その3
「申し遅れました。わたくしエミリー様のドレスを誂させていただくことになりました、仕立て屋のカルナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
室内に所狭しとドレスを並べ終えた女性は、自信に満ちた笑みでお辞儀してきた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。でも、あまり大袈裟なことにはしたくないから、なるべく質素な感じがいいかなって」
私はなるべく早く引き取ってもらおうと、適当なことを告げる。すると、カルナと名乗った女性は嬉しげに手を合わせる。
「まあ、さすがはワイアード王の后になるお方ですわ。時と場所を心得ていらっしゃるのは良いですよ」
そんなこと思ったこともない。私はきちんと自分の意志を伝えるべきだと感じ、手を横に振った。
「いいえ。そういう意味ではないんですが」
「はあ」
私の言葉にカルナが曖昧に首肯する。だが、私がさらに言葉を重ねるより先に、ルナが私たちの会話を遮った。
「問題ございませんわ、カルナ様。エミリー様は少し混乱していらっしゃるんです。何しろ一国の王様と結婚なさるんですから」
ルナの発言に、カルナが大きく頷く。
「それはそうですわね。エミリー様、どうぞサンプルをご覧くださいませ」
「え……。で、でも……」
私はズラっと並べられたドレスたちに視線を送り、げんなりする。こんなの着るのかと思えば思うほど、気持ちが落ち込んできて、溜め息を吐いた。
「さあさあ。晴れの舞台ですもの。綺麗に着飾らなくては」
「じゃ、じゃあ……」
無理やり手を引かれ、私は渋々立ち上がる。赤、黄色、緑、ピンクなど、色とりどりのドレスを眺めているのに、なんだかどれも同じにみえてくるから不思議だ。
(困ったな……)
選ばなければ帰ってくれなさそうだ。私はこっそり吐息して、もう一度視線をドレスへ向ける。ふと目にとまった青いドレスの前で立ちどまった私は、ドレスの生地を確かめた。
「これ……」
触り心地がいい。これならもしかしたら、シチュワート王子も気に入ってくれるかも。そんなことを考えつつ青いドレスを検分していると、カルナが尋ねてきた。
「お気に召しまして?」
カルナの問いに、私はゆるゆるとかぶりを振る。
「あ、いいえ。ただ気に入ってくださるかもしれないな、と思って」
私は誰がとは言わずに言葉を紡ぐと、ルナが口を挟んできた。
「少し地味すぎではありませんか? もう少し華やかでも良いのでは」
「そう、かなぁ……」
無難なドレスだと思うけど。
そんな意味を込めルナへ視線を送っていると、ふわりとてんとう虫がドレスの方へ飛んできて、奥にある水色のドレスへとまった。私は服をかき分け、水色のドレスへと近づく。それから声を潜め、てんとう虫、もとい、シチュワート王子へ問いかけた。
「これが良いのですか? シチュワート様は」
尋ねると、シチュワート王子は私の掌の上で飛び回る。しばらくすると、掌に水文字が浮かんできた。私は慌てて読んでみる。
『はい。これがあなたには大変似合うと思いますよ』
と、書いてあるのがわかり、なら、とカルナへ向き直った。
「え、ええっと。この、水色のドレスはどうかなぁって思うんですけど」
私の言葉に対し、カルナが嬉しげに目を細めた。
「まあ、エミリー様。お目が高いですわ」
「そ、そうですか?」
本当は私が選んだわけではないのだけれど。決まりが悪くて頬を掻く私をよそに、カルナが言葉を紡ぐ。
「このラインのドレスはなかなか着こなすのが難しいとされていますの。でも、なるほど。エミリー様の体型でしたらぴったりかと思いますわ」
「ありがとう」
カルナの見立てへ対し、私は素直に礼を言う。すると、カルナがパンッと手を叩いた。
「では、早速採寸させていただきますわね」
「わかったわ」
私はカルナへ首肯する。
服を脱ぐ前に思い立ち、てんとう虫をそっとルナの手に乗せた。それからてんとう虫に向かい、人差し指を立てつつ念を押す。
「これから服を脱ぐので、ルナと一緒にいてください。見ちゃだめですよ、いいですね!」
「ええ?」
すると、明後日の方から素っ頓狂な声がした。驚いて振り返ると、カルナが困惑げな顔をしている。
「見ないで採寸は、ちょっと難しいかと」
「あ、いいえ。こっちのことだから気にしないでください。さあ、さっさと済ませてしまいましょう」
私は口角を精一杯挙げて見せながら、カルナの側へ寄る。カルナはしばらく目を瞬いた後、口許を綻ばせた。
「承知いたしました」
恭しく一礼をしてくるカルナに微笑で答えながら、私は小さく拳を握る。シチュワート王子との会話が成立した。
(シチュワート様とお話ができるなんて! もしかしたら、これをきっかけに全部なんとかできるかもしれない)
おとなしくカルナに採寸されながら、私は一人喜びを噛み締めていた。
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