その1
はじめまして、朝川椛と申します。
ページを開いてくださりありがとうございます。
ぜひご一読いただけると嬉しいです。
「エミリー・クラウジア。そなたを火あぶりの刑に処す」
王宮の謁見の間で、朗々とした声が響いた。声の主は、この国、ローガン国の国王、ワイアード・ノア・ローガンティアだ。
私、エミリー・クラウジアは、若いのに威厳のある顔立ちをしている国王を見上げ、ふと吐息した。
正直言って、言いたいことは山ほどあるけれど、とりあえず一息吐こう。うん。
内心で頷き周囲を見渡すと、唇を噛み締めた国王の妹姫、アリシア王女と、何か言いたげなルイランド王国のシチュワート王子の姿があった。あれ? シチュワート王子は確かこの国に遊学へ来ているとの噂があったけど、こんな修羅場に居合わせる必要ってどこにあるのかしら。それにしても本当に整った顔立ちをしているのね。こんな時でも冷静でいようと思われているところが、さすが王族という感じだ。
(あとは、衛兵たちが数人って感じかしら)
別に逃げだそうとしているわけではない。ただ状況を把握しておきたかったのだ。白く冷たい大理石の床へ跪いた私は、今一度ワイアード国王を見上げた。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
平静な声で尋ねると、ワイアード王が口を開く。
「そなたは『縁の聖水』と呼ばれる奇怪な水で我が妹であるアリシア王女とブスワルス王国のテスラ・タル・ブルワート王子との婚姻を台無しにした。その罪は簡単に許されるものではない。その咎により、そなたには死んでもらう」
あー、やっぱりそのことか。だから嫌だったのだ。だいたい両親と平和に街で暮らしていた私のことを、聖女だのなんだのと持ち上げたのもワイアード王だったというのに。
私はワイアード王から目を離さず、静かに言葉を紡いだ。
「私が作る水は飲む人たちの気持ちが同じであればより仲良くなりますが、どちらか一方でも別の想いを抱いている場合はお互いの幸せのために赤い糸の縁はすっぱりと切れる効力を持っています。ですから、アリシア王女様がテスラ王子との婚姻がこの水を飲んだために破談になったのであれば、それはどちらかに別に想う方がいらっしゃるという証です」
私が口を閉ざすと、ワイアード王の眉間が歪んだ。
「長々言われてもよくわからぬ。そなたは何が言いたいのだ。もっと端的に申せ」
「つまり、アリシア王女様には他に想う方がいらっしゃるのでは、と申し上げているのです」
ワイアード王の眉間の皺が深くなり、私は口を噛み締める。だが、こちらもめげるわけにはいかない。たとえ刑の執行を逃れることはできなくても、言いたいことは言わせてもらう。
そのまま黙り込んでいると、ワイアード王がおもむろに妹姫を見やった。
「今の話は真か? アリシアよ」
「ち、違います! わたくしに他に想う方など! わたくしはこの方に呪われたのですわ! この方の評判を鵜呑みにして水を求めたばかりにこんなことに……」
アリシア王女は言うなりわっと泣き出した。それでも私はそんなアリシア王女に言い募る。
「私の評判を聞いていらっしゃるのであれば尚のこと、私の異名をご存知のはずです」
「……『赤い糸を操る聖女』?」
アリシア王女は手の隙間からこちらを見つめ、私の異名を答える。私は頷き、さらに彼女を促した。
「もう一つもご存知なのでしょう?」
「……え、縁切りの……」
私の問いかけに、アリシア王女は答えようとして、ぐっと言葉を詰まらせた。私は今一度首を縦に振り、アリシア王女を見据える。
「そうです。『縁切りの聖女』。それが私の二つ目の異名です」
「し、知りませんでしたわ。今の言葉は先ほど侍女から聞いただけです!」
「なぜそのような悲しい嘘をつかなくてはならないのです? 無理をしても心は辛くなるだけなのに」
「う……!」
想いのまま生きることは王族には難しいのかもしれない。けれど、縁が切れてしまう可能性も知っていながら私の聖水を求めたということは、彼女に想い人がいる証拠でしょ? それなら、尚のこと、本当のことを言わない限り辛い想いから抜け出すことはできなくなってしまう。
(自分に正直になって!)
願いを込めてアリシア王女を見上げていると、アリシア王女が苦しげに叫んだ。
「お、お兄様! 早くご裁断を!」
「う、うむ。エミリー・クラウジアよ。そなたにも色々言い分はあるのだろうが、我が妹を泣かせることは何人たりとも許すことはできないのだ。許せ」
ワイアード王の言葉に私は心底失望する。それって本当に妹のことを思ってるって言えるの? シスコンだって話は聞いてたけど、これじゃあ妹が不幸になるばかりだわ。なんて悲しい兄妹なのかしら。私は溜め息を吐く。
「そうですか。私にも待っている大切な家族がいるのですけれどね」
皮肉の一つも言ってやりたい気分になって言葉を吐き捨てると、その言葉をかき消すようにワイアード王が声をあげた。
「衛兵!」
「は!」
「連れていけ」
「は!」
言うが早いか私は三人の衛兵に囲まれる。きつく縛られると、立て、と命令された。言われるまでもない。抵抗しても無駄なことは知っている。最後にちらりと視線を周囲へ走らせると、気まずそうなワイアード王とアリシア王女の反対側で、ただただまっすぐなグリーンの瞳で私を見つめるシチュワート王子の姿が目に入った。
私は城の出入り口で、木製の檻付きの荷馬車に乗せられた。そのまま城下町を見世物のように檻に入れられ、街の広場まで連れて行かれた。
広場では木の板や材木や枯れ葉が堆く積まれ、真ん中には太い木の幹が立てられている。
つまり、準備は万端整っているということか。
「おい! 出ろ!」
私は木製の檻から無理矢理だされ、靴を脱ぐよう言われた。裸足のまま木の枝の小山を登らされる。トゲトゲしたささくれだったところを踏むたび痛みが走るが、どうにか声は我慢した。こんなところでみっともない姿を見せることはできない。
やがて切り倒した木の幹まで辿り着くと、兵士たち二人がかりで容赦なく縛り上げられた。私は無実なのだから、こんなところで逃げたりしない。無言のまま前を向くと、小山の下に悲痛な表情をした両親の姿があった。
「エミリー!」
「なんだってお前がこんなことに!」
大丈夫よ、と言ってあげたかったが、声を上げれば両親に危害が及ぶ可能性がある。私は返事の代わりに精一杯微笑み、目を閉じた。
すると、遠くから鬼気迫る声がした。
「その刑の執行、しばし待たれよ!」
声に反応した兵士の一人が驚いた声を上げた。
「あ、あなたは隣国、ルイランド王国から来たシチュワート王子の側近、ルーカス様! なぜこのようなところに!」
「我が主、シチュワート・ロートン・グラント王子がその者に話があると言っているのです。ですから、刑の執行はもう少し待っていただけないでしょうか?」
ルーカス様の言葉に、だが兵士は頭を横に振る。
「申し訳ございませんが、それはできません。これは我が国の国王直々の命ですので、当人または当人と同等の方の勅令でもなければお受けすることはできかねます」
「そ、そこをなんとか!」
「無理です。御免!」
言うが早いか兵士が松明を持った兵士たちへ一つ頷く。それを合図に兵士たちは次々に松明をくべ始め、たちまち火が燃え広がった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。