート王子がおもむろに外の雨を眺め、しみじみと告げた。
「雨を見るというのも、なかなかいいものですね」
「はい」
シチュワート王子の言葉に私は首を縦に振り、しばし二人して雨音に耳をすませた。
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