その4
翌日の昼、私はシチュワート王子と約束通り街歩きに出かけた。私もシチュワート王子も、ビスチェのついた茶と白が基調の街着である。
でも、私の気持ちは正直街歩きどころではなかった。昨日のアリシア王女との会話が頭の中をグルグルと駆け巡っている。でも、あれから半日悩んだけれど、結局答えはでなかった。私って人の気持ちに対して鈍いところがあるのかも、とルナへ告げると、ルナに深々と頷かれてしまったほどである。
『自覚されていらっしゃるなら、まだ救いはありますわ』
などと逆に励まされてしまい、私は情けなさに小さくなるしかなかったのだが……。
(何が間違ってるんだろう?)
考えてもわからず溜め息を吐いていると、隣を歩くシチュワート王子が声をかけてきた。
「考えごとですか?」
「あ、いいえ! すみません」
慌てて頭を振ると、シチュワート王子が目を細める。
「しかたないなぁ、私でよろしければお聞きいたしますよ」
申し出てくれるが、まさか「うん」と言う訳にはいかない。
「いえ、いいんです。それより、この街は初めてですか?」
無理やり話を変えると、幸いにもシチュワート王子が乗ってきてくれた。
「そうですねえ。実は幼い頃に一度来たことがありますが、それ以来でしょうか」
「じゃあ、今日は私が案内して差し上げますね」
そうだ。今日は約束の街歩き。せめてもの気分転換に、と、シチュワート王子がわざわざワイアード王から権利をもぎ取ってくれた大切な日なのだ。絶対に楽しまなくちゃもったいない。それに何より、シチュワート王子にこそ、楽しんでもらいたい。私は気を取り直して両頬を上げてみせ、シチュワート王子の腕を引っ張った。
「シチュワート王子。ここはべレリーの店です。パイのお店なんですけど、特にシェフのオススメキッシュパイがとても美味しいんですよ」
「うん、確かに美味しそうないい匂いがしますね」
私が店の前で説明すると、シチュワート王子がにこりと微笑む。よかった。気に入ってもらえているみたいだ。私は気分が良くなって、さらに別の店を指し示した。
「向かいの帽子屋さんはレニーばあさんが一人で頑張ってるんです。本当はルイスっていうおじいさんと夫婦二人でやってたんですけど、ルイスじいさん亡くなっちゃったから」
「そうですか。それは残念です」
シチュワート王子が本当に残念そうに両の眉を下げるので、私は内心で慌てる。
「でも、レニーばあさんの帽子はすっごく評判いいんですよ。丈夫出し、頭のサイズにぴったりと馴染むんです」
「そうなんですか」
途端に声を弾ませるシチュワート王子に、私はくすりと肩を揺らす。なんだろう、胸が温かくなってくる。私はシチュワート王子をもっと喜ばせたくなって、辺りを見回した。すると、少し先にある露天に、取っておきのものを見つけた。
「あ! シチュワート王子、あれってなんただかご存知ですか?」
露天を指して尋ねると、シチュワート王子が目を凝らす。
「確か、コットンキャンディー、じゃなかったかな?」
片頬に指を当てつつ答えるシチュワート王子を前に、私は満面の笑みを浮かべる。
「そうです! 食べたことあります?」
問いかけると、シチュワート王子が首を左右に振った。
「ありません。実は食べるのが夢だったんですよ」
夢見るように語るシチュワート王子を見て、私は決定する。
「それじゃあ、買ってきますね!」
絡めた腕を解き、走り出そうとした時だ。ぐいっと腕を掴まれた。
「待ってください! それじゃあ、意味がない。ここは私に」
自分が払うのが当然だ、とでも言いたげなシチュワート王子に、私は笑いかける。
「そんなの関係ないですよ! 一緒に美味しく食べれたらそれでいいじゃないですか」
勝手に宣言して、掴まれた腕を改めて解く。
「じゃ、行ってきますねー」
手を振りながら走り出す。背後からシチュワート王子の慌てた声が耳に届いた。
「え、エミリー様!」
名を呼んでくるシチュワート王子を尻目に、私はコットンキャンディーを買う。ふわふわとした綿のような飴を二つ持って戻り、片方を手渡す。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
面食らったような顔で、おずおずとキャンディー受け取るシチュワート王子を前に、私はキャンディーを一くち口へ含んでみせる。甘い砂糖の味が口腔内に広がり、しばし幸福感に浸っていると、横からしみじみとした声がした。
「うまい……」
無意識に出たらしいシチュワート王子の言葉に、私は同意する。
「甘くて美味しいですよね」
深く首肯していると、何を思ったかシチュワート王子がにやりと片頬をあげた。
「あなたのも食べてみたいな」
「え? でも同じですよ?」
シチュワート王子の申し出に、私は目を瞬く。
「一口だけ。ダメですか?」
縋るような目で見つめられ、私は小さく吐息した。
「わかりました。さあ、どうぞ」
コットンキャンディーを手渡そうとするが、シチュワート王子の手に押し戻される。頬へ唇が触れそうな位置で固定され、シチュワート王子の顔面が近づいてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんか近い!」
私は必死で顔を背ける。だが、シチュワート王子は不服そうに頬を膨らませてきた。
「えー? でもこの体制じゃないと食べられなさそうなんですが」
食い下がってくるシチュワート王子に、私は必死で代案を考える。
「ち、ちぎってあげます」
どうにか答えると、シチュワート王子は、それなら、と身を引いてくれた。
「はい、どうぞ」
一口サイズをちぎってシチュワート王子へ差しだすと、シチュワート王子が嬉しげに私の手を持つ。
「いただきます」
告げるが早いか指ごと食べられた。
「ひゃ!」
私は慌てて手を引っ込める。
「うん、甘い! こちらの方が一段と美味しいです」
「シチュワート王子……」
悪びれずに言い切るシチュワート王子を、私は半眼で見遣る。だが、シチュワート王子はなぜか嬉しげに目を細めた。
「そんな顔をしないでください。でないと、もっとワガママを言いたくなってしまいそうです」
シチュワート王子の言葉に、私は身を引く。
「も、もう無理です! 今はこれ以上は無理!」
もうやめて欲しい、と身振り手振りを加えつつ懇願すると、シチュワート王子が小首をかしげた。
「今は? ということは、いつかはもっとお願いを聞いてくれるようになるのですか?」
シチュワート王子の問いかけに、私は言い淀む。
「それは……。そんなこと知りません!」
困ってそっぽを向くと、シチュワート王子が破顔した。
「ははは。すみません。あまりにあなたがかわいらしいので、つい意地悪をしてしまいました。申し訳ありません」
謝ってくるシチュワート王子を前に、私は肩を落とす。
「もう……」
心臓に悪い。ドキドキと早鐘を打つ胸を鎮めようと深く吐息していると、シチュワート王子が話を転じてきた。
「さて、それではそろそろ行きましょうか?」
促してくるシチュワート王子に、私は目を点にする。
「え? どこへです?」
「私たちが今一番行きたいところへ、ですよ。さあ」
言葉を紡ぎながら、手を繋いでくる。
「シ、シチュワート王子!」
驚いて声を裏返していると、シチュワート王子が目配せしてきた。
「急がないともったいないですよ。時間は有限ですからね」
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