その2
「こんばんは、シチュワート王子、エミリー嬢」
声の主はアリシア王女だった。
「アリシア王女! こ、こんばんは」
挨拶をしてから、私はそっとアリシア王女の様子を窺う。横に並ぶシチュワート王子は私とは逆に快活な笑みを浮かべた。
「奇遇ですね、アリシア殿」
「今日は月が綺麗なので。少し風に当たりにきましたの」
にこやかに話すシチュワート王子にアリシア王女が答える。それからおもむろに尋ねてきた。
「あなた方は逢い引きですの? そのようななりで」
全身を遠慮のない目で見つめてくるアリシア王女に対し、シチュワート王子は気づいていないのか爽やかな笑みのまま首肯した。
「ええ、街を散策してきたのです。それから、エミリー様のご両親にも」
説明しながら視線を送られ、私の体温は一気に上昇した。夜でよかった。そうでなければ、きっと顔が赤らんでいるだろうところを二人に見られてしまう。内心でほっと胸を撫で下ろしていると、アリシア王女が目を見開いた。
「まあ、では、本当にエミリー嬢を妃として迎える気なのですか?」
「もちろんですとも」
アリシア王女の質問に、シチュワート王子が当然だと言わんばかりに首を縦に振る。
「まあ、最も、まだご本人のからのお返事は貰えていないのですがね」
肩を竦めるシチュワート王子に、アリシア王女がくすりと笑んだ。
「無理もありませんわ。エミリー嬢だって戸惑われていらっしゃるのよ。ねえ? エミリー嬢」
いきなり話を振られ、私は急いで頷く。
「え? あ、は、はい」
それから、それより、と言葉を継いだ。
「お邪魔じゃないですか? そうだったら私すぐに部屋へ戻ります」
慌てて踵を返しかけた私を、アリシア王女がとめる。
「気にしないで、エミリー嬢。昨日はわたくしの方が悪かったのですから」
「そんなことは……」
アリシア王女の悲しげな表情に、私は胸が痛くなる。
「あなたに本当のことを言われて動揺してしまったのです。許してくださいね」
微苦笑で許しを壊れ、私は目を瞠った。
「本当のこと……。ということは、その……」
アリシア王女が本当に好きだと想っている人のことだろうか。探るようにアリシア王女を見遣ると、アリシア王女が悲しげに目を伏せる。
「わたくしが想っているお方のことですわ」
「じゃあ、その方ってやっぱり……」
シチュワート王子のことだろうか。
(どうしよう)
胸が締めつけられそうに痛む。いまさら私も同じ人を好きになりました、とは言えない。だって、ワイアード王はアリシア王女が真に好きな方と結ばれることを望んでいるのだから。
(お父さんとお母さんのためにも、私はまだ死ねない。死にたくない……)
なら、シチュワート王子を諦めるしかないの?
(そんなこと……)
できそうにない。私は、数日前までの自分では思いもよらないほど、シチュワート王子のことを好きになってしまっている。
(どうしたらいいの?)
だが、内心で葛藤しているのをよそに、アリシア王女の話は続いていた。
「ですから、昨日のお詫びと改めて協力していただきたいことをお願いしようと思いまして、それで明後日のお茶会にお二人をお誘いしたいと考えておりましたの」
アリシア王女の発言に、驚いた声を上げたのはシチュワート王子だった。
「私もですか?」
「もちろんですわ、シチュワート王子」
艶やかに微笑むアリシア王女を前に、シチュワート王子が沈黙する。
「お茶会……」
私が呟くと、アリシア王女が眉尻を下げた。
「エミリー嬢……。ごめんなさい。やはりご迷惑ですかしら?」
アリシア王女の問いかけに、私は頭を左右に振ってみせる。
「いいえ、アリシア王女。少し驚いただけです。お誘いありがとうございます。ぜひお邪魔させていただきます」
逃げるわけにはいかない。誰も悲しませたくないけれど。でも、自分の気持ちを偽って生きるのは、多分、私らしくないから。決意を秘めて返答すると、シチュワート王子が私の肩へ手を置いた。
「エミリー様が参加されるのでしたら、私も行かせていただきますよ」
「シチュワート王子……」
キュッと肩を握られ、私はシチュワート王子を顧みる。柔らかな瞳と目が合って、私は波立っていた気持ちがすっと穏やかになっていくのを感じていた。
「ありがとうございます、シチュワート王子。心よりお待ち申し上げておりますわ。実はお兄様にもお声かけいたしましたの。エミリー様が来てくださるのだったら、お兄様もそれはお喜びくださいますわ」
口角をめいっぱい上げつつ私を見るアリシア王女を前に、私は目を瞬く。
「それはどういう意味です?」
尋ねると、アリシア王女がくすりと肩を揺らした。
「ふふふ、今はまだ秘密ですわ」
「アリシア王女」
意味深なアリシア王女の言葉に、私はなんだか胸が騒いだ。なんだろう。少しだけだけど、違和感を感じる。だが、アリシア王女は私の懸念には気づかぬ様子で、話を進める。
「では、明後日の十一時にお会いしましょう」
アリシア王女に笑顔で告げられ、私は首肯した。
「はい」
「では、おやすみなさい」
お辞儀をして、アリシア王女が去っていく。彼女の気配が完全に消え去ると、シチュワート王子が私の顔を覗き込んできた。
「お願い、とはなんなのです?」
両目をひたと見据えられ、私は小さく呻く。視線を逸らそうにもできなくて、私はなんとか声を絞り出す。
「えー、ええっと、女の子同士の友情、ってやつです」
苦しまぎれの言い訳を試みると、シチュワート王子はしばし沈黙した後、深く吐息した。
「そうですか。まあ、いいでしょう。明後日、お会いできるのを楽しみにしていますよ」
口許を綻ばせながら告げられ、私も同意する。
「はい、私もです」
「では、そろそろ部屋へ戻りましょうか」
「はい」
私たちは連れ立って城の中へと向かった。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
明日もまた読んでくださると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




