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その5

 深夜、私は中庭の礼拝堂へ向かった。

 誰いないところで、色々と考えたかったからなのだけど。礼拝堂の椅子に座りしばらく光の神の像を眺めていると、誰かが礼拝堂へ入ってきた。


「誰かいるのか?」


 声を聞き、私は目を剥く。


「ワイアード王!」


 振り向き叫ぶと、闇の中に佇む影があった。


「え、エミリー殿か?!」


 その言い方に、私は瞳を瞬かせる。


「え、あれ? ワイアード王? なんか普通じゃありません?」


 近頃のワイアード王にはない普通の反応に、私は虚をつかれた。


「あ、ああ。すまぬ。私のせいで」


 申し訳なさそうに影が身を縮こませるのを見て、私は目を瞠った。


「もしかして、惚れ薬の効力が切れたんですか?!」


 それなら、全部の問題が解決するかもしれない。声を弾ませて問うと、影が、つまりはワイアード王がかぶりを振った。


「いや、切れてはいない。だが、今はそなたの顔を見ていないのでな」

「顔を見なければ大丈夫なのですか?」


 私の問いに、ワイアード王が重々しく首肯した。


「ああ。声だけならまだそこまで影響はない。だが、一度顔を見てしまうと、少なくとも半日は元に戻らない」

「半日?! そうですか……」


 ワイアード王の言葉に、私は思考を巡らせる。私の聖水は顔を見合わせながらの方が、成功率が高い。だが、顔を合わせただけで惚れ薬の効力が出てきてしまうのだとしたら……。逡巡する私に、ワイアード王が詫びる。


「すまない……」


 本当に申し訳なさそうなその声音に、私は恐縮してしまう。


「そ、そんなに謝らないでください。顔を合わせなければいいなら、なんとかなるかもしれないじゃないですか」


 とはいえ、その方法はまだ見つかっていないのだけれど。内心で臍を噛んでいると、ワイアード王が再び首を左右に振った。


「そうではない。結婚のことだ。そなたと顔を合わせて半日はそなたとのことしか考えられなくなる。だから、昼間そなたの返事を聞いて以降この時間になるまでに、ほぼほぼそなたとの婚姻までの準備を整えてしまったのだ。まあ、結婚式の準備はまだいくらか猶予があるが……」


 さすがワイアード王だ。恐ろしく仕事が早い。

 私は溜め息を吐き、口を開いた。


「じゃあ、本当に五日後に婚姻の許可をもらう儀式を行う手筈なんですね?」

「そうだ。そなたから応じるとの返事をもらい、舞い上がってしまった結果だ。申し訳ない」


 ワイアード王の言葉に、私は頭を振る。


「いいえ。あの、ただ私は、私が好きなのはですね、ええっと……」


 言いづらくて語尾を濁すと、ワイアード王がくすりと笑む気配があった。


「シチュワート王子であろう? わかっている。だからこそ詫びているのだ。私が王だから、断ることができなかったのだろう?」


 ワイアード王の推理に、私は半分否定する。


「誰を想っているかはそうですが、申し出を受けてしまった理由は違います」

「そうなのか? ではなぜだ?」


 ワイアード王の問いに、私は深呼吸した後言葉を紡いだ。


「私たち、つまり、シチュワート王子と私は、今試練の真っ最中なんです。そのせいで、私は思っていることと逆さまのことを言ってしまうようになってしまったし、シチュワート王子はてんとう虫に姿をかえられてしまったんです」

「なんと! それは本当か?! 大丈夫なのか?! シチュワート王子は!」


 パニック気味のワイアード王を私は宥める。


「はい。今は部屋にいてもらっていますが、ほぼ一緒にいますよ」

「そうか。ならば良い。だが、どうするべきか……」


 ワイアード王の沈んだ声音に、私は尋ねる。


「一つ提案なんですが、いいですか?」

「良いが、なんだ?」


 ワイアード王に促され、私は自分の考えを披露した。


「私と今ここで聖水を飲んでくれませんか?」


 問いかけると、ワイアード王が素っ頓狂な声を上げる。


「なんだと? 本気か?」

「はい。試してみる価値はあるかと」

「だが……」


 黙り込んだワイアード王を前に、私はさらに言葉を紡いだ。


ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。


気に入ってくださいましたら、ブクマ、評価などしていただけますと、

大変嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。

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