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その4

 私はテーブルに座り一人でお茶を飲みながら、ぼんやりと外を眺めた。だが、ここからでは背の高い木々の先端しか見えない。

 庭にでも出て散歩にでも行こうか。

 いや、そんな気分にもなれない。

 本でも読んで気を紛らわせよう。こういう時、教会が読み書きを教えてくれていてよかったと本当に思う。本を取りにいこうと席を立った時だ。

 てんとう虫、いや、シチュワート王子が飛んできてテーブルにとまった。


「シチュワート様。どうしたんです?」


 私が尋ねると、シチュワート王子はテーブルに水文字を浮かばせた。


『少しあなたと話をしたくなりまして』


 シチュワート王子の言葉に、私は慌てる。


「何か急を要することでも起こったんですか?」


 食い気味にてんとう虫になったシチュワート王子を凝視すると、シチュワート王子が苦笑したような気がした。


『いえ、そういうのではなく。ただの話です。お嫌ですか?』


 新たに浮かんでくるシチュワート王子の水文字を見て、私は頬を掻く。


「え、ええっと。ちゃんとお話できるかが心配で。あの、ほら、今私の口、呪いがかかっちゃっていますから」


 私の言葉に、シチュワート王子が返答してきた。


『かまいません。本心ではないと知っていますから』

「そ、それはそうかもしれませんが」


 それってもう本心がバレバレということなのでは。私は決まりが悪くて目を泳がせる。だが、そうするとシチュワート王子の返事がわからなくなることに気づき、私は横目でテーブルの上を確認した。


『大丈夫です。あなたの言葉に心が乗っていない時があることはわかっているのですから。無駄に傷ついたりはしませんよ』

「は、はあ……」


 シチュワート王子の心のこもった言葉に、柄にもなく照れてしまい、私は曖昧に頷く。すると、シチュワート王子がおもむろに水文字を綴り始めた。


『初めて会った時を覚えていますよね。私はあの時、あなたに会って救われたんです』


 シチュワート王子の発言に、私は目を瞬かせる。


「それ、前にも言っていましたけど、本当に、私に、ですか?」

『ええ、あなたにです』


 私の問いに、シチュワート王子はきっぱりと言い切った。


『私はね、あの時までずっと独りぼっちだったんです。年の離れたワイアード王やアリシア王女とも距離があり、友達がいない状態だったんです。そんな時、あなたが私を見つけてくれました』


 シチュワート王子の綴る言葉に、私は慌ててかぶりを振る。


「見つけた、なんてそんな大げさな。私は自分が道に迷っていただけです。だから私のほうこそ、あの時あなたに会えて勇気をもらったんです」


 私が今正確に言える精一杯の想いを告げると、シチュワート王子が一瞬ふわりとカラダを浮かせる。


『勇気なら、私もいただきましたよ。それこそ夜更けに城を抜け出しあなたに会いに行くくらいには、ね』


 茶目っ気を含んだ答えに、私はくすりと肩を揺らした。


「あれは本当に驚きましたけど。嬉しくな……ええっと、つまり問題ないと思いました。はい」


 つい天邪鬼な口が思ってもいないことを紡だそうとするのを、私は必死で回避する。そんな私のことを理解してくれているシチュワート王子は、水文字で私を宥めてくれた。


『そんなに苦慮しなくても大丈夫です。ちゃんとわかっていますから』 

「シチュワート様……」

 

 私はシチュワート王子の優しい言葉に感動してしまい、少しだけ涙腺が緩んでしまう。潤んでしまった瞳を見せまいとして明後日の方へ視線を向ける。すると、シチュワート王子が目の前へ飛んできて空中へ水文字を書いた。



『あー、今ほどこの身が呪わしいと思ったことはありませんね。早く元の身体に戻らなくては』


 シチュワート王子の言葉に、私は同意する。


「はい。私もそう思います」


 そんな私の様子に思うところがあったのだろうか。シチュワート王子がさらに宙へ文字を綴った。


『何か策がある様子ですね』

「え? なんでわかるんですか?」


 私が尋ねると、シチュワート王子が告げる。


『あなたの瞳を見ていればわかりますよ』

「え!」


 涙ぐんでしまったこともバレてしまっているのだろうか。慌てて顔を覆おうしていると、先に水文字が言葉を綴った。


『こんなに想い合っているのに、なぜ試練を越えられないのでしょうねぇ』

「それは、その、多分、私の方に原因があるかと思います」


 シチュワート王子の嘆きに私は身を縮こませる。申し訳ない気持ちで一杯になっていると、シチュワート王子に否定された。


『いいえ。これは二人の問題です。あなただけが抱える必要は一つもありません』

「でも……」


 私がもっと早く自分の気持ちとしっかり向き合っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。そう思うと、苦しいほどに胸が痛む。だが、そんな私にシチュワート王子が水文字を綴った。


『大丈夫です。何か考えがあるなら、必ず上手くいくよう私が支えます。あなたの傍には私がいるということを、どうか忘れないでください』


 シチュワート王子の言葉を見て、私は涙を拭いさる。こんなにも励ましてくれているシチュワート王子を前に、泣いている場合ではない。


「はい」


 私は決意とともに首肯する。


「ありがとうございます、シチュワート様」


 必ず、シチュワート王子を元に戻し、私は私の想いをこの目の前の人に告げるのだ。

ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。


気に入っていただけましたら、ブクマ、評価などしていただけますと、

大変嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。

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