その5
手を引かれ辿り着いたところは、私の実家だった。戸惑いつつ促されるまま玄関の前に立つと、先に扉が開いた。
「よく帰ってきたな」
父が何度も頷く。
「元気そうね。と言っても、三日くらいだけど。でもとても長く感じたわ」
母が目頭を押さえる。
「お父さん! お母さん!」
私は叫び二人の間に飛び込んだ。父母はがっちりと私を受け止めてくれる。しばし抱き合った後、私は涙をうかべながらも、どうにか礼を言った。
「シチュワート王子、ありがとうございます」
「私はただあなたの喜ぶ顔が見たかっただけですよ」
「シチュワート王子……」
なんと言ったらいいのだろう。嬉しすぎて言葉を継げずにいると、父が口を開いた。
「食事はしていけるのかい?」
尋ねてくる父に、私は我に返る。
「んー、さすがにそれはちょっと無理かも」
私も母の手料理を食べたいが、そこまで自由な時間はないだろう。思ってシチュワート王子を見遣ると、王子が柔らかく微笑む。
「大丈夫ですよ。私が責任を持ちましょう」
「でも……」
ワイアード王に文句を言われてしまうのではないだろうか。私がためらっていると、シチュワート王子が肩に手を置いてきた。
「いいから。ここは私にまかせて、せっかくなんですから、ゆっくりしていきましょう」
ね、とダメ押ししてくるシチュワート王子の優しさが身に沁みる。
「はい。ありがとうございます」
私はもう一度、ありったけの心を込めてお辞儀した。
***
三日ぶりに実家の台所に立ち母を手伝っていると、母が窓の外を眺めながら告げた。
「エミリー、夕食の支度はいいから、シチュワート王子のお相手をしておいで」
母の言葉に、私は目を瞬く。
「けど、シチュワートが積もる話もあるでしょうし。って言ってくれてるのに」
だが、私の発言に対し、母はかぶりを振った。
「いいから。お前はシチュワート王子のところへお行き」
断固とした口調で告げられ、私は小さく目を見開く。
「うん、わかった」
私は少々気後れしながらも頷き、勝手口のドアノブを回した。
***
「庭を眺めていらっしゃるんですか?」
私は一人バックヤードを眺めているシチュワート王子へ声をかける。
シチュワート王子は振り向くことはせず尋ねてきた。
「エミリー様。ご両親についていらっしゃらなくていいんですか?」
シチュワート王子の言葉に、私は苦笑する。
「それが、追い出されちゃって」
「気を遣わせてしまったようですね」
私の言葉に、シチュワート王子がおもむろにこちらを向いた。
微苦笑を浮かべるシチュワート王子へ対し、私は近づいていく。
「いえいえ、それより、ずいぶん熱心にご覧になってましたね」
隣に並んで庭木を眺めると、シチュワート王子が嬉しげな声音で告げた。
「はい。実にかわいらしい庭ですね」
「平民の家の庭なんてみんなこんなものですよ」
私の言葉にシチュワート王子が目を瞬く。
「そうなんですか?」
「そうです。バラならこちらに咲いてますよ?」
私がバラを指し示すと、シチュワート王子がくすりと笑んだ。
「私がバラ好きなのをご存知なのですか?」
「ええ」
「どうしてです?」
「え? あれ? どうしてだろう……」
ルナからも聞いたことはない。
それなのに、私はシチュワート王子がバラ好きなことを知っていた。
いや、知っていたというより、何かの記憶と重なったのだ。
(ええっと……。どうして?)
頭を悩ませていると、不意にシチュワート王子が地面を指さした。
「あ、虫」
「え?」
「黒い毛虫が地面に」
シチュワート王子の指に視線を向けると、地面を大きな毛虫が這っていた。
「ああ、これは蝶々になるんですよ、アレストラアゲハに」
「そうなんですか」
「真っ黒だけどとてもグリーンの模様が綺麗な蝶々になるんです。ちょうどシチュワート王子の瞳の色にも似てるかも」
私は説明しながらハンカチで虫を採り、シチュワート王子に見せる。
「よく見ると、なかなかかわいらしいでしょ?」
「そういうところも変わらないんですね」
しみじみと告げられ、私は眉根を寄せた。
「ええっと、それってどういう意味なんでしょうか?」
アゲハの幼虫を葉っぱに戻しながら尋ねると、ふふふ、と意味深な笑い声が耳に届く。
「私たちが一度出会っていたことはわかっていらっしゃいますよね? その時の出来事です。思い出してくださるととても嬉しいのですが」
シチュワート王子の発言に、私は眉間の皺を深くした。
「もしかして、道に迷ったけれど素直に助けを求めることも泣くこともできずにしゃがみこんでいた時に出会った、とかですか?」
当てずっぽうで問うと、シチュワート王子がなぜか残念そうな顔をした。
「なんだ。覚えていらっしゃるじゃないですか。そうです。それが私ですよ。あの時もあなたは毛虫を見つけて葉っぱの上に戻してあげたんです。ここでは死んでしまうから、と言って」
「そう、だったでしょうか……」
「はい」
まったく覚えていない。
そんなことあったっけ?
あの時何か大切なことがあったような気はするが、アゲハのことはまったく覚えていなかった。
こめかみに人差し指を当て小さく呻いていると、シチュワート王子がずいっと顔を近づけてくる。
「覚えていませんか? その時なんですよ? 私があなたのことを好きになったのは」
「え……」
突然好きだと言われてしまい、心臓が強く脈を打った。
「は、はあ……」
どうにも答えようがなく視線を逸らすと、小さな吐息が聞こえてきた。
「また困らせてしまいましたね。戻りましょう。そろそろごちそうができたみたいですよ?」
シチュワート王子が視線を台所の窓へ向ける。
私も彼に倣うと、窓越しに母と目が合った。
「エミリー! 夕食の時間よー!」
「はーい!」
私が返答するのを合図に、シチュワート王子が手を伸べてくる。
「さ、行きましょうか」
「ええ」
私は頷き、考える前に自然に手を重ねていた。
連れだって歩きながら、私は自分の想いを悟って絶望的な気分になった。
(どうしよう、嫌われなくちゃならないのに。私、シチュワート王子のことが好きになってしまっているみたい)
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