その4
私はしばらく一人になりたくて中庭へ出た。すると、小さな噴水を挟んだ向こう側にある、礼拝堂が目に入る。
「行ってみようかな?」
私は厳かな佇まいの礼拝堂へ足を踏み入れる。
無数のキャンドルが灯された薄暗がりの空間は吹き抜けになっており、奧と左右には神話を元にしたステンドグラスが施されていた。その少し手前には、光の神を模した像がある。
「うわーすごい。でも、どうして神殿でもないのに礼拝堂だけあるのかな? 巫女の棟だから?」
「それはこの区画全体が神殿だからだ。もっとも、上空から見なければわからんが。だが、柱をよく見ればその造りは神殿のものと同じ構造をしているぞ」
誰にともなく呟くと、斜め前から声が飛んできた。驚いて視線を向けると、見知った顔がある。
「ワイアード王」
どうしてここに、とは口にせず近づくと、ワイアード王がふと吐息した。
「エミリー殿。まあ、聖女ならば礼拝堂に来るのも道理か」
ワイアード王の言葉に、私は目を瞬く。
「もしかして、私以外をお望みですか? それなら呼びに行きますが」
使いっ走りすることに抵抗はないので問うと、ワイアード王が渋面を作った。
「そういう意味ではない。まったく、ひねた考えをする娘だな」
「いや、本当にただ疑問を素直に口にしているだけなんですが」
頬を掻きつつ告げると、ワイアード王が足をドンと鳴らした。
「尚悪い! 私はただ一人になりたいだけだ。わかるか、エミリー殿?」
懇願するように尋ねてくるワイアード王へ、私は小さく息を吐く。
「はあ、まあ、いいですけど。なんだったら、全部話してしまうとかはどうですか?」
思いつきで提案すると、ワイアード王がきょとんとした目で私を見た。
「そなたに私のことを話せ、と?」
「はい。その方が楽になれるかと思うので」
少なくとも一人でぐるぐるするよりは、いくらかマシになるのではないだろうか。そう思ってワイアード王を見つめ返すと、ワイアード王が掠れ声で呟いた。
「楽……か……」
「はい」
視線をはずし、ステンドグラスに目をやったワイアード王は、おもむろに語り出した。
「……実はな。私には、幼い頃からとても大切に想っている者がいるのだ。その者のためならば、どんな試練でも厭わないつもりでいる。だが、だんだん気持ちを隠しているのが辛くなってきてな。その者に良いと思われる婚姻を持ちかけ、半ば強引に押し進めてしまったのだ」
「あらら……」
私は眉根を寄せる。ワイアード王のやり方は、あんまりだと思う。もっと相手の気持ちも考えてあげないと。そう考えているうちにも、ワイアード王の話は続く。
「だが、その婚姻は破棄された。私は内心で良い機会だと思った」
ワイアード王の言葉に、私は目を見開く。
「告白なさるおつもりだったのですか?」
尋ねると、ワイアード王は首肯した。
「ああ。だが、その者が選んだのは私ではなかった」
「そうだったのですか」
失恋は辛い。いや、私はまだ失恋したわけではないけれど。
「二人が仲睦まじくしているところなど見ていなくない。だが、あれは、アリシアは私に茶会に参加せよと申してきた」
口惜しげに唇を噛むワイアード王の発言に、私は目を剥いた。
「え?! ちょ、ちょっと待ってください! ワイアード王の想い人はアリシア王女なのですか?」
半ば混乱しつつ確認すると、ワイアード王が自嘲する。
「はずかしながら、な」
私はおでこに手を当て、今聞いたばかりの事実を整理しようと試みた。
「ええっと、ちょっと待ってください。ワイアード王とアリシア王女は兄妹だけど、血は繋がっていないんですよね?」
私が問うと、ワイアード王は当然だと言わんばかりに首を縦に振る。
「いかにも」
そうか。そうだったのか。だったらワイアード王がやるべきことは一つしかない。
「なら、一か八か告白してみたらどうです?」
「そんなことできるわけがない! 私はあれの望む者と幸せになって欲しいのだ、そなたならわかるだろう?」
私の提案に、ワイアード王が髪を振り乱さんばかりにかぶりを振った。
「わかりますけど。でも、一度振られる勇気を持たないと先に進めませんし、アリシア王女だって心から幸せにはなれないと思います」
私が率直な意見を述べると、ワイアード王が絶望感の漂う声音で問いかけてきた。
「想いを伝えよ、と言うのか?」
そんなワイアード王に、私は微笑む。
「はい。大丈夫です。お二人のために聖水をお作りしましょう。お茶に混ぜて飲み告白すれば、縁があればより深まりますし、なければ綺麗さっぱり思い切ることができます。かくいう私もシチュワート王子に聖水を飲んでいただくつもりでおりますし」
私の言葉に、ワイアード王が惚けたように口を開けた。
「シチュワート王子との縁が深まれば、アリシアの恋は実らぬではないか。その際の覚悟はあるのか? また火あぶりの刑に逆戻りだぞ?」
信じられない、とでも言いたげなワイアード王に対し、私は肩を竦めてみせる。
「気持ちを偽って生きるよりマシですよ。もちろん、死にたいわけじゃないですよ? でも、私だって、聖女と呼ばれる人間なわけですから。奇跡の一つくらいは起こせるかもしれないじゃないですか」
「エミリー殿……」
私の本気度が伝わったのだろう。ワイアード王の抵抗がやんだ。
「奇跡を信じて、一歩踏み出してみましょうよ。ね?」
私がワイアード王を促すと、王は嘆息した後、私をひたと見据えてきた。
「……わかった。聖女の作る聖水の力、信じてみることにしよう」
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