その2
熱い。
だんだん炎が上がってきて、足や顔に触れてくる。
この熱さは想像以上だ。
叫んでしまいそうな自分を押さえ込み、逆に足を踏ん張った。
(来世では絶対に、もっと平凡な人生を送れますように)
心底から願う。
足底を炎が舐めていく。
ああ、こうして焼かれていくのか。
(お父さん、お母さん、どうか幸せにね)
目を固く瞑り、焼かれる覚悟を決めていると前方から鋭い声が飛んできた。
「水の精よ!」
声に呼応して頭から大量の水が降り注ぎ、私は冷たさに驚いて瞳を見開いた。
ほどなくして、蹄の音が入り乱れながら聞こえてくるのがわかった。
どんどんと近づいてくるのは二騎の馬、その上に乗った赤と紺のローブ姿をした男性が二人。
(え? 本当?)
やがて、広間へと降り立った二人を認めた見物人たちと兵士の間でどよめきが走った。
二人の男性は、ワイアード王とシチュワート王子だった。私は訳がわからず、ずぶ濡れのまま目をしばたたく。
二人をよく観察すると、ワイアード王は苦々しい顔をしており、シチュワート王子は私を見てほっとしたような表情を浮かべていた。
(ええっと、これってどういうこと?)
これは、助かったということでいいのだろうか。
状況についていけず頭を悩ませていると、シチュワート王子がざかざかと焼けた木の小山を登って来だした。
なんだろう。そういえばルーカスとかいう人が、シチュワート王子が私に話があるとかなんとか言っていたような気がするけど。
などと、考えを巡らせていると、眼前まで迫ってきたシチュワート王子が、剣を抜いた。
(え? 切られるの、私?)
さすがに怖くて目を瞑っていると、途端に手首や胴回りが自由になった。
縄が切られたのだ、と悟って目を開く。
「大丈夫ですか?」
深く低く優しい声音に、私は先ほど水の魔法を使ったのがシチュワート王子だったことに気がついた。
「あ、ありがとうございます」
礼を言いシチュワート王子の顔を見ると、緑色の瞳に整った顔立ちが息がかかるくらいに近づいてきていて、固まった。
(いくらなんでも近すぎない?)
シチュワート王子の瞳に自分の乱れた長い茶色の髪が映る。王宮に行くからと、精一杯身だしなみを整え奮発した白いドレスもぼろぼろになっていた。
こんなみっともない姿を、私はシチュワート王子に晒しているのか。
そう思うといきなり恥ずかしくなり、頬を熱くする。
だが、シチュワート王子はそんなことはどこ吹く風と微笑んできた。
「とんでもありません。お礼を言いたいのは私の方です」
言うが早いかふわりと身体が宙に浮く。
一瞬のうちにシチュワート王子に抱きかかえられてしまい、私はうろたえる。
こんな公衆の面前でお姫様抱っこされるなんて、恥ずかしすぎる。
けれど、無理に暴れるのも失礼にあたる。
暴れ出したい衝動をどうにか我慢して顔を伏せていると、シチュワート王子はあっという間に小山を降りた。広間の石畳に優しく降ろされ、私は今更ながらに助かったのだと実感する。安心した途端、全身に震えが走った。
(怖かった。怖かった。怖かった!)
自分で自分のことを両腕で抱きしめ、涙を堪えながら改めて一礼した。
「本当に、ありがとうございました」
シチュワート王子を見上げると、ふわりと亜麻色の髪が揺れた。
「どういたしまして。実は一つだけお願いを聞いていただきたいことがあってやって来たのです。聞いていただけますか?」
胸に手をあてながら腰を折り、私の栗色の瞳を見つめてくる。
助けてくれた人に対して、断る理由など何もない。
私は急いで返事をする。
「私にできることでしたら」
答えると、次の瞬間手を取り跪かれた。
「では、私の妃となっていただけますでしょうか? エミリー・クラウジア嬢」
問いかけられ手の甲にキスを落とされた途端、頭が真っ白になった。