桜とは心変わりを意味していた。
「生と死を象徴とする花ですか?何故です?」
御子神は問うた。すると星月はー。桜と聞くと別れを連想するか?それとも出会いを連想するか?と質問を質問で返した。
御子神は、そういったやり取りには慣れている。慣れと云うモノは恐いモノだ。違和感を感じていたモノが反復的な刷り込みにより違和感を感じなくなってしまう。つまりはある種の洗脳の様なモノだ。
「どちらかと聞かれたら…。出会いですね。」
御子神は素直に答える。
「あぁ。若いって素晴らしいな…。」
少女の様な球体人形は、少女らしくない言葉を放り…。
「桜は江戸時代には、散りゆく様が『死』や『物事の終わり』と結び付けられていたんだよ。どちらかと云えばネガティヴなイメージだ。また…。散ってしまった花弁は、薄桃色からすぐに土気色に変わる為に『心変わり』を意味すると言われていたんだ。」
と続けた。
風が吹いた。その風は桜の木から花弁を奪い去り、空に棄てた。
桜吹雪が舞い、微かに桜の香りが漂う。
「そういえば光は、梶井基次郎の短編小説『櫻の樹の下には』って知っているか?」
「確か…。『桜の樹の下には死体が埋まっている』と云う文章から始まる小説ですよね?」
「そうそう。桜が人を不安にさせるほど美しく咲くのは、その下に醜い死体が埋まっているから…。と云う様な物語だ。で…その元ネタとなっていると云われている『桜染め』と云うモノがあるんだ。」
桜染めですか?と御子神は聞く。
「『桜染め』と云われる染色方法の1つだ。桜の花が咲く前の小枝を、炊いたり冷ましたりして熟成させ、ピンク色だけを取り出して染色する手法だよ。」
「えっ?待ってください。花弁ではなく枝なのですか?」
「そうなんだよ。花弁ではなく枝から色を抽出するんだ。」
そう答えて。星月は人差し指を立てー。
「昔から、桜の花弁は本来は白いのだが、桜の木の下には死体が埋まっていて、桜は死体から血を吸い上げて、桜の花はピンク色に染まるのではないか、という俗説がある。」
また風が吹いた。
「桜染めは、花弁から染色するのではなく、枝が含むピンクの色素を使って染色をする手法だ。知識が広がっていなかった時代の人からしたら、不思議だったのだろう…。だから…『枝には死体から吸いあげた血が含まれていて、抽出したピンク色は血の色ではないのだろうか』と云うちょっとした怪談話が、噂として広まり、産み出された俗説なのだろうね。」
花弁が舞う。
星月は…。
「これは。ある意味、認識の違いが生み出した結果だ。」
と言った。