その3
翌日の午前十一時頃のこと。
ノック音が響いて扉を開けたルナが近づいてきた。
「エミリー様、アリシア王女からお手紙が届いております」
ソファに座って寛いでいた私は、飲んでいたお茶のカップを置く。
「え? ああ、そっか。ありがとう」
手紙を受け取りレターナイフで封筒を切る。
中身は予想通り、お茶会の招待状だった。
「お茶会ですか? 今度は大丈夫なのでしょうか」
心配げに眉根を寄せるルナに、私は吐息で答える。
「なんとも言えないわ。でも私は自分の気持ちに嘘はつけないタチだから。それをアリシア王女に伝えるつもり」
これ以上話を拗らせても、良いことは何もない。アリシア王女の恋を祝福できない以上、私が火あぶりになる未来は変わらないのだから。
(死にたくはないんだけどね)
他に回避する方法を探さなくては。軽く頭が混乱して、私はかぶりを振る。そんな私に、ルナが問いかけてきた。
「伝える、とはおっしゃいますけど。エミリー様。殿方もご一緒なのですよね? どのようにお伝えするのです?」
ルナの疑問に、私は腕を組む。
「うーん、ちょっと早めに行って、口で直接伝えようと思ってるんだけど。それじゃあ、ダメ?」
問いかけつつルナへ視線を送ると、ルナが小さく唸った。
「あまり良くはないですね。主催者であるアリシア王女に恥をかかせることになってしまいます」
そこまでは思い至っていなかった。私は腕を組んだまま、天井を見上げる。
「そうなんだ。うーん、じゃあ、どうしよう……」
正直、そういった貴族のマナーみたいなものは、よくわからないことが多い。どうしたものだろうかと思案していると、ルナがおもむろに口を開いた。
「一つだけ、考えがございます」
ルナの発言に、私は飛びつく。
「聞かせて!」
すると、ルナは人差し指を立てて身を乗り出してきた。
「花言葉を使うんです。ブーケを作ってそれをお持ちすれば、エミリー様の思いも伝わる可能性があります」
「花言葉かぁ……。私あんまり詳しくないんだよね」
花は綺麗だから好きだけれど、実家でも世話をするのはもっぱら両親で、私は窓から見ているだけだった。
(あの時ちゃんと手伝ってたらなぁ……)
母なら花言葉にも詳しいに違いない。失敗したなぁ、と内心で臍を噛んでいると、ルナが尋ねてきた。
「どういったお気持ちをお伝えしたいのですか?」
ルナの問いに、私は人差し指を顎に置く。
「え? ええっと、『私も貴方と同じ人を想っています』みたいな?」
考え考え言葉にすると、ルナが歓喜の声を上げた。
「まあ! そうなのですか! それはシチュワート王子も喜ばれるでしょう! もう告白はなさったのですか?」
今にも踊り出しそうなルナに対し、私は頭を左右に振る。
「ううん、私の方はまだ。でも早いうちにちゃんとお返事したいと思ってる」
素直に告げると、両手をギュッと握り締められた。
「なんとおめでたいお話なんでしょう!」
感極まった様子のルナを前に、私は目を白黒させる。
「あ、ありがとう? 」
とりあえず礼を言うと、手を離したルナがドレスの裾をひるがえした。
「では、早速花束を用意させていただきますわ。少々お待ちください」
恭しく一礼し、軽いステップを踏みながらルナが退室していく。私は特にやることもなく、静かにお茶を飲み、ルナを待った。
三十分ほど経ったくらいだろうか。ルナが厳かな雰囲気をまとって、部屋へ戻ってきた。
両腕に白い花と青紫色花を持っている。
「この花は?」
私が問うと、ルナが口許を綻ばせた。
「マーガレットとアガパンサスです。花言葉は白いマーガレットが真実の愛、青紫色のアガパンサスが恋の訪れ、です」
この二つの花言葉で、私の思いがアリシア王女に届くのだろうか。アリシア王女に恋してる、とか勘違いされたりしたら、目も当てられないじゃない? 私は心配になってルナを見遣る。
「これでアリシア王女に私の言いたいことが伝わるかしら?」
懸念を口にすると、ルナが胸を張ってきた。
「伝わりますとも。貴族の令嬢ならば誰でも知っていることです。まして王族ならば、これくらいは知っていて当然というものですわ。さあ、ブーケを作って渡して参りましょう」
宣言するがいなやテーブルに花々を置く。
「え? お茶会は明日なのに?」
私は驚いてソファから立ち上がり、ルナの背後からテーブルを覗き込む。
「だからこそ、今贈っておくのですわ」
ルナが腰に手を当てながら、私を振り返る。
そうか。そういうものなのか。平民の私には、なんだか色々とまどろっこしいものがある。
「そうなんだ。ええっと、それじゃあ、ルナ。よろしくお願いします」
「はい。お任せください、エミリー様」
私の言葉に、エミリーが満面の笑みで答える、
こういう時は下手に口出ししない方がいい。私は素直にルナへすべてを任せることにする。そっとソファへ戻り、嬉々としているルナの後ろ姿を静かに見守ることにした。
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