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カミングアウトは突然に

 翌朝。

 賢吾が出社すると同じ部の赤松(あかまつ)に呼び止められた。

 赤松は賢吾の四つ年上の先輩女性社員だ。


咲津木(さつき)くーん、聞いたよ」

「何をですか。てか赤松さん朝から酔っ払いみたいなテンションっすね」

「いやぁ、そりゃテンションも変になるよねぇ。

 彼女いない歴=勤続年数の咲津木くんに彼女ができたっていうんだから」


 ニヤニヤしながら肘でわき腹を小突かれる。


「げ。誰から――」

深幸(みゆき)ちゃんから」

「あいつ……」


 賢吾はがくりと肩を落とした。

 たしかに昨日カフェで会った莉華は自分からカミングアウトしても構わないと言っていたが……。


「内密に頼みますよ」

「え? 内密もなにも、深幸ちゃんいろんな人に言って回ってたよ? 人事部長のとこにも顔出してたみたいだし」

「あのバカっ!」


 部署ごとに部屋が分かれているおかげで約束でもしない限り莉華と鉢合わせることは滅多にない。

 今日ほどそのことがもどかしく思えたことはなかった。




 昼休みに莉華のいる部署へ行って説教をしてやらなければ。

 それだけを考えて午前の業務をこなした賢吾は、昼休憩を知らせる時報と同時に席を立った。

 そして、部屋の目の前に行ってからふと考える。


 莉華は賢吾の部署や人事部長のところへ報告に行ったと聞いた。

 しかし、莉華自身のいる部署ではどうなのだろう。

 案外恥ずかしがり屋なところがあるからまだ黙っているかもしれない。

 それを賢吾が公表してしまったら莉華と同じことをしたことになってしまう。


 考え込みながら一度部屋の前を通り過ぎると、中からぞろぞろと社員たちが出てきた。


 ――あの波が去ったら様子を見に行くことにしよう。


 最初の勢いをそがれた賢吾はひとつ隣にある喫煙室に入り、廊下をぼんやりと眺めながらその時を待つことにした。

 自分が喫煙者だった時には気にならなかったタバコの臭いは今では不快に感じられる。


「お、珍しい奴がいるじゃないか」


 喫煙室の常連である柴山(しばやま)が賢吾の顔を見て嬉しそうに笑った。

 あらわになった歯はタバコのヤニで黄色くなっている。


「半年……一年くらい前になるか? 急にここへ来なくなったから彼女でもできたんじゃないかって話してたのになぁ。吸っても彼女さん怒らんのか?」


 柴山はニヤニヤしながらタバコを勧めてきたが、ちょうど人の流れが途切れたようだったので丁重に断りを入れて喫煙室を出た。


「なんだよ~。逢引きの約束にこの部屋使うなよな」


 学生みたいに口を尖らせる柴山を残して賢吾は莉華のいるであろう部署の部屋を覗く。

 そこには二、三人の社員が残っているだけで莉華の姿はない。


「あいつ……」


 賢吾が舌打ちをした時、つんつんと背中をつつかれた。


「どいつをお探しですか?」


 声がした方へ振り向いてみれば、そこには探し求めていた莉華がいた。

 手にはコンビニのレジ袋。

 弁当を買って帰ってきたところのようだ。


「……っ! いたのか」

「なんですかー? オープンな関係になったからって嬉しくて来ちゃったとか?」


 莉華は頬に手を当てて小首をかしげる。

 答えるより早く、賢吾のこぶしは莉華の脳天に落下していた。

 もちろん軽く。


「お前なぁ……。人の気も知らないで」

「うっ、ケンちゃんひどい」

「ひどいのはどっちだよ。いろんな奴に言いふらして」


 文句を言う賢吾の口調はそれでいて柔らかい。

 戸惑いや恥ずかしさと同時にほんの少しだけ肩の荷が下りたような安心感があったからだ。


「よかれと思ったんですけどねぇ」


 莉華はしおらしく呟いてうつむいてしまう。

 ただでさえ小さな莉華の体がさらに小さく縮んだように見えて賢吾は慌てた。


「いや……、あ、あのな? あの、本気で怒ってるわけじゃなくて……――」

「知ってます?」

「え?」

「駅前の空きテナント、ケーキ屋さんが入ったみたいなんですよ。今日オープンなんですって」


 莉華は暗にケーキを買えと言っている。

 そのくらいは鈍感な賢吾にも理解できた。


「……わかった。行こうか」

「いいんですか?」


 莉華の表情がパッと明るくなった。

 やれやれと肩をすくめ腕時計に視線を落とした賢吾は息を呑む。


「やべ、昼食べ損ねる」

「え? もうそんな時間!? ケンちゃんのせいだー!」


 バタバタと走り去っていく莉華を見送って、賢吾も自分の部署がある部屋に急いだ。




「咲津木く~ん! いいとこに戻ってきた」


 賢吾を出迎えたのは赤松だった。

 厄介な相手に捕まったと思って賢吾が身構えていると、赤松は一枚の紙をひらりと賢吾の目の前に差し出した。


「咲津木くんさ、こういう字書く人知らない?」

「あ……」


 御札を貼り付けられたキョンシーのように賢吾の動きが止まる。

 目の前に突き付けられた紙には「サツキの花が咲く頃にお迎えに上がります」という見覚えのある文言が書きつけられていた。

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