その4
森を抜けた湖畔の向こう側に、目指す家はあった。丸太を積み上げ、組んだ家だ。こんなところに魔女がいるのだろうか。訝しむ私の目線の先に、その人物はいた。
長い銀髪に恐ろしく整った容姿をしたその女性は、丸太へ向かい大鉈を奮っている。
(ま、魔女?)
容姿的には魔女に見えなくはないが、やっていることは木こりに近い。どう声をかけようかためらっていると、女性はふと大鉈を地へ下ろし破顔した。
「待っていたぞ」
嬉しげに笑む女性に、私は目を瞬く。
「私たちが来ることを知っていたのですか?」
「もちろん。運命の輪はそなたたちを中心に廻っておるからの」
汗を布巾で拭いながら、女性は私の質問に答える。
「私たちが中心?」
問いかけると、女性が含み笑った。
「まあ、よい。それよりなんの御用かな?」
「あなたは魔女、ですか?」
私は質問に対して質問で答えた。すると、意外にも女性はあっさりと頷く。
「いかにも。世間では魔女と呼ばれる存在ではあるな」
女性、いや、魔女の言葉に、私はいきなり本題へ入ることにした。
「リルナという女性に作った媚薬、つまりは惚れ薬の解毒薬を作って欲しいんです」
私の依頼に、魔女が眉根を寄せる。
「何? 解毒薬、とな?」
「はい。お願いします。このままでは皆が不幸になってしまう」
頭を下げ様子を窺うと、魔女は片眉を上げた。
「何を根拠に不幸と言うかは人それぞれだと思うがの。まあ、よい。作ってやろう、解毒薬を」
魔女が首を縦に振ってくれるのを見て、私は魔女に詰め寄る。
「本当ですか?!」
「その代わり、いただくものはいただくぞ?」
魔女の発言に、私は首肯した。
「お金でしたら、なんとかします」
「私が持ちましょう。ご婦人、どうぞよろしくお願いいたします」
シチュワート王子が一緒に頭を下げてくれる。一国の王子にそんなことまでさせてしまい、私は慌てる。だが、私はシチュワート王子に顔を上げるよう言う前に、魔女がかぶりを振ってきた。
「金なんかいらんよ。そんなものよりもっと価値のあるものさ」
「なんなんですか?」
魔女の言葉に私は小首を傾げる。すると、魔女は斜め上を見上げながら告げた、
「そうさな……。まあ、早い話が試練というやつかね」
ますますわからない。私は眉間に皺を寄せ、魔女へ問いかける。
「それは、つまり?」
「鈍い奴らだ。つまりだ、男!」
私の質問には答えず、魔女らシチュワート王子を指さした。
「は、はい!」
シチュワート王子が姿勢を正す。魔女はにやりと笑んで、質問を開始した。
「お前この女を好いているだろ?」
「はい」
魔女の問いに、シチュワート王子が迷いなく答える。
「それは何があっても揺らぐことがないか?」
「ありえません」
尋ねる魔女へ、シチュワート王子がきっぱりと言い切った。
「ならば、その強き想い、証明してみせよ。もし想いを貫くことかなえば、解毒薬は自ずからその両の手に現れよう」
魔女の言葉に、私は口を挟む。
「ええっと……。まったくわからないのですが……」
「初めに会った時言ったではないか。『待っていたぞ』と。すべてはお前たちの運命によるところ。出会いも、これまでの試練も、これから起こる試練も、な」
魔女の発言に、シチュワート王子が訊いた。
「つまりは、乗り越えられる、ということでしょうか?」
魔女は問いかけるシチュワート王子の双眸をひたと見据えた。
「自信がないのか、シチュワート・ロートン・グラントよ」
「いいえ。あります」
シチュワート王子がはっきりと答えると、魔女が満足げに家を親指で示した。
「ならば早速作るとしよう」
「何をです?」
私が目を瞬くと、魔女が渋面を作る。
「解毒薬に決まっておろうが」
「え? で、でも、さっきは試練を乗り越えたら両手に現れるって」
魔女の言葉をなぞる私に、魔女は大きく首肯した。
「いかにも。だが作るのは今だ。渡すことは叶わぬがな」
「なぜです?」
私が問うと、魔女がふと微笑んだ。
「薬もな、それぞれ意志を持つのだ。だから、その時が来るまで姿を隠すのだよ」
「はぁ……」
「わかったら二人とも手伝っておくれ」
理解できない言葉へ曖昧に頷く私をよそに、魔女がくすりとしつつ踵を返した。
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