その2
「大変!」
ワイアード王をこのままにはしておけない。私は慌ててワイアード王に近づく。だが、それより先にルナがワイアード王の元へ駆けつけた。
「ワイアード王!」
「あ、ああ」
ワイアード王はルナに応えて起き上がる。王はそのまま身体を支えようとするルナの手を制し、立ち上がった。
「ふー、何が起こったのかわからんが」
ワイアード王が頭を振りながら、私へ近づいてくる。
「ともあれ、そなたの気持ちはわかった。私たちはお互いに想い合っていたのだな。遠回りをしたが、早速婚礼の準備を始めよう」
目の前でとまったワイアード王が瞳を覗き込んできて、私は紡ぐ。
「はい!」
真実答えたい返事とは正反対の言葉が、勝手に口をついて出た。
「うむ。では、まずは婚姻の許しを司祭に得なければならんな。すぐに手配をするが少なくとも五日はかかるだろう。それまで退屈することがないよう、婚礼の衣装でも選んでいてくれるかな?」
そんなに早く事が進んでしまうのか。私は驚いて目を瞠る。
「い、いえ、あの!」
なんとか否定しようと声を上げるが、悔しいけれど言葉にならない。
「わかっている。だが、私も忙しい身。淋しい思いをさせてしまうかもしれないが、待っていてほしい」
「で、ですから!」
何もわかっていないワイアード王に、私はなんとか自分の真意を伝えようと試みる。しかし、そんな私の努力も虚しく、ワイアード王は部屋の置時計を見遣った。
「おお! もうこんな時間だ。勝手に執務室を出てきてしまったのでな。すまない。ではな、エミリー」
「あ、あの!」
ちゃっかり呼び捨てにしてくるワイアード王を、私は呼びとめる。だが、ワイアード王はとまらない。
「また来る!」
「だから、違うんですってば!」
踵を返し扉を開けるワイアード王を、私は追う。けれど、ワイアード王の足は思った以上に早く、ルナの無情な言葉が私の耳に響いた。
「もう行ってしまわれましたよ」
「ルナ……」
私が恨めしくルナを見遣ると、ルナが小さく溜め息を吐いた。
「これからどうなさるおつもりなんです?」
「わかんない。でも、どうにかしないと、このままじゃ、私、ワイアード王と……」
考えたくもない予想図が頭を過ぎり身震いする私に、ルナがあっさりと言葉を継いでくる。
「結婚させられてしまいますね」
「言わないでよ!」
「けれど、事実ですから」
「それはそうだけど」
惚れ薬と天邪鬼な口の呪いのせいで愛のない結婚なんて。冗談じゃない。
「本当にどうなさるんですか?」
心配げなルナの声音に、私は宣言する。
「考えるしかないわ。ない知恵を搾るのよ!」
「何か案がおありなんですね?」
ルナが尋ねてきて、私は頷いた。
「そうね。私は聖女と呼ばれているし、事実聖水らしきものは作れる。そこにヒントがあるような気がするの」
「聖水をどなたかに飲ませるのですか? もしかすると、シチュワート王子に?」
ルナの予測に、私は首を左右に振る。
「いいえ。シチュワート王子と私はすでに聖水を飲んでいる。だから、もう私と一緒に聖水を飲んでも絆の強さは変わらないわ」
「そうなんですか」
私の言葉に、ルナが声を弾ませた。まあ、ルナは本当はシチュワート王子の付きだものね。
「では、どなたに?」
「そこなのよね」
興味津々で問いかけてくるルナに、私は腕を組む。
「決めかねている、と?」
ルナの質問に、私は軽く吐息した。
「そうね。ワイアード王とアリシア王女に飲ませるのがいいかと思ってはいるけど。けど、その前に私か、私ともう一人の誰かが飲むのがいいと思うのよね」
「そうなのですか……」
ルナが口元に拳を当て、何かを考える様子を見せる。訊いてみようかとも思ったが、やめておく。
「なんにせよ、早く決めなくちゃね」
「はい」
私は肩口でじっとしているてんとう虫、もとい、シチュワート王子を窓辺の観葉植物の上へ移す。それから、ルナへ湯浴みの準備をお願いしようと口を開きかけた時だった。部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「はい」
ルナが返答すると、廊下から声が聞こえてくる。
「式典のご衣装のご用意をさせていただきにきました」
「え、何の準備ですか?」
私は自ら声を上げ問う。すると、扉の向こう側から再び声がした。
「婚姻の許しを乞う儀でございます。光の神の御前で司祭様に婚姻の許しをいただかなくてはならないのです。その日のためのご衣装と、その後の結婚式のご衣装をご用意するよう、言伝かって参りました」
「あ、いえ、私はそういうのは……」
即座に断ろうとする私を、ルナが制した。
「エミリー様、今これ以上ワイアード王の機嫌を損ねるのは得策ではありません」
「でも!」
衣装なんて作ってしまったら、それこそ取り返しがつかないのではないだろうか。私はワイアード王と結婚なんてしたくない。私はさらに言い募ろうと口を開く。だが、ルナはそれより先に声を上げた。
「ワイアード王はこの国の王です。真に望んだことではなくとも、エミリー様はその王のプロポーズを受けたのです。おわかりですよね」
ひたと瞳を見据えてくるルナを前に、私は息を詰める。否定の言葉を完全に封じられてしまい、私は長く吐息した。
「わかったわ。入れてちょうだい」
「かしこまりました」
嘆息とともに私が告げると、ルナが優雅にお辞儀をしてくる。扉を開けるルナを苦々しい気持ちで見守っていると、やがてメガネをかけた小柄な女性が入ってきた。
「まあ、可愛らしいお嬢様でいらっしゃいますこと!」
嬉しげに手を合わせる女性に、私は目を白黒させる。
「あ、ありがとう?」
戸惑いつつ返答すると、女性が扉を大きく開きながら微笑む。
「採寸させていただく前に、サンプルをご用意させていただきますね」
「え、ええ」
言うが早いか四人ほどの女性が次々とドレスを持って入ってきた。
そんな光景を眺めながら、私は悟った。
(儀式、それがタイムリミットってわけね)
その日までに、絶対にシチュワート王子を元に戻し、ワイアード王の目を覚まさせてみせる。私は自身に固く誓うのだった。
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