その5
午前中、お茶会へ行く支度を整え、私は予定時刻を待っていた。ポケットにはワイアード王のために作った聖水と、以前シチュワート王子のために作った聖水の小瓶を忍ばせている。
すると、なぜか三十分前にシチュワート王子が迎えにやってきて、私は目を瞬いた。
「なぜここに?」
素直に驚きを口にすると、シチュワート王子が眉毛を八の字にした。
「つれないなぁ。一緒に行こうと思い迎えに来たのですよ」
悲しげな声を出すシチュワート王子を前に、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「そ、そうだったんですか。あの、ありがとうございます」
「あはは、どういたしまして」
改めてお辞儀をすると、シチュワート王子の顔が途端に明るくなった。
私は機嫌が良くなったらしいシチュワート王子とともに、アリシア王女の庭園へと向かった。
「本日はわたくしのお茶会にお越しくださりありがとうございます。ささやかではありますが、お茶に合うお料理やお菓子などご用意させていただきましたので、どうぞご自由にお楽しみくださいな」
アリシア王女の庭園にたどり着くと、主催者であるアリシア王女が出迎えてくれた。アリシア王女の庭園は、ピンクと白が基調のバラの花々がそこかしこに咲き誇る愛らしい庭だった。
「こんにちは、アリシア殿」
シチュワート王子が恭しく挨拶をする。
「ごきげんよう、シチュワート王子。本日は楽しんでいってくださいね」
微笑むアリシア王女に、シチュワート王子も笑いかけた。
「ありがとう、美味しそうなものが揃っていて本当に楽しみですよ」
「まあ、シチュワート王子ったら。食いしん坊という噂は本当でしたのね?」
アリシア王女が嬉しげに声を弾ませると、シチュワート王子がアリシア王女に顔を寄せた。
「しー! エミリー様には内緒にしているのです。私が将来この体型を維持できないかもしれないとわかったら、振られてしまいますから」
「まあ、シチュワート王子」
軽口を叩くシチュワート王子の言葉に、私は渋面を作る。 そもそもアリシア王女との距離がちょっと近すぎじゃない? 気のせいだと思おうとしても落ちつかない。私はムッとしながら、シチュワート王子の瞳を見つめた。
「そんなこと気にしなくってもよかったのに。美味しいものを美味しいと言えるのは素敵なことですから」
私の発言に、シチュワート王子が満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、エミリー様。だから私はあなたが好きなんですよ」
「え」
さらりと甘い言葉を紡いでくるシチュワート王子に私は固まる。
「あらあら、ごちそうさまですこと」
アリシア王女が肩を竦め、私は我に返る。アリシア王女へ向き直り、お辞儀をした。
「アリシア王女……。あの、本日はお招きありがとうございます」
「エミリー嬢。よく来てくださいました。昨日は素敵なブーケをありがとうございます」
アリシア王女が微笑んでくるので、私は早々に種明かしをした。
「私は特には何もしていないのです。ルナに色々助けて貰ったので」
「そうだったのですか。でも、わたくしはとても素敵な花束だと思いましたわ。何事も素直であることは大事だとわたくしも思います。あの花々はエミリー嬢、あなたの生き方そのものを表していらっしゃいますのね」
アリシア王女の言葉に、私はほっと胸を撫で下ろす。つまりは、私の内心を汲んでくれたと思っていいのだろう。私が、アリシア王女と同じ人を想っているということを。それを了解し、受けとめてくれたのだ。私は今一度一礼する。
「そう思っていただけたのでしたら嬉しいです」
心を込めて告げた時、何も知らないシチュワート王子が話に割り込んできた。
「なんのお話ですか?」
アリシア王女がふふふ、と肩を揺する。
「シチュワート王子にはまだ内緒ですわ」
「ひどいなあ」
艶やかな微笑を湛えたアリシア王女に対し、シチュワート王子がくすりと笑んだ。それを見て、アリシア王女がさらに肩をゆらす。
「すぐにわかりますわよ。さあ、お二人ともこちらへ。お兄様はもうお待ちですから」
アリシア王女に促されるままテーブルへ向かうと、丸テーブルの一角に座したワイアード王が手を挙げた。
「ワイアード王、もういらしていたんですか」
シチュワート王子の発言に、ワイアード王が眉根を寄せる。
「何か問題でも? シチュワート王子」
「あるわけありませんよ、ワイアード王。勘繰り過ぎです」
両手を大袈裟に挙げてみせるシチュワート王子に対し、ワイアード王は深く吐息した。
「そうか。なら、早く座りたまえ。お茶をいただこうじゃないか」
「はあ……」
促してくるワイアード王を前に、シチュワート王子が曖昧に頷いた。
「失礼いたしますね、ワイアード王」
私はワイアード王の隣へ腰掛ける。そんな私の隣へシチュワート王子が座した。
「では、ご用意させていただきます」
アリシア王女の侍女、リルナがお茶を淹れ始める。かぐわしい香りが鼻腔をくすぐり、私は一時その香りに浸る。やがて、目の前にお茶が配られ始める。ルナがそっと私の傍に寄り、私はポケットから少しだけ傷のついた小瓶をとりだし、こっそりルナへ渡した。
「わー、なんて澄んだ琥珀色。香りも爽やかですね」
私が感想を告げると、アリシア王女が嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます、エミリー嬢」
礼を言われ照れていると、シチュワート王子も同調してくれる。
「本当に美味しそうだ」
香りを嗅いで吐息するシチュワート王子の言葉を合図に、ワイアード王が首肯した。
「うむ。では、いただこう」
「そうですね」
「いただきます」
私たちはそれぞれのカップに口をつける。その途端、ワイアード王とシチュワート王子が同時に呻いた。
『うっ!』
「シチュワート王子! ワイアード王! どうかしたんですか?!」
慌てて声をかけながらルナへ視線を送ると、ルナが目線で必死に否定の意を訴えてくる。
(どういうこと?)
何が起こったのだろう。私がシチュワート王子を抱き起こそうとした時、アリシア王女がシチュワート王子の元へ水を持って駆けつけた。
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